【第3話】勇気のきっかけ
雪の日の帰り道に偶然会った美板さん。彼女の車で、コンビニからマンションまで乗せてもらうことになった。しかし、その後に送られてきたメールに息をのんでいた。
美板さんからのメールはこうだった。
(すぐに来て下さい。山美さん)
あまりにもシンプルなメール内容に、私はかなり戸惑っていた。
「どういう意味だろう?」
不安と期待が私の中で渦を巻いている。
もしかすると彼女の身に何か起きている?
それともただ誘っているだけなのか?
この短い文章から察するに、これしか打てなかった。
彼女は、それほど緊迫した状況にある。
それほどの精神状態である。
私は、彼女を待たせる訳にはいかないと思った。
「……よし!」
私は、部屋で一人気合を入れた。
ダウンのジャンバーを羽織って部屋を出た。
3階の301号室前で、私は少し緊張していた。
ふるえにも似た感覚で、呼び鈴をゆっくり押してみた。
しかし、中からは何の反応もない。
今度は、少し違う緊張でもう一度押してみた。
「どうした~? なぜ返事がない?」
私は、想像してしまった。この状況を……。
よくサスペンス系のドラマにある場面をです。
第一発見者!
そして、このパターンからするとドアが開いている……。
恐るおそるドアノブに手をかけました。
カチャ……
と、ドアが軽く開いてしまった。
想像した通りのことが起きてしまった。
問題は、ここからこの先がどうなっているかである。
私は、覚悟を決め玄関に入った。
ラベンダーの香り?
なのかとてもいい香りがした。
部屋の間取りは同じなので、突き当りがリビングになっている。
「美板さん!!」
リビングのドアを開け中に入った。
そこにはスマートフォンを持って、ぼう然と立ち尽くしている美板さんが居た。
この感じからすると、さっき私にメールを送った直後という感じ……
「美板さん!」
声をかても反応がない。私は、まだ触れてはいない。
「美板さん! 美板さん!? 聞こえますか?」
今度は、声を掛けながら肩を軽くたたく様に問いかけてみた。
「山!……山美さん!!」
放心状態から戻った瞬間!
手に持っていたスマートフォンが、彼女からスッと離れ床に落ちてしまった。
でも、下が絨毯で良かった。
「山美さんじゃないですよ。どうしたんですか? うわっ!?」
美板さんは、私を確認して少し安心しのでしょう。
ふくよかな胸のふくらみが感じられるほど、ギュッと抱き付いて来ました。
「美板……さん?」
「ハッ!? すみません! 私ったら……」
再び我に返った美板さんは、すごく照れくさそうに私から離れた。
「一体何があったんですか?」
「やったんですよ! やりましたよ! 私!」
何かとてつもない事が起きたのでしょう。
想像していた方向とは180度違い、すごく喜んでいる様子です。
私も安心しました。
「落ち着きましょう。深呼吸しましょう。深呼吸……」
興奮している彼女の気持ちを落ち着かせた。
「実は……」
美板さんは、私に一通の郵便物を手渡した。
そこに書かれていた内容とは、簡単にいうと美術展に入選したというものでした。
しかも、ただ選ばれたのではなさそうです。
「美板さん、絵描くんですか?」
「はい。でも何年もダメだったんですよ。もう止めようと思っていたんです」
私の中の不安という感情は、スッキリ消えてしまいました。
今考えると、数分前まで不安なことを考えていた自分が恥ずかしく思えてきました。
美板さんが言うには、メールBOXから郵便物を取り出した後、玄関のドアを開ける前に封筒見つけた。
緊張したまま中に入りカギを忘れてしまった。
そして、リビングのテーブルの上にその封筒を置いた。
まま開けられずに約30分……。
意を決して開封!
思わず立ち上がり、私にメールをしたとのことです。
「なんか……お騒がせしましたね。恥ずかしいです」
「いやいや、そんなことはないですよ。いつでもメールして下さい。来ますから」
「ありがとうございます。山美さん」
…………ぐぅぅぅ~
こんなタイミングで私は……なんで?
ドラマやアニメじゃあるまいし、腹がなるなんてこっちが恥ずかしいじゃないか。
多分、本当にホッとしたからなのでしょう。
「ぷっ……すみません。夕食まですか?」
「あ、あははは~。カップ麺食べたんだけど足りなかったのかな?」
「良かったら食べていきません? 夕食」
この展開は、自分の腹に感謝しなければ、いけないかな?
「あの~、美板さん」
「すぐ出来ますから。待ってて下さいね~」
「はい……」
彼女の楽しげな顔は、実にうるおしくて良いです。
……数分後。
テーブルの上には、短時間で作ったとは思えない料理が並んだ。
「あの~……」
「長くなる話は、食べてからにしましょう……ネ」
私の言いたいことが分かるのか?
先手を打たれた気がした。
「はい! 食べましょう。どうぞ召し上がれ」
この久しぶりの状況に、私は癒されています。
なんか幸せです。
「美味しい! 美板さん。料理作るの上手なんですね」
「ありがとうございます。嬉しい」
これ以上、言葉なんか要らないそんな気もします。
少し顔を上げると彼女が私を見ていた。
「どうかしました? 美板さん」
「すごく美味しそうに食べているので、つい見つめてしまいました」
ドラマか?
と、錯覚してしまうくらいの照れくささが私を包んでいます。
「お世辞抜きで美味しいですよ。すごく幸せです」
「山美さんて、優しいですね」
こんな風に少々の会話で、時間は流れていった。
駆け足のごとく。
「あ~美味しかった~。ごちそうさま~」
「私も作ったかいがあります」
「そう言えば美術展、授賞式と展示があるって書いてありましたね」
「来月の12日ですね。……行ってくれますか一緒に」
「もちろんです。よろこんで」
私は、即答した。特に断る理由はどこにもない。
「あの~美板さん」
「はい」
「自分は、あなたよりも多分……結構、年が上ですけど」
「私は、山美さんのことが好きです! いけませんか?」
この言葉が、目の前の空間を鮮明にしてくれました。
「山美さんはもっと自信を持ってもいいと思いますよ。格好いいですよ」
美板さんは、すごく照れている様子です。
私も照れてしまいます。
「そんな~格好いいだなんて…………」
私は、気づかれないほど小さな深呼吸をした。
「……美板さん、私と付き合ってくれますか?」
「はい。こちらこそ……。でも、『美板さん』じゃなく彩恵でいいですよ」
彼女は、さらに照れた様子で答えました。
ふわっとして、やわらかで穏やかな雰囲気が
二人のいる部屋を包み込んだ。
いつしか私たちは、
口づけを交わしていました。
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