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3.なぜ住む世界が違うのだろう


 神殿の中庭でお茶会をしていた。空は快晴、気温は少々暑いが、風が吹いているので丁度良い。

 メンバーは私とリリーとエメリア、それに今日の護衛担当のコリン。「仕事中なので……」と困り顔で遠慮するコリンを無理やり参加させたのは、何を隠そう私である。

 コリンはリリーのことが好きなのだ。リリーは気付いていないようだけど、私とエメリアはコリンの気持ちを知っている。まあ、ちょっとね、コリンがリリーと同じ時間を過ごせたらなあと。おばさんじみた計らいなのですよ。

 若干十七歳の若き神殿騎士は、まだ幼さが残っていて可愛らしく、素直で純朴だ。片思い相手のリリーとは幼馴染で、神殿騎士になったキッカケはリリーが小間使いとして神殿で働き始めたからということだった。

「恋愛っていいよねー」

 唐突に出した話題に、俗に言う「恋バナ」好きなリリーがいち早く食いついてくる。

「急にどうしたのですかナデシコ様。もしかして、どなたか好きな方でも!?」

「もう、リリー。はしたないわよ。……だけど、私も気になります」

 興奮した妹をたしなめつつ、姉のエメリアも興味津々な瞳でこちらを見てきた。よしよし、二人ともいい具合に乗ってくれたな。

「ううん、好きな人どうこうじゃないけど、純粋にいいなあって。私も恋がしたいなあ」

 テーブルに頬杖をつき、悩ましげな吐息を出してみる。

 とある話を切り出すため、私は来るべきチャンスを虎視眈々と狙っていた。

「まあ、そうなのですか? 意外です。ナデシコ様、こちらにいらっしゃってそういった話をされたことありませんでしたよね」

 エメリアが緩やかに小首をかしげる。

 元々日本に帰るって決まってるから、好きな人とか恋人とか作ってもどうせ別れる事になるもんねー。と言おうとしたが、「日本に帰る」という単語でお茶会がしんみりしてしまいそうなのでやめた。

「そうだね。なんでかなかったよねー」

 のらりくらりとした返事をすれば、「ナデシコ様なら引く手あまたでしょうに、もったいないです」とリリーが桃色の唇を尖らせた。いちいち可愛いな。けど、何を根拠に言ってんの。

 リリーの言ったそれが社交辞令だと私は知っている。

 というのも、こっちの世界に来て半年経つが、その間告白をされたこともなければ、私に想いを寄せる輩がいるという噂を耳にしたこともないのだから。また、異性に「綺麗」「美しい」「可愛い」といった単語を浴びせられた覚えはない。

「そんなことないよ。こっちに来てから誰からも言い寄られた事ないし」

 茶菓子をひょいと口に放り、タイミングを見計らう。作った話題は軌道に乗った。……そろそろか。

「あーあ。どこかに私のこと好きな人いないかなー? 噂とかないもんかなー」

 わざとらしく空を仰ぎ、大きめの声で問いかける。この場にいる全員に聞こえるように。

(これでポロっと情報が零れてくれたら嬉しいんだけど)

 リリーは小間使い。エメリアは神官。コリンは神殿騎士。皆、マメ大神殿に所属する労働者だ。それぞれの部署ごとに何かめぼしい情報を持っていないかと、うまく聞き出せないかと、私は期待していた。

 祈った人は私に対して並々ならぬ想いを抱いているようなので、誰かに相談していたり、周囲に気持ちが洩れていたりする確率は高いのではなかろうか。それが恋の噂となって神殿内に広まっていれば、知っていそうな人間に当たれば良い。今この時のように。

 エメリアの淹れてくれた紅茶を啜ると見せかけ、テーブルを囲む面々にサッと視線を走らせる。

 リリーは小難しい顔をし、エメリアは反対側に小首をかしげ、コリンは俯きがちに口を一文字にしていて。

 ……収穫はなさそうだ。ていうか、ここまでなんにもないというのもちょっぴり傷つく。ほら、乙女のプライド? 私、全然モテてねーな! みたいな。ま、美人でも気立てが良いわけでもないもんね。自覚しておりますとも。

(でも、絶対一人はいるはず。祈るほど、神様が願いを聞くほど私の事が好きな人が)

 このままだと微妙な空気になりそうなので、「なーんてね」と笑ってみようか考えていると。

「いるんじゃないですかね」

 そう小さく呟いたのは、今まで全然発言していなかったコリン。

(お? きたかっ!)

