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むしめずるきみ

作者: 天洋
掲載日:2014/04/15

 あるところに虫が大好きなわかぎみがいました。わかぎみは特に女郎蜘蛛が好きで、長い時間うっとりとながめています。

 そのうち長い手を広げて持って、油で揚げて食べてしまいました。とうもろこしがはじけてできたお菓子によく似た味で、わかぎみはとても気に入りました。

 次の日も、次の日も、彼は森や林や草藪などに入って、女郎蜘蛛や蜂をつかまえては、揚げたり、焼いたり、柔らかいものはそのまま食べたりしておりました。


 *


 ある日、真夜中にわかぎみのふすまを叩く音がします。ほとほと、ほとほと、と上品に響きます。

「たれか。はいれ」

 わかぎみが声をかけるとふすまがすらりと開いて、向こう側の間には両手をついて、静かに座った女の人がいました。

 発光するような白い膚をしていて、火のような色がまぶたと唇を照らしています。豪華な赤と金色の単衣をきて、夜の中できれいに見えました。

「わたくしは女郎蜘蛛の長でございます。このような刻限に無礼かと存じましたけれど、今でなければわかぎみとお話ができませぬ。無礼をご承知で参上いたしました」

 わかぎみは布団から起き上がり、女郎蜘蛛の長という女の人をみました。女郎蜘蛛の長はこの世のものとは思えないほど美しい顔立ちをしていました。わかぎみは(ずいぶん年上の人だなあ)と思っただけでした。


「わかぎみ、お願いがございます。どうか、どうか、虫を食らわれるのをおやめくだい」

 濡れたような声で、女郎蜘蛛の長が訴えました。わかぎみが虫をお揚げたり焼いたり、生のままで食べたりするのをやめてほしいというのです。

「虫はかわいい。虫はおいしい。それにあちこちにたくさんいるではないか」

 わかぎみは言いました。

「どうか、どうか、お許しください」

 女郎蜘蛛の長はぺたりと頭を下げ、繰り返しました。

「わたしたちは確かにたくさんおりますが、わかぎみがあまりにとって殺してしまわれるので、数が少なくなってきております。皆、いつもおびえてくらしております。わかぎみがくる、さらわれる、とって食われる、と」


「では、虫達の雄と雌をさしだいなさい。それで、虫をとるのをやめよう」

「虫達の雄と雌を、食べてしまわれるのですか」

 女郎蜘蛛の長とても悲しいかおをしましたが、わかぎみはかおをふりました。

「食べはせぬ。愛でるのだ。さしだされた雄と雌は、自然に死ぬまで、ずっと愛でるのだ」

 女郎蜘蛛の長は、美しい柳眉を悩ましげにゆがませました。

「雄と雌を差し出せば、そのほかの虫達を本当にさらいはせぬのですが」

「せぬ。おぬしからいただいた雌雄は、万事大事に育て、自然に死んだら丁重に弔おう」

 女郎蜘蛛の長は悩んだ末、わかぎみの提案を承諾しました。


 *


 わかぎみは豪華な籠を作らせて、雌雄をつがわせそれぞれの虫を住まわせました。大きな籠がいくつも並びましたが、お屋敷にはまだまだお部屋がたくさんありました。

 女郎蜘蛛の長の約束通り、わかぎみは森や林や草むらで虫をとるのをやめました。

 

 * 


 女郎蜘蛛の長からさしだされたそれぞれの虫たちは子供を産ました。産まれた虫の子供達が大きくなると、わかぎみは揚げて、焼いて、柔らかいものは生のままで食べました。女郎蜘蛛の長からさし出された雄と雌は上等のご飯を与えられ、たくさんの子を産めるように上等の巣を与えられました。


 *


 青年になった若君は「むしめずるきみ」と噂され、気味悪がられました。

 けれど眉目秀麗で賢く、雅な絵を描かれ、優しい笛を吹き、華やかな唄を歌われるということで、いろいろなお姫様たちからたくさんの恋文をいただきました。

 しかし、若君は誰ともおつきあいなどせず、虫ばかりを愛でていらっしゃいます。新しい虫の子供達が大きくなると、揚げて、焼いて、柔らかいものは生のままで食べました。


 ある日、真夜中に若君のふすまを叩く音がします。ほとほと、ほとほと、と上品に響きます。

「たれか。はいれ」

若君が声をかけるとふすまがすらりと開いて、向こう側の間には両手をついて、静かに座った女の人がいました。

 発光するような白い膚をしていて、火のような色がまぶたと唇を照らしています。豪華な赤と金色の単衣をきて、夜の中できれいに見えました。

「わたくしは女郎蜘蛛の長でございます。このような刻限に無礼かと存じましたけれど、今でなければわかぎみとお話ができませぬ。無礼をご承知で参上いたしました」

 わかぎみは布団から起き上がり、女郎蜘蛛の長をみました。女郎蜘蛛の長はこの世のものとは思えないほど美しい顔立ちをしていました。若君は(なんと美しいものだろうか)と思いました。


「若君、お願いがございます。どうか、どうか、虫を食らわれるのをおやめください」

 濡れたような声で、女郎蜘蛛の長が訴えました。若君が虫をお揚げたり焼いたり、生のままで食べたりするのをやめてほしいというのです。

「そなたから受け取った雄と雌は大事に育て、その子らを食ろうているだけだ。森や林や草むらで、虫はとっておらぬ」

 若君は言いました。

「どうか、どうか、お許しください」

 女郎蜘蛛の長はぺたりと頭を下げ、繰り返しました。

「若君にさしだした雌雄の子らをあまりにとって殺してしまわれるので、皆、いつもおびえてくらしております。我々と同じものどもが若君に殺されるている、いつか我々もとって食われてしまう、と」


「では、おまえ、わたしの花嫁になりなさい」

「わたしを、食べてしまわれるのですか」

 女郎蜘蛛の長とても悲しいかおをしましたが、若君はかおをふりました。

「食べはせぬ。愛でるのだ。おまえのことを、自然に死ぬまで、ずっと愛でるのだ。かわりに、虫たちは自由にしよう」

 女郎蜘蛛の長は、美しい柳眉を悩ましげにゆがませました。

「わたしがあなたのおそばにいれば、かの虫達を本当に、自由にしてくださるのですか」

「そうしよう、自由にしよう。おぬしからいただいた雌雄は、仲間のもとへ戻そう。その子らも、野へ放とう」

 女郎蜘蛛の長は悩んだ末、わかぎみの提案を承諾しました。


 *

 

 若君は女郎蜘蛛の長をそれは大事にされ、深く深く愛されました。虫たちは約束通り自由になり、若君は虫を食べるのもやめました。

 若君はさらに大きくなって人間の長になられ、美しい女郎蜘蛛の長と結婚して幸せにお過ごしになりました。。

 やがておふたりにはお子ができて、まるまるとした真っ赤な赤ちゃんがお産まれになりました。

「きれいなお子です」

 女郎蜘蛛の長は、すこしやつれていましたが、幸せそうに赤ちゃんを若君におわたししました。

「きれいなお子だね」

 長は、とてもとても喜ばれました。ただ、すこしだけ

がっかりもしていました。

 それでも幸せでした。

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