【第14話】スタッドレスタイヤの購入
鳥取工場に顔を出した剛であったが、意外にも後輩の桂が苦戦している事を知る。そこで先輩として精一杯の協力を試みる。仕事が終わり、桂と居酒屋に出かけるのですが……。次の朝には、まさかの自宅マンションに帰宅する事態が発生する。そして、またしても関東地方に雪の予報が発表される。
私は、倉吉駅まで戻って来ました。
そこで、鳥取駅周辺にあるホテルを探しました。
結構、部屋はすんなり取る事が出来ました。
後輩の桂に連絡をすればいいのですが、なにせ平日です。
まだ、明るいです。
彼には、あとで世話になる予定です。
倉吉駅から山陰本線を使い鳥取駅まで向かいます。
ホテルにチェックインして、そこである事を気付きました。
私達、二人に課せられた究極とも言える条件です。
「約2週間か……。普通じゃないよな~」
そして、もう一つ……
実家の青森に戻ったとは言え、日程に余裕が出来てしまいました。
一日どうするか?
美板家に戻るか?
いい感じに出て来たからには、すぐ戻る事は私には出来ません。
どうするか?
どうするか?
どうするか?
明日、こっちの工場に行って、一日早いけど金曜日に美板家に行くか?
良いかもしれない!
今まで考えた事もない思考が働き出しました。
「決めた! そうしよう!!」
事務所の人が帰る前に、私は鳥取の工場に連絡をしました。
あと、彩恵にも連絡しなければなりません。
「あれ? 何で?」
どうしてつながらない?
拒否などされる理由は、無いと思うのだが?
なんだろう?
もう、制作に取り掛かっているのでしょうか?
つながらない事の理由を決めつけて納得させる自分がいます。
数時間後、もう一度掛けてみました。
結果は、同じでした。
さすがに、一応メールだけでもと思いました。
翌朝です。
何も応答ありません。
「何かあったのかな?」
私は、会社に行かなければなりません。
桂が来ている鳥取工場を訪れました。
「山さん!? どうしたんすか? びっくりしたっすよ!」
「あれ? 連絡いってなかった? で……どう?」
私のせいなのに「どう?」って言われても微妙か?
「手ごわいっすよ。山さん」
「桂く~ん! ちょっとこっち……。あっ!? お客さん……ね」
ずい分と親しげだな。
桂は、人付き合いがいいと言うか、溶け込みやすいからうらやましい。
逆に、私が来なくて正解だったのかと思うくらいです。
「やっぱり、忙しいようだな」
「まぁ……、そうっすね」
「別の用事でこっちに来たんだけど、専務が一日でも顔を出してくれって……」
ホントの事は言えません。
「一日だって全然オッケーすよ! じゃ~山さんには超頑張ってもらいますよ」
「……彼女、何かトラブルじゃないのか?」
私は、先ほどから待っている彼女を指差しました。
「そうだ! 山さんも一緒に来て下さい」
桂の後をついて行き、一台のマシンの所にやって来ました。
「あぁ、またか……。このマシンだけ手こずるんすよ」
「懐かしいな。もう関東の工場には無いもんな~」
「知ってるんすか? 山さん」
三年くらい使ったかな?
ちょっと、クセがあるんだよな~。
「まぁ~。おそらく、ここをこうして射出温度と速さと……」
「大丈夫っすか? 山さん……」
失敗したら、すぐ帰るか?
大丈夫なはずだ!!
「おぉ~! 山さん! すごいっす!!」
「ありがとうございます。桂くん、この人は……?」
「この人は、オレの先輩で山さん。あぁ、山美さん……で、山さんね」
その後もマシンのクセをアドバイスした。
一番大切なノウハウの引き継ぎがされていないのか?