 気分は釣り人。獲物がかかれば釣り上げなければならない。糸が切れて逃げられないように注意。リリースする気もないです。

「え? なになに、いるの?」

 身を乗り出して尋ねてみる。リリーとエメリアもコリンに注目し、姉妹で良く似たタレ目がちの瞳を瞠っていた。

「いえ、えっと、いるかどうかは分からないんですけど、多分いるんじゃないかなと思います」

 なんだそれは。

 曖昧な答えにがっかりしてしまう。

「えー何それ」

 つい責めるような視線を送ってブーイングをした私に、思いっきり眉根を寄せたリリーが続く。

「もう、紛らわしいわコリン!」

「う、ご、ごめん」

 惚れた女に怒られ、しゅんとするコリンは可哀想だった。すまんコリン。私がこんな話題出したせいで。この埋め合わせはどこかでするわ。

「いい加減なこと言ったらダメでしょ!」

「リリー、ごめんってば」

「私に謝ってどうするのよっ」

 目を吊り上げて食ってかかるリリーにたじろぐコリン。いかに仲裁しようかチラリとエメリアを見ると、彼女は「ふう」と微かに息を吐いた。

「ほらほら、二人とも仲が良いのはいいことだけど、ナデシコ様の前でいちゃいちゃしないの」

 呆れたような、だけど穏やかな宥め方に感心する。エメリアは大人びた表情をしていた。さすが姉。

「お、お姉さま! いちゃいちゃなんて、そんな」

「エ、エメリアさんっ」

 リリーもコリンも一斉に顔を真っ赤にしてみせるもんだから、なんだかおかしくって。もうあんたら付き合っちゃいなよ。

「ぶっ、くくくく……」

 口元を手で隠すも、噴き出し笑いは止まらない。

「ナデシコ様! 私は決してコリンといちゃいちゃなどっ」

「うふふふ」

 必死に釈明をするリリーは可愛くて、面白い。エメリアまで珍しく声をあげて笑っている。

「ひどい、お姉さままで!」

 ますます頬を紅潮させ、ゆでダコみたいな顔でエメリアに抗議するリリーの横で、コリンは深く俯き耳まで赤く染めていた。青春だなあ。そっか、日本だったらこの子達高校生くらいなんだもん。歳の割にしっかりしてるからそんな感じしないだけで、まだティーンエイジャーなんだよねえ。

 コリンの一方的な片思いかと思っていたけれど、今日のリリーの様子を見て二人がくっつく日もそう遠くないのかなと私は考えを改めることにした。リリーとコリンが結ばれたらお祝いしようっと。

 本日のお茶会はいつもより楽しく、賑やかだった。情報収集の成果が出なくて残念だと思ったが、こんなものかもしれない。うーむ、先行きが悪いな。残り四日で特定するのは難しそうだ。

 夕暮れどき、コリンと別れる際に「ナデシコ様に想いを寄せる方、僕はいると思いますよ」と話をぶり返された。ちょっぴり傷ついた私の乙女ゴコロをフォローするかのようで、思わずジト目をしてしまった。

 そんな私に「案外近くにいるものかもしれないですよ。あの、本当にいるかは知らないですけど」と言ったコリンは、もの凄く挙動不審で。そんなに無理してフォローしなくていいよ。むしろ逆に悲しくなる。

 不自然なほどに視線を逸らし、そそくさとどこかに行ってしまったもんだから、それ以上コリンに追及はできなかったんだけど。

 ……ほんの少しだけ、何か引っかかりを感じた。

 私はもしかすると、大きな魚を釣り逃してしまったのかもしれない。


 *


 ポチにその日の情報収集活動を報告し、私の考えや推測を聞いてもらう。ポチの意見を伺い、うんうん悩みながら眠りにつくのがここ最近の眠前の流れだ。

 相変わらず悶々するが、先日のように明け方まで寝られないということはない。日付が変わる頃には瞼が降りるし、目覚めもまあまあ良かった。

 さて、今日はどうしようかな。

 朝食後、朝のお勤めに行くポチの見送りをして部屋に一人となった私は本日の行動予定を考える。主に、例の人物の情報を得ることに関しての。

 大神官あたりに相談できればいいのだが、あのおじいさんは多忙なのでアポをとるのも気が引ける。どこかで偶然出会えたらなあ。そうだ、大神官と接触できそうな場所をうろついてみようか。

 ガチャっ。

(!)

