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9.黙って嫁になっておけ


 それからというもの、私に対するアンリの態度が一変した。もうね、猛攻ですよ。しかも周囲を顧みないのでタチが悪い。

 人前でくっついてくるわ、神官(男)や神殿騎士(男)を威嚇するわ、「大神官の孫」という立場を使って護衛のシフトを増やすわ……数えてもキリがない。おかげで神殿中に私とアンリの関係を匂わす噂が立ってしまい、日々「どういうことか」といろんな人に探りを入れられている。

 ああ、そうだ。ちなみに送還の儀は打ち合わせ通り「失敗(嘘)」の形で終わり、私はシーバマメ神国に今しばらく留まることとなった。リリーやエメリアは手放しで喜びながらも、帰郷できなかった私を心配してくれた。やっぱりこの姉妹、いい子すぎる。

 毎夜、ポチが聖殿に行った頃を見計らって部屋に来て、ベタベタベタベタそれはもう無遠慮にひっついてくるアンリ。私の部屋付近の見張りをしている神殿騎士に「アンリは通さないでくれ」と頼んでも、誰一人として承諾してくれない。アンリによって既に根回しされていたのだ。くそ。

 アンリのせいで会う機会がめっぽう減ったヒューズくんやコリンに愚痴を零せば、何やら生ぬるい視線を送られた。問い詰めると、どうやら私の護衛を務めている皆さんはアンリが私に好意を抱いていた事をご存知だったらしい。なにそれ。

 ヒューズくん曰く、「アンリ様は素直でないのではたから見ていてとてもやきもきしました」。

 コリン曰く、「アンリ様、早い時期からナデシコ様を好きになっていたみたいですよ」。

 そんなことを言われても全然思い当たる節がない。訝しげに首を傾げる私に、ヒューズくんが衝撃の事実を教えてくれた。

 今まで私はたくさんの人から親切を受けてきたが、その大半はアンリの差金だったんだと。例を出すなら、先日ヒューズくんが持ってきた恋愛ものの絵本。あれ、実はアンリが書庫でホコリまみれになりながら探した一品だったんだって。ははあ、だからあの時、ヒューズくんはアンリに突っかかってたのか。

 更には、コリンがくれた歩きやすい靴とか、そう親しくない小間使いがくれた私好みの櫛などなど──全部アンリが裏で暗躍していたそうだ。これにはビックリ。……不覚にもキュンとしてしまった。あんた、どんだけ私の事好きなの。

 護衛のみんなは私とアンリがお似合いだとか、二人には幸せになってほしいだとか、そんなことばかり言ってくる。むむむ、みんな私の味方だと思っていたけど、案外アンリについてんのね。悔しい。

 というか、護衛たちだけではなく、神殿の人々のほとんどはアンリを応援している気がする。何故だ? もしや、外堀を埋められたのか?

 ……あり得る。あいつ、態度は悪いし愛想ないけど、そこそこ権力持ってるし頭はいいんだよね。

 大神官様は「孫が迷惑をかけているようで、申し訳ないのう」と皺くちゃの顔をしょぼんとさせてわざわざ謝りに来てくれた。悪いのはあなたじゃない、アンリだ。「大神官様から行動を慎むように言って下さい」と伝えてみるも、「あの子はわしの言うことなど聞かんですからな」と溜息をつかれた。

 ともあれ、大神官様は私の味方かなと小さな希望が見えたのに、大神官様ってば「まあ、わしとしてはナデシコ様とアンリが結ばれると嬉しいところですがの」と、さりげないプレッシャーをかけてきやがった。お前もか。

 私の可愛いお世話係ちゃんの二人も私とアンリをえらい応援してくる。リリーは「あのアンリ様がこうも豹変なさるなんて……今までの態度は愛情の裏返しだったのですね。素敵!」と頬を染め、エメリアは「秘めていた想いが爆発しているのですね、ふふ。きっとナデシコ様を大切にして下さいますよ。お付き合いなさってもよろしいのでは?」と微笑ましげ。

 こうなれば、頼みはポチしかいない。そう思っていたが、ポチはポチで「おぬしとアンリの問題であろう」と連れないことを言う。いや、相談には乗ってくれるのよ。

 そうそう、ポチへあの夜の出来事を報告し、結局祈った人はアンリで間違いなかったのか聞いてみると、「うむ」と短い返事がかえってきた。そこで改めて、アンリの深い深い好意を突き付けられた気がした。本当の本当にあいつだったのね。