「何も引き継ぎとかは?」
「基本のマニュアルは、あるんすけど……」
基本マニュアルといっても、本当の基本操作の解決策しか分かりません。
「辞めた人からは?」
「何も……。突然だったので、訳が分かりません。何かあったんですよ。……きっと」
何と、無責任な……
「厳しいね」
「はい……」
相当、手こずっている感じです。
「でもありがとうございます」
「山さん、すごいっす」
「役に立てて嬉しいよ」
私は、ある事を聞いてみました。
「この工場に一村って人も関東工場から来ていると思うんだけど」
「一さんなんです。辞めたのは……」
「なっ!?」
一村は、年齢は私と同じで、会社では結構仲が良かった人物でした。
鳥取工場に移ってからは、一回も連絡がありませんでした。
ぜひ会いたいと思っていました。
……すごく残念です。
しかし、ここで一村の事を追っても仕方がありません。
今、私が出来る事をするだけです。
一時間だけ残業をして、桂の使っている社宅に今日は泊めてもらう事にしました。
そして、桂の提案で近くの居酒屋に行く事になりました。
滅多にと言うか、居酒屋に行く事のない私は、部屋で飲んだ方が良いと思ったのですが……。
「舞ちゃ~ん!」
桂が誰かに気付いて声をあげました。
見ると、さっきまで一緒に仕事をしていたあの娘でした。
昼は、別に食べていたから作業服と帽子を取ると、別人の様な気がしました。
「桂~。あの娘と結構来るのか? 飲みに」
「そんなでもないっすよ!」
まだ、こっちに来てそんなに経ってないのに……
すぐ仲良くなれるお前が、本当に本当にうらやましいよ。
「紹介します。倉澤 舞さん、あのマシンと戦うパートナーっす」
「倉澤です……って、さっきしましたよね。くすっ」
「パートナーねぇ~」
私のパートナーの彩恵からは、連絡はありません。
気がかりです……。
「とりあえずビールでいいっすよね。あとは……、適当に頼んじゃいますよ」
ここは、桂に任せました。
「山美さんは、どうしてこっちに?」
「えっ! あっ! まぁ、ちょっとした用事でね」
倉澤さんから唐突な質問です。
何だろう突然……
女の勘てやつなのか?
倉澤さんは、私を見ています。
「まぁ、用事と言っても親戚の所に来たんでね。あと、こっちの工場は専務に様子を見て来いって言われて」
「真面目なんですね。山美さんは」
「真面目を絵に描いたとは、山さんの事っすよ!」
真面目だと言われるのは、悪くはないのだが何かが引っかかります。
「さぁ! 飲みましょう! 食べましょう!」
「食べるのはいいけど、飲むのは程ほどにしろよ! 桂……」
「大丈夫っす! 今日は、あのマシンに勝ったんすよ! 飲むしかないでしょう。山さん」
よっぽど苦戦していた様に見受けられる。
自分も苦戦したから良く分かる。
「桂って、いつもこうなの?」
私は、彼女に聞いてみました。
「今日は、ちょっといつもよりはテンションが高めです……かな? ねぇ桂君?」
「でもね舞ちゃん! うまくいったんだよあのマシンが……感動もんだよ!」
「おいおい泣くなよ~」
まぁ、ただの冷やかしに来た先輩と言う事だけは、免れたみたいですね。
「あの~、聞いて良いですか? 山美さんて彼女いるんですか?」
「えっ!? 彼女! いっ、いるけど……」
「山さん! 彼女いるんすか? 初耳っす! 結婚するんすか?」
どうして、こう誰もが結婚に直ぐつなげたがるのかな~?
青森でも言われたな~。
まぁ、年齢的なものからなのでしょうね。
「そうだな~」
うまい言葉が見つかりません
「山さんは、仕事一筋かと思ってたっすよ」
桂の言う事に悔しいけど否定は出来ません。
「て言うか、お二人さんこそ仲が良い様子だけども?」
「照れるっすよ山さん!」
この後、私は席を移動したいくらいでした。
何とも仲の良いのを見せつけられた?
ホントに、何日目だ?
こっちに来て……。
深く突っ込んだ話しは、あえてしませんでした。
でも、これからどうするるんだろう?
時間もいい感じに過ぎました。
「さぁ! そろそろ……お開きにしようか?」
「わっかりました! 山さん!」
何も敬礼しなくても……
私は、会計を済ませ桂と戻る事にしました。
「舞ちゃんは、サイコ~っす!」
「そうだな~。いい娘だと思うよ」
もったいないくらいにな!
「さあ、着いたぞ!」
「舞ちゃんは……。舞ちゃんは…………」
寝ちゃった?
「おい桂! 布団に入って寝てくれ! 風邪ひくぞ!」
「んん~~……。了解しました!!」
だから、敬礼はしなくていいんだよ!
そんなに飲んだっけ?
「んっ!? 何だろう?」
彩恵からの着信です。
「剛さん、ごめんなさい。連絡出来なくて」
「心配したよ。でも安心した声を聞いて」
「作品の事を……」
やっぱり、そうだったんだ。
私は、明日からの予定を話しました。
晴々とした気分で電話を切る事が出来ました。
再び、私の携帯電話のバイブレーション機能が作動しました。
出てみると弟からでした。
「晶紀が……、晶紀が行方不明だ!」
「何だ? ぶっきらぼうだな。晶紀ちゃんだっていい大人なんだし」
「もしかしたら、そっちに行くかも知れない」
そっちって言ったって……
ここは、鳥取だしな~。
「じゃあ! よろしく!」
「おっ! おい! ……切りやがった」
全く、何がよろしくだよ!?