 突如鳴った音に驚き、そちらへ振り向く。

 茜色のオカッパ頭がいつもの気だるそうな顔で扉から侵入してきていた。モモですらノックをしてくれるというのに、こいつという奴は。

「ちょっとアンリ、ノックくらいちゃんとしてよ。いきなりだとビックリするでしょ」

 注意をしてみても、「鍵かけてないお前が悪い」と跳ね返される。

「昼間に部屋にいるときは基本かけないの」

 ソファーにドカっと座り込むアンリの後ろ姿に向け、ふくれっ面をしてみるも。

「無防備」

 ぴしゃりと言いのけられ、一瞬怯む。まあ確かに、女ひとりで部屋にいて鍵を閉めてないのって、無用心かもしれない。日本ではいつから始終鍵をかけてたもんなあ。ここが平和すぎて、厚遇されすぎて危機感覚が鈍ってるのかも。

「そんなことないよ。ねえ、今日の護衛ってあんたなの?」

 ちょっと痛いところを突かれ、否定しつつも話を変える。

「俺だってお前のお守りなんかしたくねーんだよ」

 毎度毎度こ憎たらしい言い方をするなー。「俺だって」って何よ。別に私は嫌じゃないのに。ムカつきはするけど。

「そんな言い方ばっかりして。あんたが私の護衛に付きたくないだけでしょーが。私は嫌じゃないんだから」

「……うるせー」

 アンリは事あるごとに「お守りは面倒」「またお守りか」と文句を言うけど、なんだかんだ職務は全うしている。ぶちぶちふてくされるも、あんまり私の側から離れない。

 ま、「大神官の孫」って立場もあるから、与えられた仕事を放棄するなんてことできないんだろう。愛想ないし口も態度も悪いけど、アンリは分別が良く馬鹿じゃなかった。

(あ、そうだ)

 ふと思い立って口を開く。

「ね、今日って大神官様暇だったりする?」

 頬杖をついてソファーに沈んでいるアンリへ言葉を向けると、吊り気味の三白眼がジロリとこちらに動いた。

「あ?」

(「あ?」って何「あ?」って)

「だから、今日、大神官様空いてる時間あるのかなーって」

 アンリと大神官は別々に暮らしているそうなので、大神官の予定など知らないかもしれない。でも、血の繋がった孫だから知っている可能性もある。

「んなこと聞いてどうすんだよ」

「別に? ちょっと話したいことがあって。全然大した事じゃないんだけど」

 明言を避け、アンリの返事を待つ。何かを探るような目つきで私を凝視する青い瞳は、鋭かった。

「……ふーん。『話したいこと』、なあ」

 アンリは物言いたげだったが、内容が内容だけに言えないのでそこはスルーする。

「そうそう。で、どうなの?」

 返事を促して返ってきたのは、「今日は城下町の聖堂の視察で一日中いない」という、残念な答えだった。

「ねえ、明日は?」

 気落ちするも、めげずに明日はどうか尋ねてみれば、「知らねー」の一言。これまたがっかりな返事である。……しょうがないか。大神官は責務のある重役なのだ。私が振り回してよいものではない。

「そっか、ありがとう」

 下手に突っ込まれたくなかった私は、お礼を述べて早々に話を切り上げる。「今日もいい天気だよねー」と、話題をすり替えようと試みたが。

「なんかあったのか」

 窓辺で空を見上げた私の背に、アンリの声が飛んできた。

「え? 別に? なんにもないよ」

 後ろを向かずにしれっとしらばっくれてみる。きっと、アンリの鋭い三白眼は私に注がれているだろうから。

「なんにもないのにじじいに会いたがるわけねーだろ」

「や、会いたがってるんじゃないし。ただ、会えたらいいなあって思って聞いてみただけだってば。うわ、外暑そうだなー」

 諭すように言い訳をして、アンリの気を逸らすべく他愛のない言葉を組み込む。アンリは「ふーん」と訝しげな声を出したが、詮索をしてはこなかった。こいつの懐疑心を払拭できてはなさそうだけれど、聞いてこないということは諦めたのだろう。もしくは、「言えないこと」だと悟ったか。

 大神官に相談することを断念した私は、その日一日アンリとだらだらしていた。

 ヒューズくんから借りた本を返しに行くのに付き合ってもらったのだが、なんだかヒューズくんとアンリの間に妙な空気が漂っていて。

「アンリ様、よかったのですか」

「うるせー。黙れヒューズ」

「ですが、それではあなたが」

「黙れって言ってんだろ」

 双方、睨み合い。私、気を揉む。雰囲気、悪くなる。

 二人のやり取りはそれだけだった。何について話していたのか分からなかったけど、とばっちりを受けたくなかったから口を挟まなかった。何が原因か気になりはしたが。

 まあ、この二人の接点は「神殿騎士」くらいなので、アンリが仕事で何かやらかしたのかなあとなんとなく思った。ほら、アンリってこういう奴だから、目上の人にたまに失礼かましちゃうみたいなのよね。対してヒューズくんは超真面目だから、そんなアンリが気に掛かるのかもしれない。

 アンリが「行くぞ」と私の手首を引っ張り、私は険悪なムードから解放された。まだ何か言いたそうなヒューズくんを残して。

「何があったか知らないけど、人生いろいろあるよね」

 まだ引きずっている気まずさを打ち消すように声をかけると、「お前も黙っとけ」と、手首を掴む力がギュッと強くなった。


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