 連日、至る所で奴との攻防を繰り広げながら、私は自身の「選択」について考えていた。

 シーバマメ(ここ)と日本むこうと、どちらで生きるのか。

 それはもの凄く頭を悩ませるものだった。あれこれ考えて、振り出しに戻って、悩むのに疲れて、でも考えないといけないことで。これまでの人生で一番頭を使ったかもしれない。

 らしくなく、何日も何日も苦悩して出した肝心の答えはというと。

 ……私は、こちらの世界に残ることにした。日本への未練が全くないといえば嘘になるが、それでも私はそう決めた。

 決定打となったのは、両親の死後私の面倒を見てくれた亡き祖母が生前にくれた言葉だった。

『死んだ人のことを考えるのも大切だけど、もっと大切なのは、今近くに居てあなたを支えてくれる人。お父さんとお母さんを想うのはいいことよ。でも、それに縛られてはいけないわ』

 日本にあるのは、両親と祖母の墓や位牌、銀行の貯金、自宅──どれも大事なものだけど、「人」ではない。対して、シーバマメには切っても切れない縁を持つ家族同然のポチがいる。

 ポチの存在は私にとってとても大きい。特に、シーバマメに来て意思疎通ができるようになってからは一層絆が強くなったと思う。

 ポチと離れたくない。家族と別れるのはもう嫌だ。

 私の決めた答えをポチに伝えると、ポチはアイスブルーの瞳を真っ直ぐにこちらへ向け、静かに「そうか」と言った。

「本当にそれで良いのか」

 真剣な声で聞かれ、私はゆっくり頷いた。不思議と迷いは生じず、私の中の第三者が、「ああ、腹が据わったんだな」と冷静に分析していた。

 ポチは私がシーバマメに残ることが嬉しいようで、口には出さなかったが銀色の尻尾を千切れんばかりに振っていた。それを指摘すると「何を言うか!」とそっぽを向かれた。ああ、ポチ大好き。

 ……。

 ……。

 さて、ここまではわりと円満である。

 だが、もう一つ、私には答えを出さねばならないものがあった。

「お前、いい加減早く俺の嫁になれ」

「嫁とか何ぶっ飛んだこと言ってんのよ。まずはお付き合いからでしょ」

「ふーん。じゃ、付き合うのか」

「違っ、まだ考え中!」

「うるせーな。黙って嫁になっとけ、バーカ」

「なんないわよ、馬鹿!」

 神殿の書庫で絵本を読む私の隣。しなだれかかるように体を預けてくるアンリとの攻防戦は、未だに続いている。どうしよう。

 ところで、私がこちらに残ると決めたことは、ポチ以外の誰にも言っていない。アンリとの決着をつけたのちに王様や大神官様には伝えるつもりだ。

 ほんのちょっとアンリに申し訳ないなと思っているのが、私を日本に帰したくないと熱烈に慕ってくれ、毎日毎日猛アタックしてくれているにもかかわらず、奴の想いがこちらに残る大きな理由にはならなかったことである。すまんアンリ。


 *


 送還の儀が失敗(嘘)し、私がこちらに残ると決めて一ヶ月が経った。その間、アンリからの猛アタックは絶え間なく、現在も絶賛継続中。

 ベタベタされるのに慣れてしまったのか、私はちょっとやそっと触られてもぎゃあぎゃあ喚かなくなった。慣れって怖い。今では抱きつかれるのは当たり前だもんね。一応拒否はするけどアンリは止めないので、若干の諦めもある。

 今日の護衛もアンリであり、奴はどこに行くにも何をするにもくっついてくる。前みたいにサボってもいいのよ。

「ナデシコ」

 中庭で花や草を愛でながら散歩をしている私の腕を、アンリがくいっと引っ張った。

「足元、石」

 つっけんどんな口調で言われ、視線を地面に落とす。ちょうど私が躓きそうな位置に小石があった。

「……ありがと」

 あの日の夜以来、アンリは優しくなった。ヒューズくんに言わせれば、「隠していた気遣いを表面に出しただけ」だそうだけど。

 ひねくれ者で辛辣なあのアンリが、こうも態度を変えるとは。恋……恐ろしい子!

