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洗浄勇者

「って、すまん、まだ名乗っていなかったな。俺はゴルだ。お前さんは?」


「ゴルさんですね。私の名前は――」


 普通に名乗るべきか。フルネームだと勇者と同じ日本人だとバレる可能性もあるし、一応、少しだけ変えておこう。


「ソウです。よろしくお願いします」


「ゴルで構わないぜ、ソウ。俺も呼び捨てにするからさ」


 どうやら、この世界において違和感のない名前の様だ。相手が二文字だったので、こちらも宗次の一文字を抜いて合わせたのが上手くいったな。

 それから俺は、何も知らない勇者の真似をすることにより、この世界の常識や勇者について知ることができた。

 ゴルの話によると、お金の単位はエンであり、これも勇者様の手記を参考にしたそうだ。それ以外にも勇者の影響で、以前から変化したものがあるらしい。


 その勇者様の手記というのは、二百年前、汚生魔との激しい戦いの最中、突如現れた勇者が残した物だそうだ。異世界を渡り歩いた勇者の日常が描かれているらしい。

 圧倒的な力を誇る汚生魔人と互角以上に戦い、形勢が不利だった人側の唯一の希望だった勇者。そして、あと一歩のところまで汚生魔人を追い詰めたのだが、この世界に留まれる期間が過ぎ、またも異世界へ旅立ってしまった。

 勇者が残した、ここではない異世界での戦いや、日本での日常も書かれていた手記は翻訳され、大衆小説として売り出された。

 それが大ヒットし、今やこの国で知る者がいないとまで言われている。


「いやー、こんなに洗浄勇者の話できるとはな。俺の家にあるグッズも是非見てくれよな!」


 あれから三時間、ゴルはずっと話し続けていたにもかかわらず、まだ元気が余っているようだ。

 ちなみに洗浄勇者というのは、二百年前に活躍し、手記が小説化した勇者の呼び名だそうだ。清掃員だった勇者からイメージして付けられたらしい。

 洗浄勇者という単語を聞くたびに、背中がむず痒いような感覚に陥るのは、きっとランクと同じく、小学生が思いつきそうな微妙なネーミングセンスのせいだろう。

 いや、馬鹿にしたらダメだな。その人の活躍のおかげで俺が怪しまれることなく、こうやって話を聞き出せたのだから。感謝しなければ。

 洗浄勇者には特徴があって、いつも黒の作業服を着こんでいたので、黒は勇者の色として認知されているようだ。それ故に、この黒の作業服は熱心なファンが多い創魔学園都市で着ない方がいいらしい。


「あれが、うちの村だ。ここらにしたら結構でかい村でな。人口が五千人近くいるぜ」


 ゴルが自慢するのも良くわかる。村の周囲を取り囲んでいる巨大な石造りの壁と、鉄扉が見えるが、かなり迫力がある。あれだけ、強固な守りをしなければならないという、この国の情勢には不安があるが、村人にとってこの壁はかなり安心感があるだろう。


「おーい、戻ったぞ。二人ともご苦労さん」


「ゴルさんじゃないですか。今日はちょっと遅かったですね」


「獲物はないようですが」


 門の前に立つ二人の衛兵とは顔見知りの様で、和やかな雰囲気で話し込んでいる。こういう雰囲気の場って割り込みにくいよな。少し、後ろで待っておくか。





 三人の話が終わったらしく、ゴルが手招きしている。


「おーい、ソウこっち来いよ! 話はついだぜ」


 どうやら上手く話をつけてくれたようだ。この世界に来て一番初めにゴルと出会えたのは、本当に幸運だったな。


「おー、マジで洗浄勇者様にそっくりだな」


「作業服って学園都市の清掃員にしか着ることを許されてないんだよな。あんた大丈夫か?」


 衛兵の二人が俺の格好を物珍しそうに眺めている。よくよく考えたら、俺は伝説の勇者のコスプレをしている痛い人だと思われているのか……何処かで着替えた方がいいな、うん。

 にしても、学園都市に清掃員がいるのか。これも訊いておこう。


「学園都市の清掃員はこういった格好をしているのですか?」


「お、おう、お前さん本当に勇者の振りをしているんだな。見上げた役者魂だ」


 ゴルが事前に話していたようで、衛兵の一人が妙に感心してくれている。誤解なのだが、このまま突き進むしかない。


「じゃあ、俺も小芝居に参加するか。ああ、ようこそ辺境の村へ。記憶喪失なんだってな、それは色々と不便なことだろう。困ったことがあったら何でも言ってくれ。そうだ、学園都市の清掃員について質問されていたのだな」


