【第16話】[終]運命ってヤツは……
私は、少し風の冷たい3月の海にいます。
周りの雪はすっかり消えてしまいました。
今日は、3月12日です……
私は、海をながめています。
ただ、ながめています。
「あの~すみません。シャッター押してくれますか?」
若い二人に声を掛けられました。
「はい。いいですよ」
付き合い始めたばかりなのでしょうか?
私の想像です。
「じゃあ、撮りますよ! ハイ! チ~ズ!」
「ありがとうございます!」
二人は、きらめく海をバックに手をつないで……
楽しそうです。
……すごく楽しそうです。
私は……
私には、ただ海をながめる事しか出来ません。
あの日以来……
仕事の方もうまくいかなくて休んでいます。
退職するかもしれません。
うまくいかない事なんて、生きていればあるのかも知れません。
今までも何度もありました。
しかし、今回の場合は、何だか良くありません。
私は、あの雪の降る日に声を掛けた事を思い出しました。
声を掛けなかったら、ただの挨拶するだけの存在……
それで良かったのじゃないのか?
今となっては、どうでもいい事になってしまいました。
少し時間、何もしたくありません。
そのうち仕事も探さなくてはいけなくなるでしょう。
どうだろうか?
見つかるかな?
これといって、特に資格もない。
唯一、普通自動車の運転免許くらいしかない40のおじさんに……
こんな事を考えるのも後にしよう。
海は、良いな……
いや、海の上にある白い雲の方が良いかな?
見ていて飽きないし、自由なところが素晴らしい。
……すぐに消えてしまうけど。
やばいぞ……
何だ?
この気持ち、感情は?
ただ、海をながめに来ただけなのに……
「缶コーヒーでも買いに行くか!」
先ほどの二人の姿は、もう小さく豆つぶのようです。
私は、缶コーヒーを買って、また同じ場所に戻って来ました。
すぐには飲まず、ギュッと握りしめていました。
黄昏ている私の姿は、周りからどう見えているのでしょう?
さっきの二人は声を掛けて来ました。
自分が思っているよりは、見た感じ大した事ないのかな?
……そんなもんかな?
私は、缶コーヒーを開けました。
もしかして、座って片手に缶コーヒーを持つ今の自分……
結構、絵になってるんじゃないのか?
「ははは……」
何だか、急に笑いが込み上げて来ました。
「ちょっと、歩いてみるかな?」
ジーンズに付いた砂をはらって、立ち上がりました。
空に突き刺すかのように、体を伸ばしました。
「剛さん……」
後ろから声がしました……
聞き覚えのある優しい声です。
私は、振り返りました。
「どうして!?」
私は、腕時計を見ました。
「この時間は、授賞式じゃないの?」
「そうですね……」
どうしたのでしょう?
「でも、どうやってここが分かったの?」
「あら、美板家の情報網を甘く見ては困ります! 剛さん」
「君は、私なんかと……」
言葉が詰まります。
「いいんです。私は、剛さんと居たい……それだけです」
「いいの?」
彼女は、何も言わす首を縦に振りました。
「彼女来たんですね?」
さっきの二人が、再び声を掛けて来ました。
戻って来ていたのに全然気が付きませんでした。
「えっ! あぁ」
「さっきのお返しです。撮りますよ!」
カメラは、持って来ていませんでした。
「じゃあ、私のスマホで」
「はい、撮りますよ!」
撮る瞬間、彩恵は私に抱き付いて来ました。
「えっ!?」
「グッ! ジョブ! 彼女!!」
画像を見ると、驚いている私……
笑顔の彩恵がまぶしいです。
二人と別れ、手を振り下ろした時に気付きました。
黒い六輪の車が去って行くのを……
私は、これから始まる期待と不安を胸に決意しました。
この手は、離さないと!!
「これから、千葉の動物公園にいきませんか?」
「えっ? これから?」
確か、有名なレッサーパンダが居るとか……
「あっ!!」
居ますよ!
あの鳥が……
ハシビロコウが!!
「まだ、昼前だしね。行こう!」
「はい! 行きましょう!」
ハシビロコウか……
憎めない鳥です。
数日後……
専務から連絡がありました。
「大丈夫ですか? 話しは出来ますか?」
「はぁ……」
とうとう来ましたか……
私は、あの日以来なぜか出社出来ずにいたのです。
彩恵の方は、なんか急に忙しくなって会えずにいます。
メールでのやり取りは、していますが……
「あぁ、このまま退職は困りますよ。待っていますよ」
まだ、私の人生も捨てた物ではないと言う事ですか?
多分ですけど……
「剛さん! 上野に行きましょう!」
捨てた物ではなく……
まだ、捨てれません!
- 終 -
読みに来て下さった人には、本当に感謝しています。思い、想い、こころ、感情、気持ち、似ているようで難しい……。まだ理解に苦しむところですが、どうにか終了です。ありがとうございました。




