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色彩ハ唄‐いろはうた‐  作者: 黒崎メグ
見つけたのは青
6/23

【一】

 拓が浮雲に出入りするようになってから、あっという間に数カ月が過ぎた。

 その間に学校は夏休みに入り、夏の暑さは盛りを迎えている。両親は仕事に出掛け家には僕一人しかいないので、浮雲へ行って自分の宿題の片手間に拓の勉強をみてやるのが日課になりつつあった。

 僕はその日も気温の上がりきらないうちにと、店の開店に合わせて午前中に家を出た。それでも今日の日差しは強く肌をじりじりと焼いてくる。建物が作り出す陰を辿るようにして駅に向かった僕は、電車に乗ってやっとひと心地つくことができた。夏休みということもあり座席は全て埋まっていたが、目的の駅はそう遠くないので、そのまま手すりに身を預ける。駅に着けばまた歩くことになる。駅から浮雲までは徒歩で十分程度。決して長くない道のりだが、日差しの強さを考えると億劫な距離だ。それまでに少しでも休みたい。

 だがその思いも空しく、アナウンスは十五分程で目的地を告げる。駅のプラットホームに降り立った僕は、車内とは対照的なその熱気に溜息を吐いた。渋々歩き出すと、すぐに汗がじんわりと滲んでくる。僕がその行程を歩き終えた頃には、身に付けたTシャツが背にはりつく嫌な感触があった。

 それでも地下に降りる階段に足を踏み入れると、そこには僅かに湿気を帯びた涼しさがある。ひたりひたりとその涼しさを踏みしめるように地下へと下りて行く。

 店のドアに手を掛けそれを開けると、中からはさらに冷たい空気が流れだした。店内はしっかり冷房が利いていることを確認して僕はほっとした。

 その様子にカウンターにいた司さんは苦笑を浮かべる。

「まだ午前中だっていうのにへばってるのか?」

「午前中っていいますけど、今日の日差しは半端ないですよ」

 シャツの胸元を掴んでぱたぱたと空気を送り込みながら、僕は真っ直ぐにカウンターへ向かう。

「そうか。でもまあ、その方がこっちとしては店が繁盛してありがたいが」

 司さんは言葉を返しながら、カウンターの上に氷水の入ったグラスを置く。僕はそれを受け取り喉を潤してから、

「暑いと繁盛するんですか?」

 と尋ねた。

「暑いと喉が渇くだろ。空調が効いてる上に、ドリンクを飲みながらゆっくりできるからな。亮だって、ここを避暑地にしてるだろ?」

 確かにそうかもしれない。

 僕は苦笑を浮かべ、誤魔化すように視線をそらした。そのまま店内を確認するように視線を巡らせる。ここに拓でもいれば、肩身の狭い思いはしなくて済んだだろうが、残念なことに拓の姿は見当たらない。店内はまだ誰の姿もなく、代わりに僕の目を捉えたのは壁にもたせ掛からせるようにして置かれたキャンパスだった。

 大きさは一メートルちょっと――小学校高学年の背丈ほどはありそうだ。何を描いたものかはわからないが、キャンパスの表面は青系の絵の具で何重にも覆われている。額に入っていないことから、店の飾りではないことだけは憶測することができた。

「司さん、あの絵は?」

「ああ、あれか。昨日、しずかが置いてったんだよ」

「しずか?」

 僕が首を傾げたと同時に、店のドアが開く気配がした。


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