【五】
「私?」
状況に身を委ねていた桃は、司さんの言葉に驚いているようだった。答えあぐねて、居心地悪そうに腫れた目を伏せた。
「正直、どうしていいかわからない。拓が言うように会いに行ってしまえば済むのかもしれない。だけどまた拒絶されたらと思うと怖いの」
「でももう、お前はあの頃のようにひとりじゃないだろ?」
司さんの声は優しく諭すようである。司さんもこのままではいけないと思っているのだろう。その言葉が僕を後押しした。「司兄!」と批難するような静の言葉を遮って、僕は言う。
「僕も一緒に行く」
その言葉に僕に手を握られた桃の手と、僕の腕を握った静の手双方に力が入った。
「拓が?」と問いかけたのは、桃。「お前が?」と嫌そうに行ったのは、静。
「ああ、僕も行く。桃ひとりで行かせるもんか」
「嫌……か?」と尋ねると、桃は空いた方の手で涙のあとを拭って、僕を見る。
「本当に?」
桃の言葉は疑問形をとっていたけれど、嘘だなんて思っていないだろう。少し自意識過剰な気もするけれど、桃は僕のこと嫌じゃないってあの日言ってくれたから。
「本当だよ。嫌じゃないだろ?」
一拍置いて、言葉が返ってくる。
「……嫌じゃないよ」
「だったら、一緒にゆかりさんに会いに行こう」
桃の手を握る手に力を込める。するとぎゅっと桃が手を握り返してくれた。それを肯定と受け取って、僕は再度芽衣ちゃんに向き直る。
「お前が行くなら、俺も行くぞ!」と静は納得できないながらも、僕らについて来るらしい。本当は桃と二人きりの小旅行に、期待していたのだけれど。こればかりは、仕方がないだろう。もしかしたら司さんもついてくる気でいるかもしれない。その証拠に、「芽衣ちゃんの親御さんには俺から話そう。住所を聞くのは、ちゃんと保護者に了解を得てからだ」と言って、芽衣ちゃんのスマホを借りて、電話をかけようとしている。大人の話は司さんに任せておけば大丈夫だろう。こちらはこちらで、果たさなければならないことがある。
言霊使いの桃は、言葉をとても大切にしている。まだ本人の口から「行く」という言葉を聞いていない。確認するように「桃」と名を呼べば、桃はちゃんと自分の言葉で気持ちを口にした。
「芽衣ちゃん、私からもお願いするね。ゆかりに会いに行きたいの。お願い、住所を教えて!」
やっと桃らしくなってきた。僕はそれが嬉しくて堪らない。芽衣ちゃんも桃の元気が戻ってきたのがわかったのだろう。桃のお願いに嫌な顔はしなかった。