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汚生魔人

 すっかり忘れていたな。親父が死んで以来、忙し過ぎて昔の事を思い出すこともなかったからしょうがないんだが。それに、事故が起こった日の衝撃が強すぎて、あの日以来の記憶が曖昧になっていたのが、こんな弊害を生むとは。

 もう、十年も前になるのか。


 当時の俺は読書と妄想が大好きな少年だった。小学生の面影は薄れ、かといって、まだまだ大人には程遠いそんな年頃。理想はあるが自分にはそれを叶える実力がない事を理解できるぐらいには成熟していた。

 だからこそ、心に想い描く理想に似た主人公が活躍する物語が好きだった。当時ハマっていたライトノベルの主人公は完全無欠ではなく、日頃は目立たないがいざという場面で颯爽と現れ、弱きものを助ける。そんな彼に憧れていた。

 いつか自分もそうなりたい。

 だが、自分がそういう存在とはかけ離れていることは嫌という程、自覚はしていた。

 でも、認めたくなかった。悪あがきだとはわかっていても、子供じみた夢は捨てられなかった。あり得ないことだと頭で理解できていても妄想は膨らむ一方だった。


 男なら誰もが一度はあるのではないだろうか。学校にテロリストがやってきて、好きな子をかばいながらテロリストを撃退する妄想。

 もしくは、学校の不良グループが弱い者いじめをしているのを見るに見かねて助けに入り、全員を叩きのめす。そんな自分を想像し自己満足するだけの日々。テロリストはともかく、不良関係の妄想は実際にやろうと思えばやれる局面はあったはずなのだが、現実の自分は勇気も実力も持ち合わせていなかった。


 そんな自分が取った手段は、自分を主役に見立てて妄想の世界で活躍させること。

 毎日暇さえあれば妄想し、それを書き留めていった。日に日に妄想を書き連ねたページは増え、気が付くと結構な枚数に達していた。何度も読み返し、気に入らない部分は訂正し書き換える。

 そんなことを毎日やっていると、ふと余計な事を考えるようになった。

 もし、当時に戻れるなら全力で止めていたと断言できる。が、あの頃の自分はその想いを止められなかった。


 無謀にも、この自分か書いている作品(妄想日記)を誰かに読んでもらいたい!


 と思ってしまったのだ。

 そしてある日、それを周りの友達に見せてしまった。

 最高傑作と信じていた自分は友達が絶賛してくれるだろうと思い込んでいたのだが、結果は……散々だった。


「ごめん、ちょっと俺には無理だ」


「この主役さ、ナルシストっぽいな」


「何というか……主人公が気持ち悪い」


「小説何かより、マンガ描けよ」


 今にして思えば当たり前だ。何処かで見たことある似たような設定を自分に置き換えて、僕格好いいだろ! 強いだろ! モテモテだぞ! なんて主張している妄想作品なんて誰が面白いと思うだろうか。

 だが、ある友人だけは違った。当時から一番仲が良く、何でも気さくに話すことができた友人の反応だけは別だった。


「私はこれ嫌いじゃないわよ。でも、まだまだ設定が甘い! ここはもうちょっとこうしたら面白くなるんじゃない?」


 お世辞や慰めるわけではなく、目を輝かせ微笑んだアイツの顔を正面から見返すことができなかった。この状況でそう言ってくれた友人が本当に嬉しかった。でも、俺はまだ子供で、素直に気持ちを伝えるのが照れ臭かったのだろう。


「ま、まあ、本気出したらもっと良いもの書けるけどな!」


「おー言うわね。よっし、じゃあ私も混ぜてよ。将来漫画家目指すものとしては、物語作りの練習になるし」


 その日から、妄想を共有する仲間ができた。一人では考えもつかない発想や新しい設定も生まれた。既存の作品とは違ったオリジナリティーのある物語にしようと様々なアイデアが湧き出てきた。


「主人公の武器はどうしようか。ありきたりな剣や銃っていうのも面白みが」


「今までに誰も考え付かないような武器がいいわ」


「あと服装もそうだよな。普通に学生服でもいいのだけど何か違う……」


「変じゃなくて、見慣れていて、動きやすそうで格好いいのか。あ、あれどう! 前に家の仕事手伝っているのを見せてもらったときに着ていたやつ!」


「ん? もしかして作業服?」


「そうそう、それ! 色を黒の上下にすれば、ダークヒーローっぽいし、動きやすいんでしょあれ」


「確かに! ポケットもいっぱいあるから、そこに秘密の道具が入っているとかいいかもしれない」


「うんうん、あ、ついでに武器も何かいいのない? 掃除道具とかそれっぽい感じで武器っぽいのとか。モップとかだと弱そうだし、インパクトがありそうなやつ」


「じゃあ、ポリッシャーとかいいかも。床洗う清掃機器だけど、メイスとかの巨大な鈍器っぽく見えなくもないし、先端のパッドを取り付ける部分の角度を調節できるから、水平方向の角度で先端を回転させて丸鋸が先端についたような状態のモードとか、先端についている取っ手を握って角度を直角に傾けると、ガトリングガンっぽいかんじになるモードとかどうだ!」


