お祭り騒ぎ
グランドには所狭しと、色とりどりの看板を掲げた露店が並んでいた。
ここの世界の食べ物は妄想日記『黒の書』の影響で、元の世界と酷似しているのだが、微妙に何処かが違っている食べ物が多く存在する。
夏祭りについて細かく描写をした場面があったらしく、露店は元の世界の影響を今まで以上に受けているようだ。
例えば、さっきシャムレイが食べていたフランクフルトのような物は、色が黄色に近く黒いソースがかけられている。一見チョコバナナに見えるのが難点だ。あの甘い味を想像して口にするので、どうも違和感がある。味は決して悪くないのだが慣れるまでには時間が必要だな。
あと、仕組みは不明だが周囲に火花を散らしている綿菓子っぽい物。他の綿菓子もどきは周辺がじっとり湿っているモノや、水滴を垂らしている綿菓子もどきまである。
……あれ、もしかして本物の雲を小型化しているだけなのでは。
「あー、ソウさん、洗浄勇者焼き食べましょう!」
洗浄勇者についての話題と、食べ物に関してはテンションが上がるシャムレイが、そう言うと俺の返事も待たずに買いに走る。すぐさま戻ってきたシャムレイは洗浄勇者を模った焼き菓子を手渡してきた。
食べ歩きしやすいように串が刺さっているのだが――やめろよ……俺に似た菓子の尻に串が刺さっているぞ! お前ら本当に洗浄勇者好きなのか!?
「お、ソウじゃないか! 両手に花で羨ましいな、美少女二人と同伴なんてさ。こっちは、むさい男しかいないってのに。俺みたいな良い男を放っておく女も馬鹿だよな」
面倒なのに見つかった。文句を言っている割には、頭にパドムお面を載せてご満悦そうじゃないか、ルイス。
ミュルとシャムレイは美少女と言われ、少し照れながら会釈している。
「むさいは失礼だなー。キーガはともかく、僕はそうじゃないだろ」
確かにむさい男ではないな。両手に綿菓子もどきを持っているメッツを表現するなら、可愛いの方が似合いそうだ。作業服を着ているから辛うじて男性に見えるが、仮にこの学園の制服を着せてみたら女性にしか見えないだろう……それもかなり美人な部類に入る。
一部のそういった性癖の方には大人気間違いなしだ。
「むさくるしくない。清潔にしている」
表情があまり変わらないキーガが珍しく、むすっとした顔をした。
こう見えてキーガは身だしなみに気を付けるタイプのようで、作業服はいつも綺麗に洗濯してあり、シワ一つない。それだけではなく、ハンカチにアイロンがかかっているのには驚かされた。
この三人、いつも一緒にいるな。そういや、学生時代にもクラスにいた。弁当もトイレも放課後もいつも一緒のグループが。昔から疑問だったのだが、ああいう人たちは、たまには一人になりたいとは思わないのだろうか。
どっちかというと、独りでいるのが好きだった俺としては不思議でならない。
「あれ、メイラがいないようだけど?」
「あいつは、いつも俺たちといるわけじゃないぜ。そもそも、部署が違うからな」
なんだ、一緒じゃないのか。俺の中では完全に三人組プラスワンな感じだと思っていたよ。
「そういや、メイラって謎なところあるよね。休日はいつも町に行っているみたいだし。宿舎が男女別だから仕事終わってからの事が全くわかんないんだよね。恋人はいる気配もなく、仕事仲間とは良好。趣味は不明。あと気になる情報は、夜に女子宿舎から鳴き声や叫び声が聞こえると、メイラの隣部屋から苦情があるみたいだよ。何をしているのだろうねー」
メッツが懐から取り出した手帳を覗きこみ、ページを指で軽く叩いている。内情に詳し過ぎてちょっと引くぞ。あの手帳一体何が書かれているのだろうか。ゼフルーの話題が出た時も見ていたよな。
「女性のプライベートを詮索するのは良くない」
ここはキーガのおっしゃる通りだ。恋人同士でもあれこれ干渉すると嫌われるだけ。ただの同僚が余計な詮索するべきじゃないな。
「キーガは固いな。こういった人の噂話が面白いんだろうがよ。それに、別に悪口を言っているわけじゃねえんだぜ。俺は心配しているんだ。良い年頃の女が浮いた男の話題一つなく、寂しい日々を過ごしているかと思うと……仲間として何とかしてやりたくなるのが人情ってもんだろ! 立派な体してるのに完全に無駄だな!」
完全にセクハラ発言だぞ。うわ、女子二人が引いている。見た目が悪くないのに女性が寄り付かないのは全てその性格のせいだろ。
「ルイス、それぐらいにした方がいいんじゃないかなー」
メッツの言葉にキーガが黙って頷く。ルイスがしゃべり続け、二人がつっこむ。見慣れたいつもの光景だ。
「んだよ、別に事実なんだからいいじゃねえか。あのでかい胸なんか、何かにぶつかった時のクッションにしか役立たねえよな。もしかして、男よりも女が好きだったりしてな。あははははっ!」
陰でこそこそ言うよりはマシだとは思うが、こんな人が多い場所で大声を張り上げていると酷い目にあうぞ――と忠告してやろうと思ったのだが、時すでに遅し。背後には汚生魔人かと目を疑うほどの黒いオーラを吹き出しているメイラの姿があった。
三人組の残り二人と、女性陣は既にルイスから距離を取っている。みんな、素早過ぎるだろ。洗浄勇者の目を持ってしても気付かなかった。
「そんなに可哀想かしらね」
口元は笑っているように見えるけど、目が笑ってませんよメイラさん!