 この衛兵、芝居がかった動作と口調なのだが、ゴルとは比べ物にならない程、手慣れているというか、ドラマの役者を見ているような気分になる。


「学園都市には国で管理している清掃員がいてな。お前さんが着ている作業服と似たデザインの服を着ている。勇者様が元の世界でやっていた高貴な職業だから、かなり人気の職で、首都では子供の最もなりたい職業らしいぞ」


 なん……だと。いや、なんだ、頭が混乱しているが、つまりは清掃員が公務員で、子供に大人気の職ということか。洗浄勇者人気、恐るべし。

 十年以上清掃業に携わっているけど、憧れられたことなんて一度もないんだが。あれだ、マンションとかの共用部を清掃中に、子供たちが物珍しそうにポリッシャーやバキュームを覗き見してくることがあったぐらいだろう。


「あと、学園都市での注意することは、作業服は脱いだ方がいいぞ。さっきもいったが、作業員は憧れの職業であり、作業服は国家試験を通った物にしか着ることが許されない。こんな田舎の村なら笑って許されるが、学園都市だと下手したら衛兵に捕まるぞ」


 そこまでのものなのか。作業員の地位が向上しているのは嬉しいが、作業服は着替えておいた方がいいな。


「どうだ、俺の幼馴染は芝居が上手いだろ。こいつがさっき話していた劇団員やっている友達だ」


「ああ、成程、道理でゴルと比べて、滑舌が良かったのか」


「あはははは、ゴル芝居下手だろ。俺の練習に何度か付き合ってもらっているんだが、一向に進歩しねえからな」


「うっせいよ! んじゃ、通してもらうぞ。身元は俺が保証する」


「ああ、構わないさ。村としては結構設備も整っているから、ゆっくりするといい」


 二人の衛兵によって開け放たれた門から、村へと足を踏み入れる。

 おー、門から真っ直ぐ幅のでかい道路が伸びている。平らに削られた石で舗装されている。ここなら、ポリッシャーも引っ張りやすい。さっきまで獣道に毛が生えたような道だったから、タイヤが思った以上に地面にめり込んで転がしにくかったんだよ。

 もしも、この道を清掃するなら、ポリッシャーではなく高圧洗浄機が欲しいところだ。この世界には存在していないだろうから、無理な話だとは思うが。

 道の両サイドには様々な店舗が軒を並べている。店舗前には看板が掛けられていて、『武器鎧』『宿屋』『食堂』等の文字が……よっし、文字も普通に読めるみたいだ。

 言葉だけではなく文字も問題なく読める異世界。いきなり、見知らぬ世界に飛ばされたのは不幸だったが、文字言葉に問題が無いのは本当にありがたい。まさに不幸中の幸いだな。

 ゴルから聞いてはいたが、実際目にして、ようやく安心できた。この文字も言葉も洗浄勇者の手記を参考にして、この国の言語として採用されたそうだ。

 創魔学園都市国家はまだ創立して百年の新しい国らしく、この場所に都市を築く際に学園長でもある大創魔使いが決めたことらしい。第二言語としてこの世界共通言語を学ぶのが常識となっているとの話だ。

 ……冷静になって考えてみると……学園長何歳だ。百年前に国ができたということは最低でも百歳。いや、一晩で都市ができるわけないから、それ以上は確実か。これも魔力とか創魔が関係しているのだろうか。後でさりげなく話題に出してみるか。


「お、そうだ。ソウ悪いんだが、ちょっと本屋寄っていいか。今日は『新説 洗浄勇者の冒険』が発売される日なんだよ。予約していてな、前からずっと楽しみにしてたんだ」


「ああいいよ。俺もちょっと見てみたいから」


 ゴルには丁寧な口調で話されると気味が悪いからやめろと、釘を刺されたので友人と話すような感じでいくことにした。

 しかし、異世界の本屋か。まだまだ情報も足りないし、その洗浄勇者とやらの本も興味がある。真似るのなら、もっと詳しく知っておかないと。

 顔を輝かせ、浮かれ気分でスキップを踏む筋肉達磨というシュールな光景を、距離を取って眺めながら後をついていく。

 ここの街並みは、俗に言う中世ヨーロッパ風。もっというなら、ファンタジー世界定番のゲームで良く見かける木造建築が並んでいるのだが、それだけではない。

 十軒に一軒ぐらいの割合で、日本家屋っぽい建物が見受けられるのだ。それも、京都や奈良といった古都に似合いそうな家屋ではなく、現代の建売住宅で見られるような一軒家がちらほら存在する。