「いいね! いいね! 形態の変更もできる万能武器! 今までにない清掃道具をモチーフにした道具や武器かー……ありね!」


「武器の名前はポリッシャーのままでいい感じだし! あ、そうだ。掃除をメインとするわけだから、作業服やポリッシャーをまとめて『聖想陽具』って呼ぶのはどう? 清掃用具の漢字をカッコよくしようよ」


「おおおっ、やるわね。じゃあ、勇者の呼び名も清掃をもじって、世界を綺麗にするという事で洗浄勇者って良くない? 戦場もかかっていて戦う感じがでるし」





 あー色々と思い出したくない過去の記憶が、心の奥の方から自己主張し始めているよ。

 だけど、当時は本当に楽しかった。自分の妄想を理解してくれて、一緒にその馬鹿話に付き合ってくれたアイツには今も感謝している。

 だが、まさかあの時に書いた黒の書が、こうなるなんて予想もつかなかった。若気の過ちがこんな事態を引き起こすなんて誰が想像できただろうか。

 もし、こんな未来が待っているとわかっていたなら、もうちょっと普通な設定にしていたよ!

 だいたい武器は剣でいいだろ、何でポリッシャーにした!

 銃とかならもっと便利だぞ!

 作業服なんかじゃなくて鎧着た方が防御力あるぞ!

 強さのランクもABCとかでいいだろ!

 確か技名とかも清掃に関係したネーミングにした気がする……。誰だよ、こんな馬鹿げた設定にしたヤツは。個性を出せばいいってもんじゃないだろうに。

 ああ、俺だったな、うん。





「あ、あのー、洗浄勇者様? 勇者様!」


 あ、全力で現実逃避していた俺を呼ぶ声に、我に返ってしまった。もう少し、夢の世界に逃げ込んでいたかった。

 ミュル、シャムレイの両名が心配そうに顔を覗き込んでいる。

 近くで見ると益々美人さんだ。俺が同年代だったら緊張して話せなくなるところだろうな。流石にこの歳になるとそんなことはないけど。


「目に精気が無くなったような感じでしたが……何処か、具合でも?」


 いえ、ただ過去の自分を消し去りたくなっていただけです。

 もうそろそろ夢オチだと目が覚めるはずなのだが、そんな気配すらない。

 未だに、この状況を受け入れられない。違う、受け入れたくない。

 もしも、もしもの話だが、これが異世界から召喚された主人公物のゲームとかだとしたらどうだろう。そろそろ「OP長すぎるぞー早く戦闘させろ」なんてしびれを切らす人が出てきそうだ。

 ゲームの展開なら、敵が現れてチュートリアルも兼ねた最初の戦闘が始まったりするよな。ここだと敵が来るとしたらこの部屋に唯一ある、板が打ち付けられた窓を突き破って現れるというのが常套手段だろう。


「あり得ないのはわかっているけど」


 薄ら笑いを浮かべ見上げた窓が、まるで計ったかのようなタイミングで派手な音を立てはじけ飛んだ。


「えっ、何だっ!?」


 まさか、俺の妄想が的中したのか。だとしたら現れたのは汚生魔獣という流れかっ。

 無駄に風通りと日当たりの良くなった窓から姿を現したのは、こちらの予想と反した外見の持ち主だった。

 てっきり、この流れだと頭が剥げていて牙が伸び、目がつりあがり気味で背中に蝙蝠っぽい羽が生えた、これぞ化け物! な外見の汚生魔獣が現れると思ったのだが――どうみても、ただの小柄な女の子に見える。少なくとも目の前の二人より年下だろう。


 金色の髪を二つに分け縛っている髪形が、生意気そうな表情とよく合っている。

格好は体に密着した白を基調とした薄着。手と足はむき出しで例えるならスポーツブラとスパッツを履いた発育が寂しいぎりぎり中学生。しかし、この格好は法的にアウトじゃないか? 自宅ならまだしも、屋外でする格好ではない。

 一瞬身構えたのだが、取り越し苦労のようだ。俺を召喚した少女二人の知り合いかなにかだな。気が強い目立ちたがりの同級生が派手に登場しただけという線を押したい。


「ふはははははっ! やはり戻ってきたか、小娘どもよ。われが勇者召喚を防ごうと乱入した際に、咄嗟に勇者を転移させたようだが、予想通り、ぬけぬけと戻ってきおった。人間の分際で汚生魔人を欺けるとでも思ったのか!」


