【第1話】雪予報の日
その日の予報は、昼ごろから雨が降り始め夕方には雪に変わるという予報だった。
「あぁ……。とうとう雪になっちゃったよ」
「また明日は歩きっすか?」
「この分だと……そうだね」
私は、それ程大きくない工場……、簡単に言えば中小企業で働いている一従業員。
普段は、約30分、40分といった感じでマイカー通勤をしている。
でも、今降り始めたこの雪ってやつが、曲者で毎年私を何度か憂鬱にさせる。
電車やバスと言った、いわゆる公共の交通機関という物が私はどうも苦手で、いつも雪の予報が立つと約2時間ほど掛けて歩いて会社に出勤するのである。
「スタッドレス買えばいいじゃないですか。全然いいっすよホント」
「でもなスキーとか行かないしさ、置く場所無いし面倒くさない? タイヤ交換」
「そうですか~? 歩き2時間の方が面倒くさいと思うんですけどね」
後輩とこんな会話をしながら、喫煙所の窓から降り始めた雪を眺めていた。
「よ~し! あともう少し! さっさと終わらせて帰ろう!」
「山さん……元気っすね」
仕事を終え帰宅するころには、雪は本格的な降り方に変わってきた。
「結構、降ってきたな~」
「山さん、気を付けて~お疲れ様です」
私は、少し緊張しながらゆっくりとアクセルを踏み込み車を発進させた。
~車のFMラジオ~
現在この降っている雪は、今夜から明日の明け方まで降り続くそうです。
ドライバーの皆さんは、くれぐれも運転には注意して下さい。
特に視界が悪くなっていると思いますので、気を付けてお願いします。
では、ここで一曲お届けしましょう。
いつも聞いてるラジオ番組からも注意の呼びかけがあった。
「スーパーでも寄って行くか。まだ何とか平気だろう」
私は、今夜の晩飯と明日の朝飯を買いに途中にあるスーパーへと向かった。
スーパーの駐車場もうっすら白くなり始めていた。
「ヤバイな~。早く買って帰らないとな」
かなり品薄になっていたけど、何とか買う物は買い店の外へ出た。
少し小走りで車に戻りエンジンをかけた。
「あれ?」
私の視界に入ったのは同じマンションに住む女性であった。
挨拶をする程度ではあるが、彼女もまた車での通勤のはず。
どうしたんだろう?
車は会社に置いてきたのだろうか?
などと一人思いながら、彼女のちょっと手前で止まり車の窓を開けた。
普段は、こんな行動はしないのだが……私にもよく分からない。
「よっ良かったら乗って行きませんか?」
「えっ!?」
不意に声を掛けられたせいか、彼女は少し驚いた様子でした。
あたり前ですよね挨拶する程度ですから……。
でも私は、あなたを知っている的な感じでした。
「あ……良いんですか?」
「はい! どうぞどうぞ! 困った時は、お互い様って言うでしょ」
彼女は、傘の雪を落とし私の車に乗り込んだ。
「ありがとうございます」
彼女を乗せ車を発進させた。
「雪ひどくなってきましたね」
「そっそうですね。車はやっぱり会社に置いてきたんですか?」
「えぇ……。怖いですよねライト点けても何か」
5分か6分位の道のりが、雪のおかげで10分にも20分にも感じられた。
「本当にありがとうございました」
「いいんですよ」と、言いかけたが……何故か声にならなかった。
そして、私はタイミングを逃がしてしまった。
彼女は、車から降りて、こちらを振り向いた。
私は、軽く会釈をして彼女に別れを告げました。
それが精一杯でした。
地下の駐車場に車を止めて、エントランスからエレベーターに乗り5階を押した。
私を乗せたエレベーターは上昇して行きました。
しかし、3階でエレベーターは止まってしまいました。
ドアが開くと目の前には、先程降ろした彼女が立っていたのです。
「はい! お礼です」
彼女は、暖かい缶コーヒーをそっと私に手渡しました。
「はい……。あっ! どうも」
突然の事だったので、私の時間だけ一瞬とまった気がしました。
「私は、この階の301号室の美板です」
「……はい」
自宅と会社の往復くらいの毎日……。
プライベートでは、特に女性と話す機会がほとんど無い独身の私にとっては、色んな意味でサプライズでした。
気が付くとエレベーターのドアが閉まり、少し放心状態の私を乗せエレベーターは5階を目指した。
「ふぅ~」
リビングのソファーに座って、とりあえずテレビをつけました。
画面は少し小さめになって、大雪の情報が出ていました。
「コーヒー飲も! コーヒー」
さっき美板さんからもらった缶コーヒーを飲みながら、しばし休息する事にしました。
「あ~風呂でも入れるかな」
湯張りスイッチを押して、窓越しに止みそうにない雪を眺めていた。
風呂あがりに、明日に影響しない程度のアルコールを飲んで、さっきスーパーで買った弁当をレンジで温めて食べる事にしました。
目覚ましは、何時もより少し早めにセットし休む事にしました。
何だろう?
ふと美板さんのことを思い出した。
あの笑顔が気になっています。
「はい! お礼です」脳裏から離れないこのフレーズ。
明日また会った時どうするか?
確立的には高いかな……同じマンションだけに。
でも、朝が早いから低いかも?
いい大人が何を……。
普通にすればいいんだよ。
缶コーヒーもただの礼だろうし、今まで通りにすればいいんだよ。
ふと、思い出してしまった。
何年か前えまでは、私にも彼女と呼べる女性がいた。
でも結局分かれてしまった。
そういう経験もあってか、今のこの気楽な?
生活を維持したい。
ただの言い訳?
強がり?
にも聞こえる……。
なんだか、次第に自分がちょっと情けなく思えてきました。
私は、目覚まし時計を見つめながら、止まらない時間をもどかしく感じていました。
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