 つい、神妙な面持ちでアンリをじっと見つめてしまった。直接向けられるようになったアンリの好意への戸惑いもある。いやさあ、ついこの前まで憎まれ口ばーっかりたたいてたんだよ? 私の心は複雑だ。

「何見てんだよ」

 相変わらずの仏頂面、目付きの悪い三白眼が近づいてくる。さっと距離を取ってはみたが、あっという間に詰められた。

「ちょっとアンリ、ここ中庭。人目があるところではひっつかないでって言ってるでしょ。誰かに見られるのは嫌なの」

 細いけれど逞しい二つの腕に抱きすくめられ、私はささやかな抵抗をする。辺りを見回し人が居ないか確認したが、運良く誰も見当たらない。

「うるせー」

 背に回った腕にギュッと力が込められ、私はアンリの肩口に鼻をぶつけてしまった。

「ぶぎゅ」

 レディらしからぬ声が出れば、アンリはくつくつ笑い出す。

「気持ち悪りー声」

 失礼な奴だ。あんたのせいなんだからねこれ。

 反論しようとアンリを見上げ、私はドキッとした。だってアンリ、今までに見たこともないような顔をしていたから。

 キツめの三白眼は優しげに目尻を下げ、口の端しが穏やかに緩んでいる。自惚れるわけではないが、すごく楽しそうな顔だった。不機嫌そうな普段のしかめっ面はどこに行ったのか。

 初めて見るその顔に、自然と胸が高鳴る。アンリってばこんな顔もできるのね。……なんか卑怯。

 何も言えなくなった私は、ただただ奴をボーっと見つめることしかできず。そんな私の隙を見逃さなかったアンリに不意を突かれ、気付いた時には唇を奪われていた。ああ、頬が熱い。

「アンリ。もう、それは嫌って言ってたでしょ!」

 さすがに許してはおけんと思い、文句を言う。ひっぱたいてやれば良かったかもしれない。

「無防備」

 言いながら、アンリはもう一度顔を寄せてくる。二度目は許さん。

 思いっきり腕を抓ってやり、奴が怯んだところで腕の中から脱出。へっ、慣れたもんよ。

「そういう嫌なことばっかりするんだったら、絶対良い返事してやんない」

 貫頭衣を翻して木陰に逃げ込む。茜色のオカッパ頭を遠目でねめつけ、「ケダモノ」「破廉恥」「ドスケベ」と子供じみた悪口(真実)を投げつけてやった。

「なんとでも言え」

 アンリは傷つく様子も見せず、不敵な笑みを浮かべて私の方ににじり寄ってくる。さっきの純粋そうな笑顔はどうしたのよ。

「ちょっと、こっちに来るなら変なことしないでよね」

 しっしっと手で追い払う仕草をし、警戒心を露わにするが、奴に臆する気配はない。

「変なことって、どんなことだよ」

 ニヤリ。薄い唇が三日月を描いた。ああ、狩られる。狩られてしまう。……まあ、いつものことなんだけど。

 葉の生い茂る木の下で、もう何度目かも分からない攻防戦が幕を開けた。私の唇からはファーストもセカンドもサードも奪われてしまっているが、だからといって好き放題されるつもりは毛頭ない。

 太い木の幹を挟んで、半ば追いかけっこのようにアンリを避ける。あー、こういうの小さい頃にやったなあ。お遊び? ノンノン、今は戦だ。

 裏側にいるであろうアンリの気配を読みつつ、動きに合わせて幹の周りをぐるぐる回る。回って回って、様子を窺って──それが何度か繰り返され、私は奴に捕まった。

「アンリ、私疲れたんだけど」

 半分本気で木の幹を回っていたせいか、息が上がっている私。対照的に、アンリは汗一つかかず涼やかだった。

「だらしねーの。……ほら、座れよ」

 ぐっと二の腕を引かれ、疲れていた私は力に逆らわず木の下に腰を下ろす。

 ……やっぱり優しくなったよねえ、アンリ。でも一つ言わせて。なんであんたの上に座んなきゃなんないの。

 後ろから抱き締められ、肩に顎を乗せられる。夕日のような茜色の髪が頬をくすぐった。

「……バーカ」

 ひどく甘く、優しい声音が耳に響く。全然悪口に聞こえない。むしろ「好きだ」に脳内変換できてしまいそう。そんな声出すなんて、アンリはずるい。

「何よ」

 奴の声に惑わされぬようにと強めの調子で歯向かえば、貫頭衣から覗く肩先に唇が這う。生暖かいものに肌が吸われ、軽いリップ音がした。

「ちょっと!」

 お腹に添えられている腕をバシーン! と叩き、物理的な抗議をする。しかしアンリは悪びれもせず、小さな笑い声を幸せそうにクツクツ漏らすばかり。

(……っほんと、誰よあんた。アンリのくせに)

 声も、温度も、表情も──甘い、甘い、何もかも。

 甘く蕩けてしまいそうな一面を目の当たりにした私は、羞恥心で顔を赤くし、何も言えなくなってしまうのであった。


 *


 夕方、やっとアンリから解放され、自室でリリーにお茶を淹れてもらい一息つく。

 このままではいつかアンリに籠絡されてしまいそうだな、と複雑な気持ちで未来を危惧していると、リリーが花のような笑顔で話しかけてきた。

「ナデシコ様、聞きましたよ。本日はアンリ様と中庭でお戯れになられていたそうですね。それはそれは仲睦まじい様子だったと……」

 思わず紅茶を噴いてしまう。目撃者が居たんかい! そして言いふらしただと!?

