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ポリッシャー 勇者は清掃員  作者: 昼熊


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清掃力

「洗浄勇者! ゼリオロスの二つ名は消去だ。相手の五感全てから、自分の存在を消し去ることができる!だけど、その能力を使っている最中は他の創魔が使えなくなるんだ!」


 ゼフルー、まだ処刑台にいたのか。処刑人も既にその場から逃げているというのに。

 でも、助かったよ。なるほど、そういう事か。汚生魔人は個人に一つ特殊な力が宿る。学園長が前に言っていた、あれか。殆どが、大したことのない力だから気にするなとも言っていた気がする。噂はあてにならないということか。

 ゼリオロスはバキュームに創魔を封じられている状態を逆手にとって、能力を使うことにより創魔が使えなくなるという事実を、悟られないようにしたわけだ。

 さっき感じた違和感は、至近距離に敵が近づいてきたのに、あの強烈な香水の匂いがしなかったから。嗅覚までも完全に消し去っているのか。


「おいおい、落ちこぼれだけじゃ飽きたらず、裏切者にまでなるのか。いやはや、屑と屑は惹かれあう定めなのかね」


「なんとでも言え。どうせ、私はもう何処にもいけない。なら、せめて、てめえの悔しがる顔が見たいだけだ」


 完全に吹っ切れたようだ。今まで一番いい笑顔をしているな、ゼフルー。キミの助言で一つだけ策が浮かんだよ、ありがとう。

 確か、あれは左脇腹のポケットにあったはず。右手を左腰に移動し、いつもより大きく『開け』と叫ぶ。

 右手には白く輝く缶の取っ手が握られていた。

 それは大きめのバケツのように見える。上部には蓋がしてあり、隅の方に小さい円形の注ぎ口がある。その注ぎ口の蓋を捻って開けた。


「何だそれは、今更何をする気だ」


 たまに声が聞こえるのは、その時だけ音を消していないのだろう。


「これかい? これはね――剥離剤散布!(ハクリサンシャイン)」


 白く輝く缶の注ぎ口から乳白色の液体が宙へと噴出した。その液体は、そのまま空中で結界内部いっぱいに白い布を張ったかのように大きく広がった。


「なっ!」


 その液体が重力に従い地面に降り注ぐ。もちろん、俺も範囲に入っている為、全身剥離剤まみれだ。


「はっ、幼稚な考えだな。この液体がついて俺の姿が現れるとでも思ったか。服の存在も消えているのだぞ、体に着いた液体の存在も消えるに決まっている。服が汚れたのは許せんが」


「まあ、そうだよな。いい作戦だと思ったのだけど、上手くいかないもんだ」


 ペンキをぶちまけて、見えない敵の姿が見えた! なんてパターンよくあるのだが、現実はそんなに甘くない。地面にぶちまけた白い液体が広がっているのみ。相手が動けば白い地面に足跡でも残らないかとも思ったのだが、ゼフルーに足跡の存在すら消されているようだ。

 洗浄勇者の能力も大概だが、汚生魔人の方が更に上をいってないか。

 大きく息を吐き、ポリッシャーを腰の高さに構える。いつもの銃の型だ。パッドは白に変えておく。魔に対して威力を発揮する聖浄の力――つまり聖属性の白パッドが一番効果的だろう。


「所詮は人間の浅知恵。最後の足掻きも無駄に終わったか! もう生き恥をさらすこともあるまい……死ね」


 声が消えた。そしてほんの少しだけ感じられていた、相手の存在がまた完全に消滅した。この結界内に間違いなくいるはずのゼリオロスの存在を微塵も感じられない。

 ……いいね、この手詰まり感。絶体絶命のピンチ。勇者として定番の展開だよな。さて、上手くいったらお慰みだ。本来のハクリを発動するか。


『剥離開始』


 誰にも聞こえない音量で呟く。その声に応じ、地面に広がったハクリが白く光を放つ。


「死――なああああにいいいいいぃぃ!?」


 突如聞こえる叫び声と同時にゼリオロスが姿を現した。右前方からこちらに向かってゼリオロスが仰向けに滑ってきている。手足をバタバタとさせている姿が、かなり滑稽だ。さっきまでの気障で高飛車な態度からは想像もつかない憐れな格好。

 パッドの回転速度を最大まで上げる。右レバーも握り込み、白く輝く渦がパッド前面に展開される。あとはゼリオロスが到着するのを待つのみ!