何だよ……
一難去ってまた一難?
困った事になりました。
「戻るか? マンションに……」
彩恵に連絡をしなければなりません。
……つながりません。
また、作品に集中しているのかな?
明日、朝一番で戻る事をメールで知らせました。
今週、高知には行けないという事を……
「晶紀ちゃんは、何をしてるんだ?」
翌朝、携帯を確認しました。
彩恵からの連絡はありませんでした。
今週は、何だか慌ただしいです。
ゆっくり、カニなんか食べたかったのですが自宅に戻ります。
マンションに戻って来ましたが、晶紀ちゃんの姿は確認出来ませんでした。
私は、弟に電話をしました。
実家の方にも晶紀ちゃんの姿は、やはり見あたらない様子です。
荷物を降ろして、しばし休息です。
彩恵からの連絡は……
無さ過ぎじゃないのか?
と思いましたが、彼女は真剣なんです。
すぐに思い直しました。
「晶紀ちゃんは、どこえ?」
彩恵に連絡が着かないのであれば、美板家に直接電話を掛ける事にしました。
事情を細かく説明して、美板母には一応納得してもらいました。
テレビをつけると、週末は強い寒気の影響で再び関東でも雪になるとの事。
「まっまた雪!? 2月も終わり近いというのに」
私は、外を見ました。
「まだ平気だな。買い物行くか!」
私は、車を走らせスーパーへ向かってます。
「タイヤか……。今更?」
一応、タイヤ専門の店をのぞいてからスーパーに行く事にしました。
「何か、混んでる?」
接客を終えて、外に出てきた店員と目が合いました。
「スタッドレスタイヤですか? ご案内しますよ」
「あ……。はぁ」
「この数時間で、かなりのお客様が購入しましたので、サイズがあれば良いのですが」
見た感じ、本当にタイヤの数が少ない様な気がします。
短時間の間ですが、タイヤの事を説明をいろいろしてくれました。
「え~お客様のお車は……。そのサイズは確か……」
「あの……」
「そうですね~。当店では、これが最後の在庫ですね」
最後!?
「どうなされます?」
「ん~値段的な事が……」
これでは、自ら購入の方向に……。
すすめられているのは、ホイールセット……
電卓をたたく店員!
「どうですか? 込み込みで……」
私は、タイヤの脇に貼っている値段を確認しました。
かなり値引きしてくれているのだと思いました。
私が渋っている様に見えたのでしょうか?
実際そうですけど……
「では、端数も取っちゃいます! まだ、外したタイヤの保管も承りますよ」
端数と言っても何百円?
保管?
よく考えると、エレベーターでタイヤを運ぶのか?
預かってくれるのは、ありがたい話しなのだが……
最後の在庫……。
すると、他の店員が接客しながら近づいて来ました。
「サイズですが……。あっ! こちら購入ですか?」
何~っ!!!!
どうする!?
私がキャンセルすれば、この客はすぐ購入するでしょう。
これから雪が降る……
もう、1秒が5分も10分にも感じます。
……決めました!
「購入するので、その条件でお願いします」
「ありがとうございます! では、こちらへ」
購入!!
購入してしまった?
「お支払いは、どうなされますか?」
「え~、カードで……」
混んでいるせいなのか、結構待つ事になりました。
店内を見て時間をつぶしました。
放送で、作業が終了したとの事。
「まぁ~!」
まぁ~って、ここは「おぉ~!」じゃないのか?
何だか、すてきに見えました。
アルミなんて、付けた事無かったし……
締め付け確認をして、車に乗り込みました。
「ありがとうございました!」
私は、再びスーパーに向かいます。
空から小さく冷たい雪が降り始めました。
スーパーの食品関係は、思った通り少なくなっています。
外に出ると、どんどん降りは強くなって来ました。
あの時と同じ……
私は、彼女の事を思い出しました。
そして、もう一人の女性の事も思い出しました。
「晶紀ちゃんは、どうしたかな?」
私は、急いでマンションに戻る事にしました。
途中、もしやと思い車を止める場面も……
しかし、晶紀ちゃんではありませんでした。
逆に、「何!?」と言う顔をされました。
携帯、留守電ともに連絡はありません。
「あぁ……。タイヤ買っちゃったな~」
彩恵は、どう思うかな?
びっくりするだろうか……。
夕食を一人食べながら考えました。
「車乗ってみようかな? ……いやいや止めておこう」
その後も、誰からの連絡もありませんでした。
「あぁ……。なんか眠れない」
時刻は、午前1時38分
外を見ました。
「積もっている……。やばいな~タイヤ買っても乗れないよ!」
私は、止みそうもない雪を少しの間眺めていました。
つくづく明日が、休みでホッとしているところです。
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