「え? いや、リリー、あのね。あれは違うの」

 恥ずかしくて顔に熱が灯る。

「何が違うのですか! ああ、日に日にお二人が仲を深めになられて少し寂しいですが、私はナデシコ様とアンリ様がお幸せであれば良いのです! 私、正直アンリ様はナデシコ様に意地悪な態度ばかり取っていたのであまり好きではありませんでした。けれど、それが全て照れ隠しだったと知って考えが改まりました。アンリ様、最近とても柔らかくなられましたわ。特にナデシコ様の前では別人のようで……恋ってなんて素敵なんでしょう!」

 琥珀色のタレ目をキラキラ光らせ、私とアンリの関係を語るリリー。違う、違う、違うのよ。決して私と奴はそんな仲じゃ……! いやでも、もう何回かキスもした(奪われた)し、いつでもどこでもひっついてるし、ただの友人や護衛の域ではないよねえ。

 始終乙女オーラ全開だったリリーが部屋を去り、一人になった私はアンリのことを考えてみた。

 奴の想いが分かるまで、そういう目でアンリを見たことはなかった。護衛として頼りにしていたし、ひねくれ者な「アンリ」も嫌いじゃなかった。

 敬語を使わず、思ったことは遠慮せずに言ってくれて、たまに毒舌が過ぎることもあったけど、なんだかんだ側にいてくれたアンリ。人格に少々問題はあるかもしれないが、彼は悪い奴ではない。

 私の事本気みたいだし、大切にしてくれそうだし、すっごく想われてるなって感じる。そこは満更でもない。付き合うのもアリかなと思う。

 ──でも、アンリの気持ちに答えられるのかが心配だった。

 あんなに私を好いてくれているアンリ。私もアンリのように、同じだけ彼を好きになれるだろうか。

 ふかふかベッドの上でゴロンゴロンと身悶えながら物思いに耽る。

 しばらくして、扉の外からカリカリ引っ掻く音が聞こえた。ポチがお勤めから帰ってきたのだ。

「ポチー」

 扉を開けてポチを迎える。先ほどまで悩み苦しんでいたせいか、腑抜けた声が出た。

「なんじゃ撫子、情けない声を出しおって。……おうおう、今日もあ奴の匂いがたっぷり付いておるのう」

 部屋に入ってくるなり、私の周りをスンスン嗅ぎ出すポチ。

「言わないで、分かってるから」

「ふふん、大分悩んでいるようじゃの? ほれ、風呂じゃ風呂じゃ」

 神獣様は軽やかなステップで浴室へ向かう。人の気も知らないで……。

 恨みがましい視線をフサフサの後ろ姿に送りつつ、私もポチの後を追う。アンリの匂い、早いとこお風呂でしっかり落とさないと。

 広い浴室で女一人と神獣一匹。お湯を浴びたり体を洗ったりしながらアンリのことを相談する。

「どーしよー……」

 念入りに石鹸の泡で肌を擦り、隣のポチに顔を向ける。ポチは私がお湯を張った大きな桶に浸かり、気持ち良さ気に目を閉じていた。

「何度も申しておるが、こればっかりはおぬしが考えるしかあるまい。わらわが『結婚しろ』と言ったらそうするのか?」

「うーん、それはそうなんだけどー……」

「煮え切らぬのう。嫌でないなら試しに受け入れてみてもよかろうに。悪いようにはされぬじゃろう」

 フスー、っと鼻を鳴らしたポチに、私は「ううー」と呻き声をあげる。

「ポチ、さり気なくアンリ推してるよね。気に入ってるの?」

「いいや、そうではないが……あ奴なら、一生撫子の面倒をみてくれそうじゃからのう。……それに」

「それに、何?」

「いや、気にするな」

「えっ、何、何気になるんだけど! なんか隠してるでしょポチ」

 バシャンとお湯をかぶり、ポチの鼻面に詰め寄る。じーっと見つめれば、アイスブルーの瞳がふいっとあらぬ方向に逸らされた。嘘つくの得意じゃないんだから、誤魔化さないでよっ。

 その後、お湯に浸かるポチをやあやあ問い詰めてみたけれど、結局何を言おうとしたのかは教えてくれなかった。覚えといてよね。


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