「ふざけるな! こんな情けない格好でやられてたまるかっ!」


 体に纏う闇が莫大に広がった。だが、それは一瞬にして萎む。


「何故だ、防御に回した闇が制御できない! 馬鹿なっ!」


 見下していた人間に今からやられる気分はどうだい。

 仰向けからどうにかうつぶせにまで体を戻せたようだが、それでも滑り続けるゼリオロスの顔面に、待ち構えていたポリッシャーを突きつける。


「もらったっ!」


「はっ、馬鹿らしい」


 俺の一撃は空を切り、捕らえたはずのゼリオロスの姿が見当たらない。


「闇の制御もできず、少しは焦ったが、飛んでしまえば済む話だ」


 ――その通り。姿を現し能力を解除した今、創魔を使えないという制限はない。焦りにより判断力を無くし、叩き込むはずだった作戦が未遂に終わった。

 ゼリオロスは上空からこちらを見下ろし、口元をいびつに歪め嘲笑う。


「終わりか……なんて言うと思ったか」


 俺も負けじと、笑って見せる。


「まだ、諦めないというのか。往生際が悪いにも程があるな」


 肩をすくめているゼリオロスの視線がこちらから逸れた。その瞬間、俺は左から横なぎの攻撃をすると見せかけて、ポリッシャーを投げつけた!


「なっ!」


 まさか、唯一の武器であるポリッシャーを手放すとは思ってもなかっただろう。完全に意表をついた一撃だったが、宙に浮いたまま瞬時に俺の右側面へ移動し、紙一重で身をかわされた。


「貴様の足掻きもこれで終わりだ」


 勝利を確信したゼリオロスが振り下ろす闇の一撃を横目で確認したが、俺は避ける気はない――いや、必要がない。


「終わりはお前だ」


 俺は右隣に置かれた、バキュームの上部を開けた。

 轟音と共に、ゼリオロスの姿がぶれる。バキュームから湧き出ている黒い力の奔流がゼリオロスを包み込んだ。


「があああああああっ!」


 絶叫を上げ、黒い闇の中で激しく身悶えしている。


「知ってるか? バキュームで吸ったゴミや汚水は捨てないといけないんだよ」


 バキュームに貯め込まれた魔力は、汚水を捨てる時と同じく上部を解放することにより、同じ威力で放出することができる。ただ、真上にしか放てないのでバキュームの上へ、相手を誘導しなければならなかった。ポリッシャーを投げつけたのも、相手の位置を調整するためにやったこと。


「ぐおおおおっ!」


 ゼリオロスの叫びに合わせ、ヤツを包み込んでいた闇が吹き飛ばされ霧散する。かなりのダメージを受けたようで、地面に片膝をつき荒い呼吸を繰り返している。

 やはり、これでは致命傷にはならなかったか。


「な、なめるな。このゼリオロス様を! 将軍の座まで上り詰めたこの俺をっ!」


 ゼリオロスの綺麗に固められていた頭髪は使い古された箒のように乱れ、皺ひとつなかった燕尾服は切り裂かれ、所々肌が露出している。

 満身創痍で正面を睨み付けているようだが、何もせず大人しく見守っているわけがない。

 素早くポリッシャーを回収し、既に背後へ回り込んでいた俺は、慌てて振り向いたゼリオロスの顔面めがけ、容赦なくポリッシャーを突き出す。

 この一撃に全魔力を注ぎ込む!


『石床聖掃!(ストーンウォッシャー)』


 突き出されたポリッシャーが咄嗟に張られた、顔を覆う黒い闇を、あっさりと突き破る。聖なる力を付与された白パッドに顔面を高速で削られ、顔から首、体へ回転力が伝わり、ぶつかった衝撃により縮んだように見えた体が今度は押し返される。

 白い渦に巻き込まれ、ゼリオロスが螺旋状に渦ごと天高く舞い上がった。渦が治まった先には錐もみ状態で落下するゼリオロスがいた。服は原形を留めず、手足が本来向いてはいけない方向に曲がっている。

 その姿を確認して、俺はいつものお決まりの体勢に持ち込む。ポリッシャーを肩に担ぎ、右腕を横へと勢いよく突き出す。


「不浄よ泡と共に無へと還れ。清掃――完了!」


 背後で爆風と光が溢れる。


「お、おおおおおおおお!」


 その場にいた全員から歓喜の声が上がる。喜びを通り越して悲鳴のような声すらあった。


「洗浄勇者様が、ゼリオロスを倒したぞ!」


 兵士の一人が涙を流し、こちらに深々と頭を下げた。


「洗浄勇者は本当にいたのね!」


 両手を握りしめ、拝んでいる創魔学園の女生徒までいる。

 子供の頃、妄想の世界で何度も夢見た光景がここにあった。多くの人を救い、感謝され、自分の存在を認めてもらう。中学生時代の妄想が今ここで叶ったのだ。

 嬉しい。これは妄想が叶った喜びではない。人々を救えたという事実が俺の胸を熱くする――握りしめた手が今になって震えている。膝からこの場に崩れ落ちそうになるが、洗浄勇者がそんな姿を見せるわけにはいかない。ポリッシャーを杖代わりに、何とか体を支えた。


 完全に祝勝ムードだが、まだ敵は残っている。ゼリオロスの妻マースリンが無傷で本拠地にいるはずだ。夫が倒されたという事実は直ぐにマースリンの元に届くだろう。それを知ったマースリンはどう出てくるだろうか。何にせよ、体を休めて魔力を回復してから、全軍でマースリン討伐に向かうのが一番妥当な策か


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