「変わった家があるね」


「ああ、首都にはもっとあるらしいが、こういった家は洗浄勇者様の本に描かれている挿絵を参考に作られたそうだぞ」


 やっぱりそうか。なんだろう、この感じ。海外にある日本人村とかに足を踏み入れたら、こんな気分になるのかもしれないな。


「着いたぜ! 俺はちょっと奥で店長と話してくるから、適当に立ち読みでもしておいてくれ!」


 言い終わるより早く、ゴルは店内へ駆け込み、返事をしようとしたときには既にそこにはいなかった。


「まあ、いいか。色々あるな……」


 店頭に平積みされている本の表紙をざっと眺めてみると


『洗浄勇者の冒険』

『真・洗浄勇者の手記』

『洗浄勇者、百の秘密』

『せんじょうゆうしゃのぼうけん。飛び出す絵本』

『洗浄勇者の冒険外伝』


 と数え切れない程の洗浄勇者関連本が並んでいる。

 一番売れてます! という店員が書いたポップが置かれた本を手に取ってみる。『洗浄勇者の冒険 一巻』と書かれていた。その本が置かれていた周辺を見回すと、この本は全十巻構成らしい。どんだけ手記書いたんだ洗浄勇者。

 表紙に描かれている絵は、ポリッシャーを天高く掲げ、雄たけびを上げているような作業服を着た男の姿がある。顔はかなりの美形で十代後半から二十代手前といった感じだろう。俺とは似ても似つかない。

 驚いたことに、この洗浄勇者はポリッシャーや清掃道具を武器にして、敵と戦ったそうだ。いったいどうやって……正直少し興味がある。

 ちょっと中を読んでみるか。まずは、一番売れているこの一巻で良いよな。


「すまん、待たせたな! 無事購入できたぜ。お、それ買うのか? ならやめとけ、俺の家に全巻あるのを読んでいいから。ほら、急いで帰るぞ!」


 少し厳つめの顔に満面の笑みを浮かべているゴルに、若干引いてしまいそうになったが、楽しみにしていた小説の続編を手に入れた時の気持ちは、充分すぎる程、理解できるので黙って頷いておくか。


「俺の家は村の北西でちょい距離があるから、ちょっと急ぐぜ」


 小走りで進むゴルに俺はポリッシャーを引きながら付いて行く。

 気が付いたら小走りというよりは最早、走っているという速度になっていたのだが、俺は引き離されることなく、ピッタリと背後に並んでいる。

 今更だが、おかしいよな、やっぱり。

 ここまで、三時間歩きっぱなしだったというのに、俺は疲れを殆ど感じていない。それもタイヤが付いているとはいえ、舗装もされてない道を三十五キロはあるポリッシャーを引いてきたのだ。体に自信があっても、もっと疲労を感じて当たり前。

 なのに、疲れは少しだけ感じているが、いつもより体が軽いぐらいだ。この世界に来て身体能力が上がっているのではないだろうか。


 二百年前に来た洗浄勇者は、俺とは比べ物にならない程、身体能力が向上して活躍ができた。そう考えると辻褄が合う。後で自分の力を検証しよう。こんな状況だが、中々楽しくなってきたぞ。

 元の世界が気にならないと言えば嘘だが、仕事も終わりに近かったから、あとは二木川さんが上手くやってくれるだろう。

 やるべき仕事も……もう無いしな。色々と区切りはついている。俺がいなくても、さほど問題はない。元の世界への戻り方もわからない今、生き抜くことが何よりも大事だ。気持ちを切り替えて、こちらの生活に馴染むことを最優先しよう。


 ゴルには世話になりっぱなしだ。お礼に一人暮らしらしい彼の家を大掃除するというのはどうだろうか。

 以前、友人が「清掃業やってんだったら、俺の部屋ちょっと掃除してくれよ」と冗談交じりに言ってきた次の日、作業服にホームクリーニング用清掃道具一式という装備で訪れ、友人を部屋から追い出し、半日かけて清掃した時はかなり喜んでもらえた。今回もそれでいくか。