「男ならまだしも女だぜ? そろそろマジで焦る時期だろうしな。実体験を踏まえた恋愛話の一つぐらいしたい筈だぜ」
うん、言いたいことはわからなくもないが、そろそろ気づこうな。黙らないと今日が命日になるぞ。
「……実は恋人いるかもしれないじゃない」
「ナイスジョーク! ないない。色気どころか女っ気もないわ、化粧したこと見たこともないメイラに恋人がいたら、素手でトイレ掃除してやるよ」
そうか、ルイスを見るのも今日で最後になるのか。口も悪く空気も読めないヤツだったが、性根は悪くないヤツだったと思うよ。生まれ変わったら、言葉を発することができない虫とかがいいんじゃないかな。
「素手じゃなくて、お前の顔で洗ってやるわ」
ようやくそこで背後から話しかけていた人物が誰か理解したようで、顔中が汗だらけになりながら泣きそうな瞳でこちらを見ている。
助けを求めているのだろう。だが、すまない。俺は人前ではただの一般清掃員にすぎないのだ。キミの力になれそうにもない。ゆっくりと左右に頭を振った。
その後、ルイスはキーガとメッツに保健室へと運ばれていった。何があったかはあえて詳しくは描写しないが、人の戦闘力が汚生魔人より低いという考えは訂正した方がいいのではないかと思う。
未だ機嫌が直らないメイラに何故か俺が奢る羽目になった。そうなると、女性一人だけ奢って残ったミュルとシャムレイに何もしないわけにもいかず、結局全員の支払いをする羽目に……あとでルイスから金を巻き上げてやる。絶対にだ。
「ったく、女の良さも知らない童貞が何を偉そうに! ああ、もうむしゃくしゃする! おっちゃん、それもう二つ!」
そこは本当だとしても触れてあげない方がいいんじゃないかな。男は結構気にするポイントだからね。あと、あんまり食べすぎると体に良くないよ。
「おいひいでふへ。わははひもほれ」
シャムレイの胃袋はバキュームより凄いな。さっきもあれだけ食べておいて何故まだ入る。あと、口の中の物を呑み込んでから話そうね。
「もう、ダイエットは明日から!」
二人の食べっぷりに触発され、やけになって大食いを始めるミュル。
あれ、清掃員って給料がいいはずじゃなかったか? 財布がびっくりするぐらい軽いのだが……勇者手当とか出ないだろうか。
ケーキの食べ放題に続いて今回の出費。明日からどうやって食いつないでいくか、悩みどころだ。
このまま、永遠に食べ続けるのではないかと不安になってきた時、グラウンド中に木琴を叩いたような軽い音楽が鳴り響いた。
『こちら創魔学園、放送部です。三十分後に特設ステージで特別公演、洗浄勇者の冒険が始まります』
これが学園長の言っていた劇か。今の放送を聞いて人波がステージの方に流れていく。うーん、観たいような怖いような。
止めておいた方が身のためだと思うのだが、好奇心が刺激されているのも事実だ。
「ああ、私これ見たかったのよ! 席を友達に取ってもらっていたんだった、行ってくるね! じゃあ、またねー」
返事をするより早く、慌てて走り出していた。メイラの姿は人波に飲み込まれ既に見えなくなっている。
「私たちも行きましょう! 真説・洗浄勇者の冒険、待望の舞台化ですからね! まさか初公演を観られるとは!」
シャムレイは、相変わらず洗浄勇者がらみになると性格が豹変するな。
問答無用で両腕をミュルとシャムレイに掴まれ、舞台まで引きずられていく。
二人に引っ張られるのも慣れてきた。両方から腕を組まれ、美少女に連れ去れていく俺を見る周囲の目が痛い。嫉妬というより犯罪じゃないかと心配する疑惑の眼差しに見えるのは、被害妄想ではないはずだ。




