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ポリッシャー 勇者は清掃員  作者: 昼熊


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僕の考えた最強の必殺技

 ポリッシャーに乗り、パッドを回転させるレバーを全力で握りしめ、戦場のど真ん中を突っ切る。両軍の攻撃と怒声が乱れ飛ぶ中、それらをかい潜り大声を上げる。


「あの大型は俺に任せてくれ! 皆はこいつらを頼む!」


 絶望に染まっていた解放軍の勢いが戻り始める。

 本来なら二人に言った通り、声を掛け応援に回るだけの予定だったが、戦況を見る限り俺がどうにかするしか手が無いように見える。

 魔力が殆ど尽きている今、実際にやれる保証はない。それどころか、こうやってポリッシャーに捕まっているのが限界だ。だが、ここは自信を持って言い放つしかない。可能性が低かろうと、やるしかないのだ。


 最後の手段として、やれることが一つだけある――保健室で目覚める前に見た夢、そこに答えがあった。

 洗浄勇者の物語を知っている、この国の住民なら誰もが想像することだろう。この状況でも勇者なら、やつらを倒す秘策があることを。

 洗浄勇者のファンであるシャムレイとミュルは、当然そのことを知っている筈だ。だけど、その事について一言も触れなかった。いや、知っているからこそ言えなかったのだろう。

 ――戦場にいる兵士、清掃員の全てが絶体絶命の危機に現れた洗浄勇者の姿を見て、想いが高まっていることだろう。今なら、きっと出せる。

 だが、追い込まれたとしても使う気は毛頭ない。いや、使いたくはない。

 今は全力でやれることをやるのみだ。





 密集地帯をすり抜け敵陣の背後へ突き抜けた。魔力があるなら背後からの挟撃で敵陣を切り崩したいところなのだが、魔力に余裕はない。

 そのまま速度を落とさず巨大な敵へと迫る。近づくにつれ、その大きさに圧倒されそうになる。相手が巨大であるだけで感じる、この恐怖は生物としての本能なのだろうか。踏みつぶされるだけで、呆気なく人生に幕が下りるのは考えるまでもない。

 足止めするにしても、どうやるべきか。足元を走り回ったこところで、相手にとっては蟻がうろちょろしているようなものだろう。気にも留めなそうだ。

 ハクリを使えば転ばせることも可能か? だが、今はポリッシャーを動かすだけの魔力しかない。とてもじゃないがハクリを使う余力はない。


 手詰まりだな。それでも、やれることはやってみせる。諦めるのは全ての手を尽くしてからでいい。

 大型魔物の前を挑発するかのように蛇行運転してみるが、何の反応も示さない。途中ポリッシャーから降りて敵の足を殴ってみたのだが、一瞬だけ立ち止まり殴られた個所を掻くと再び歩き出した。今の攻撃力は蚊の一刺し程度か。

 他にも色々とやってはみたのだが、巨大すぎて効果がない。魔力さえあれば、やりようは幾らでもあるというのに。

 走らせながら新たな策を模索するが手段が思い浮かばない。もう長くない時間で混合軍との戦場に着いてしまうだろう。力が無いのなら、頭脳を振り絞って考えろ! 

 もっと深く、頭をフル回転させろ。


「あっ!」


 しまった、ハンドルがとられる!

 意識をそちらに集中しすぎてしまったのだろう、ポリッシャーのパッドが大きめの石に乗り上げてしまい、バランスを崩してしまった。


「くそっ!」


 地面に叩きつけられる際に、何とか受け身は取れたが、敵の目の前に放り出されるような格好になってしまう。ポリッシャーを回収して、立ち上がらないと!


「ポリッシャーは壊れてないな。節々が痛むが、愚痴を言っている場合じゃない!」


 膝を突いた状態でポリッシャーを引き寄せ、慌てて動かそうとするが、魔力も限界に近く稼働してくれない。

 くそっ、早く動け! 何で動かない!

 レバーを必死に握るが、魔力がほとんど残っていないのでパッドが回ろうとしない。魔力が無駄に消耗されていく!

 焦るあまりに現状を見失っていた俺に影が落ちる。辺りが急に暗くなり、見上げた空から大きな何かが降ってくるのが見えた。

 これは、大型汚生魔獣の足の裏か。


「あっけないものだな」


 力が抜け膝から崩れ落ちる。

 踏み殺されて人生を終えるなんて考えたこともなかったよ。情けない勇者でごめん、みんな。

 ああ、これが死ぬ前の感情か。親父のように取り乱さないのは、自分の意思で動き心構えができていたおかげか。この国の憧れの対象である洗浄勇者として、情けない姿を晒さずに済んことだけは、褒めてもらえるかな。