「おい、何だあんたら。俺は先を急いでいるんだがっ」


 苛立ちを隠そうともしないゴルの声に、思考の海から意識を浮かび上がらせると、ゴルが睨みつけている方向へ視線を飛ばす。

 お礼の仕方を考えている間に、裏路地の様な場所に入り込んでいた。大人が三人も並べば身動きが取れなくなるような薄暗い通路の先に、フード付きのマントを目深に被った二人の人影が見える。

 人気のない場所に顔の見えない相手が二人。どう考えても、怪し過ぎる。


「……そちらの御方を渡していただきたい」


 御方って俺の事なのか?

 相手は声が若いな。それに女性か。よく見ると身長も低く、小柄だ。マントが邪魔で体格はわからないが、子供か女性なら納得できる。

 前に一歩踏み出した方は後ろで控えているマントより、少し身長が高いようだ。さっき声を発したのも身長が高い方だろう。


「ソウ、一応聞くがお前の知り合いか?」


 俺は黙って首を横に振る。そもそも、この世界に俺の知り合いがいるわけがない。


「だそうだ。知らない奴に、同じ趣味の仲間を差し出す気にはならないな」


 ゴルは完全に俺を洗浄勇者ファン仲間と認識しているようだ。ここまで付き合ってくれているゴルの為にも、全巻を読み切って、話を合わせないとな。

 っと、相手の声が女性だからって油断は無しだ。この世界の強さの基準や、創魔がわかっていないんだ。平和な日本とは違う。もっと警戒しなければ。


「ソウ……様? その偽名、やはり!」


 偽名と一瞬で見抜いた? この女、俺の事を知っているような口振りだが、もしや、俺をこの世界に読んだ関係者か。だったら――


「もしかして、俺をこの世界に召喚した者か?」


 ゴルが目を見開いて振り返るが、一瞬にして「そういう設定だったな」と勘違いしたまま全てを理解したと、言わんばかりの表情へ変化する。


「あ、そうか。同じ劇団員なのか。路上でいきなり練習を始めるとは熱心な劇団だな……」


 ゴルの勘違いは留まるところを知らないようだ。もう、そのまま突っ走ってくれ。その方が話を進めやすい。


「はい、そうです! 流石、洗浄勇者様です! 全てをお見通しなのですね」


 フードの女は感激しているらしく、胸の前で手を組み合わせ、声を震わせている。

 ゴルは相手のリアクションを見て自分の考えが間違ってなかったと、何度も頷いている。ゴルは放置して大丈夫そうだ。

 彼女の反応……やっぱり、そうだったのか。

 二百年前の勇者召喚を真似て洗浄勇者を呼ぼうとしたが、召喚が失敗し、条件が似ている俺を間違って召喚してしまったのだろう。

 清掃員でポリッシャーを使い、黒の作業服を着ている日本人。それがたまたま俺と一致してしまい、誤って呼ばれた。この考えでほぼ間違いない筈だ。


「何か勘違いしているようだけど、俺は洗浄勇者なんてものじゃない。残念ながら、ただの清掃員だよ」


「いえ、間違いありません! それに証拠となる品もあります! とにかく、ここは汚生魔人の手の者がやってくるかもしれませんので、安全な場所へ転移します。詳しい話はそこで!」


 そう言って手を差し出すフード女の手を取るべきか否か。

 このまま、ゴルと一緒にいた方が色々と楽しそうだが、相手の誤解を取り除いておかないと後々面倒になるだろう。それに、勘違いとはいえ俺が勇者だとなると、世話になったゴルに迷惑がかかる可能性が高い。

 悩む必要はないな。


「ゴル、色々とありがとう。大切な話があるらしいから、行ってくるよ」


「お、おう、急だな。洗浄勇者談義したかったんだが劇団員なかまが来たのならしゃーないよな。学園都市で演劇するんだろ? 俺も金が溜まったら必ず見に行くから、そん時は割引してくれよな!」


 親指を突き立て、真っ白な歯を輝かせているゴルへ、俺も同じように親指を立て返すと、フード女の手を握った。

 その瞬間俺は光に包まれ、意識が遠のいた。


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