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色彩ハ唄‐いろはうた‐  作者: 黒崎メグ
こころ映すは赤
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【三】

 それを見て、すかさず桃からお叱りが飛ぶ。

「亮、怖がらせちゃだめでしょ。だいたい、亮だって昔は欠落者だったんだから人のことは言えないよ」

「そういう意味で言ったんじゃないって。それに、怖がらせたっていうなら桃の方が妥当じゃないか?」

「私、この子とは小学校時代、課外活動のグループで面識があるもの。普通の姿なら怖がられることなんてないよ」

 僕がその言葉に肩を竦めると、桃は後を向いて、少年の視線に合わせるようにしゃがんでやった。

「ごめんね、たく君。亮も悪気があったわけじゃないんだ」

 桃がそう言うと、少年があからさまにほっとしたのが見て取れた。その様子から、面識があるのは嘘ではないらしい。そして、彼はようやくその重たい口を開き、

「あの、けつらくしゃってなんですか?」

 と声変わりを終えていない高い声を発した。その問いに桃は目を瞬かせて、彼の胸を指差してやる。

「心のどこかに穴が開いちゃった人のことを私たちはそう呼んでるの」

「心?」

 すると、少年は自分の胸に手を当てた。その行為には僕にも覚えがある。それは、桃が僕を欠落者と称した時のことだ。

 桃の異形の姿が見えるのは、纏う色が乱れた者だけだ。そして、その原因となるものこそが心である。そうして心の一部を失くしてしまった者を桃達は欠落者と呼んでいるのだ。僕もまた、あの頃、心の一部を見失っていたといえる。

 だから、少年は昔の僕自身でもあり、彼の気持ちを一番わかってやれるのは僕だろう。先程の言葉もそう思ったが故のものだった。だがあれでどうやら僕はすっかり、少年に怖がられてしまったらしい。二人が会話しているうちに椅子から降りて近付くと、サングラス越しに少年の瞳が揺れたのがわかった。

「なあ、拓だっけ? お前、ここに来る前、桃と会った時に何を考えてた?」

 僕の問いに拓は、お伺いを立てるように桃を見た。桃がそれに頷いてやってやっと口を開く。

「……友達のこと」

「学校の同級生?」

 拓の答えをさらに促すように桃が問い掛ける。それに対して、拓は困ったように唇を噛んだ。

「なんだ、違うのか?」

「この間まではクラスメイトだったんだ。でも今はもう居なくなっちゃった」

 悲しみに耐えるようにしぼり出した言葉から僕が思い浮かべたのは、最悪の出来事であった。

 おそらく、拓の友達は亡くなってしまったのだろう。僕は、どうやら不味いことを聞いてしまったようだ。言葉を発したきり、俯いてしまった拓に掛ける言葉が見つからない。そんな僕をしりめに桃は、

「その子とはとても仲良しだったんだね」

 と言った。少年は俯いたまま、

「小学校に入る前からの仲良しだったんだ」

 と返す。

「幼馴染?」

「うん。家が近所で、昔っからずっと一緒に遊んでた。親友と呼べる奴だったんだ」

「でも、どうしてその子は居なくなっちゃったの?」

 そんなに直球でよいのか――と、僕はその質問に息を呑んだ。しかし、桃にも考えがあるのだろう。そうでなければ、彼女が相手を傷つけるようなことを口にするはずがない。妙な確信が僕の中にある。

 そして、彼女の言葉が拓にどう伝わったかは知れないが、それを聞き、拓は驚いたように顔を上げた。サングラス越しの瞳に目を凝らせば、悲しみに混じって、怒りが鋭く熱を帯びている。

 先程の僕の発言も含め、彼を怒らせてしまったようだ。だが僕のその予想に反して、拓の怒りは僕らに向けられたものではなかったのである。

 「あいつ、親の転勤のこと黙ってて、その上、お別れも言わずに行っちゃったんだ!」

 拓は一息に言い切って、口を真一文字に結んだ。

 拓の怒りは、僕らに向けられる以前にその友達へと向けられているのだ。だが僕は、拓の言葉から読み取れた事実に、どっと力が抜けるのを感じた。

「なんだ、死に別れたわけじゃないのか……」

 僕らの歳で死を間近で見る機会なんて限られている。命という物を学ばせようと近頃の学校では小動物を飼ったりもしているようだが、如何せん人の死というものに向き合う機会は小学生では無いに等しい。あったとしてもそれは歳の離れた祖父母である事が常だ。

 僕は彼が人の死に直面しなかったことに安堵した。だがそこで新たな疑問が浮かんでくる。単なる友人との別れが、色の欠落の原因となり得るのだろうか。

 その疑問の答えであるかのように、僕の呟きを聞いた桃は、

「でも、拓君にとっては悲しみの重みに違いはないよ。別れを言ってもらえなかったのなら尚更」

 と言った。

 僕が瞬きを返す横で、拓は唇にさらに力を加えた。今にも泣き出しそうなほど眉間に皺を寄せ、唇を噛むことで涙を堪えているようでもあった。

 それは桃の言葉を肯定しているも当然の反応だった。大方、別れの日のことを思い出して悲しくなったのだろう。

 今更ながら自分が先程言った言葉を後悔して、それでも掛ける言葉が見つからずに、僕は口ごもるように呟く。

「おい、泣くなよ……」

「泣いてなんかない!」

 拓の目尻には涙が浮かんでいて、強がっているのは明らかだった。その一連のやりとりを見た桃は、呆れたように溜め息をつく。

「そんな言葉じゃ、慰めにもならないよ」

「じゃあ、桃には拓の憂いを払うために何か考えでもあるのか?」

 僕の問いに桃は肩を竦めてみせた。

「昔、亮を助けてあげたのは誰だと思っているの?」

 桃が返した問い掛けの意図するところがわからずに、僕は僅かな間をおいて、「……もちろん、桃だろ」と答えを口にした。

 それに桃は満足そうに笑う。

「そう。だから亮もわかっているはずでしょ」

 彼女との出会いと日記帳のことを思い出して、僕は内心ほっとした。彼女に任せておけばきっと大丈夫だろう。

 僕から視線を移した彼女は拓の肩に手を添え、

「ねえ、一つ提案があるんだけど……」

 と言って、拓の耳元に顔を近づけて何かを囁いた。




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