「あなた、また邪魔をする気!」


「しつこい女は嫌われる」


 露出度の高い少女が、窓枠に乗ったまま高笑いを続け、ミュルとシャムレイが憎々しげに相手を睨んでいる。ということは、あの金髪ツインテールは敵ということか。本人も、汚生魔人と名乗っていたから間違いないのだろう。

 汚生魔人は口調が汚いというのがデフォルトなのだろうか。躾がなっていないな。小さい頃からちゃんと教育してないと、子供が成長した後に親が後悔する羽目になるぞ。臨時のバイト募集でたまに来るからな、口調のおかしな子。

 ……いかん、二十台にして完全に発想がオッサン寄りだ。


「一度足らず二度までも、邪魔をしに来るなんて!」


「おかしい。創魔学園には強力な結界が張られている。汚生魔人が入り込める隙間なんて何処にもない。それも、二度も」


「我が力を持ってすれば、動作もないこと。われは汚生魔人百人将が一人、無音のゼフルー!」


「百人将!? シャムレイ気を付けて!」


 ミュルは目を見開き、頭を大きく振ると、慌てて部屋の隅に置いてあった杖を取り上げ身構えている。シャムレイは懐から分厚い本を取出し、ページを開いて敵を睨み付けている。

 どう見てもただの少女にしか見えないのだが、この二人の焦りようを見る限り、汚生魔人で間違いないのだろう。それもかなりの強敵のようだ。


「あの時は勇者の行方を探る為、あえてお前らを見逃した。しかし、もう用はない。今が好機。ここで勇者を滅しておけば、我の地位は更に上がるというものよ」


 大人びた口調で語ってはいるが、声が幼いので頑張って大人の役を演じている子供にしか見えない。緊迫した状態だというのに、少し和みそうになる自分がいる。

 いやいや、そんな場面じゃないな。見た目に騙されないで、気を引き締めなければ。


「シャムレイ! 私たちでこいつを何とか足止めするよ!」


「うんわかった、ミュルちゃん。洗浄勇者様は傷つけさせない」


 二人の持つ杖と本が輝き始める。

 一気に高まる緊張感。俺は渦中にいるはずなのに気分は完全に部外者。

 あまりのシリアス展開にどう立ち回るべきなのか理解も体も追いつかない。二人の反応を見る限り、冗談ではなく本当に危険な状態なのだろう。だけど、俺はここでどうすればいいのか。

 何かするにしても、もちろん創魔なんて使えない。超人的な力や運動神経があるわけでもない。周りに武器らしきものといえばポリッシャーがあるのみ。


 妄想日記に書いていたように、ポリッシャーを武器として二人に加勢するか?

 どう考えても、無理だ。確か日記の中では軽々と片手で振り回すシーンもあったはずだが、ポリッシャーの実際の重さは三十五キロ近くある。

 ここに来てから身体能力が向上しているようなので、ポリッシャーを引っ張っている最中に一度持ち上げてみたのだが、振り回すどころか片手で持ち上げるのが精一杯な重量だった。確かに、こちらの世界に来る前よりかは軽く感じたが、それでもこれを振り回して戦うなんて不可能な話。

 やはり、俺の身体能力は勇者と名乗れる程、劇的に向上しているわけではないようだ。


 そんな迷いの最中、爆音が俺の意識を現実へと向けさせる。

 衝撃で崩れる壁、耳が痛くなるような炸裂音。眩しくて目を開けられないほどの閃光。目の前では先日見た人気のない3D映画とは比べ物にならない、臨場感のある実際の戦いが繰り広げられている。

 飛び交う魔法らしきものと、映像では感じることができない衝撃や風圧。

 ああ、本当に異世界に来たのだと嫌でも実感させられた。


『炎よ敵を灰と化せ!』


 ミュルの杖から放たれる、サッカーボール大の炎の弾。


『風よ切り裂いて』


 シャムレイの本が輝き周囲に強風が吹き荒れ、風の渦がゼフルーと名乗った汚生魔人へ襲い掛かる。

 ゼフルーは腕を組んだまま避けようともしていない。あいつ、死ぬ気か?

 炎と風の渦が標的を捕え、轟音と共に爆発し熱風が辺りに吹き荒れる。

 炎と風の……これが創魔か。かなり離れているというのに、熱さで肌が焼けそうだ。

 創魔はゴルにも見せてもらったがこれはレベルが違う。これが創魔使いの実力。


「油断しないで、ミュルちゃん」


 黒髪の少女――シャムレイが鋭い目つきで、爆炎が漂う空間を凝視している。爆弾が破裂したような威力だというのに、あれでも倒せていないというのか?

 警戒を解かない二人を見て、半信半疑ながらも俺も目を凝らし同じ方向を見る。

 爆炎の中から現れたのは、無傷で手を組んだまま佇んでいるゼフルーの姿だった。彼女は俺を一瞥すると、ニヤリと口元を邪悪に歪めた。


 あの顔、嫌な予感しかしない。

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