「洗浄勇者が諦めて、どうすんだよ」


 空が止まった。頭に触れるすれすれの位置で巨人の足が停止したのだ。背後に誰かがいる。さっきの声は、この世界に来て何度も聞いた彼女の声だろう。


「ったく、あの学園長ってやつバカじゃないか? 汚生魔人である私を解放するなんて正気の沙汰とは思えないぞ」


 顔は見えないが感情表現の苦手な彼女の事だ。憎まれ口を叩きながらも、少し照れたような表情をしていそうだな。


「キミなら力を貸してくれると信じていたのじゃないかな――ゼフルー」


「へっ、長話するには相応しくない状況だな」


 確かに、汚生魔獣の足元でする会話は少し落ち着かない。


「汚生魔人の落ちこぼれだが、獣ごときに踏みつけられる程、落ちぶれてはねええええっ!」


 ゼフルーの咆哮と共に押し返された汚生魔獣の足の裏が、上空から遠ざかっていく。影から解放され光が差し込む。全身が痺れるような重低音と体が浮き上がるような振動が足元から伝わってきた。

 あの巨体をすくい投げられるのか。やはり汚生魔人の力は人とは違いすぎる。


「さてと、あんたは下がってな。休養もばっちりとった体調万全の今なら、二体ぐらいまでなら倒せるだろうが、五体同時になるとさすがにきついからな」


 強気のゼフルーが素直に認めるほどの力があるのか。二体倒してくれたとしても残り三体。

 振り返ると百メートルも離れていない場所で、汚生魔獣と混合軍が戦いを続けている。なんとか耐えてはいるようだが、向こうの戦況は押され気味に見える。

 絶体絶命のピンチか。妄想日記内の話にはこんな場面がよくあった。敵に包囲され仲間も傷ついている。そこで勇者の奥の手が!

 なんて展開が大好きだった。

 いい加減、腹をくくるか。この状況、魔力が枯渇寸前で味方は限界に近い。敵はまだ大量に残っている。理想的な状況じゃないか――封印されし最終奥義を放つには!


「ゼフルー! 敵を倒さなくてもいいから、俺に攻撃が来ないよう少しだけ、時間稼げるかい? しばらく、無防備になるから」


「はっ、誰に言ってんだよ。一時間でも構わないぞ」


 味方になると頼もしいな。発言なんて俺より男らしい。彼女の方が勇者として向いていそうだ。

 さて、やるか。中二時代に考え出した、妄想力の結晶である、あの技を!


『我は世界を清浄へと導くものなり――』


 ポリッシャーを地面に突き立て、胸の前の高さにあるハンドルの上に両手を重ねる。


けがれを排除し――』


 大声は出していないのだが、この詠唱は戦場一帯に聞こえているはずだ。


『闇を洗い流し――』


 ぐおおおおっ! 声には出さないが全身を激痛が駆け巡る。

 くっそ、やっぱり黒の書通りにきやがったか。だが詠唱を止めるわけにはいかない!


『淀んだ未来を洗浄する――』


 外傷は塞がっているはずなのに、全身を切り刻まれたかのように血があらゆる場所から吹き出す。弱っている体から溢れ出る鮮血。

 これぞまさに血の気が引くか。鉄分不足で、頭がくらくらしてきた。


『光よ我が元に集え――』


 大量の出血と痛みに耐え、ポリッシャーのハンドルを掴み天高く掲げる。今までの技とは比べ物にならないほどに輝く白い光が巨大な渦を創り出している。

 ぐおおおっ、痛すぎる!

 一年前に発症した尿管結石も死にたくなるような痛さだったが、これはその痛みが体中で発生し、尚且つ同時に腰痛も併発したかのような激痛だ!


『洗浄勇者、最終奥義――全館清掃!(クリーンオール)』


 渦が爆発的に膨張し、パッドから凄まじい勢いで吹き上がると周囲を暴れまわる。

 その渦は白銀に輝く龍に酷似していた。白き渦は先頭部分を竜の咢のように上下二つに分け、大型汚生魔獣の顔面に噛みつく。渦に触れた瞬間、頭は消え失せ、首のない汚生魔獣が力なく崩れ落ちそうになるが、それを光の渦は許さなかった。

 体をくねらせ再び舞い戻ってきた渦が、腕、足、胴体を貪るかのように、次々と消滅させていく。五体もいた大型魔物が、長く伸びた光の渦の前に成す術もなく討ち滅ぼされる。その渦は大型汚生魔獣を食らい尽くすと、勢いを落とすことなくゼフルーへと向かう。


「駄目だっ!」


 気が狂いそうな痛みを振り払い、唇を噛みしめ意識を集中する。

 迫りくる渦を前に、ギュッと目をつぶったゼフルーのすぐ脇を渦は通り過ぎ、汚生魔獣との戦闘が続く戦場に襲い掛かった。

 敵味方関係なく光の渦は戦場を縦横無尽に飛び続ける。人間であろうと魔物であろうと区別なく光の渦は巻き込んでいく。そして、そこに存在する全ての生き物を飲み込んだ渦は、泡となり弾けた。

 そこまで確認した俺は、限界を超えた我慢を投げ捨てた。

 もういいよな……耐えるのも、限界だ。これが夢で……目が覚めたら中学時代というオチなら……まず、自分を殴って……黒の書……破り捨てよう。

 薄れゆく意識の中、徐々に閉じていく視界の中に、泣きそうな顔で駆けつけてくるゼフルーの姿が見えた気がした。


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