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色彩ハ唄‐いろはうた‐  作者: 黒崎メグ
迷い纏うは紫
21/23

【四】

 つまりは桃が唯一嘘をついた相手が、あの写真に写っている。

 ごくりっと自然と喉が鳴る。

 写真にセーラー服姿の女の子は二人いた。そのどちらかが桃の関係者なのだろう。一人は桃に少し似たポニーテールの女の子。もうひとりはぎこちない笑顔を浮かべたショートヘアの女の子だ。

 司さんはショートヘアの女の子を指して言った。

「この子が桃の元クラスメイト」

「じゃあこの子が……」

 確信の言葉を声に出そうとして、突然それをドアが開く音が遮った。

 顔を出したのは、スタッフルームに寝かされていたはずの桃だった。まだ顔色は悪いが、思ったよりも早く目が覚めたらしい。桃は僕らの様子から状況を察したのだろう。

「司兄さん、それは私から話さなければならないことだわ」

 と言って、おぼつかない足取りで非常口を潜って、僕らの隣に立った。その様子に司さんは、いつにもまして心配そうだ。

「だが桃、お前はそれで大丈夫なのか?」

 写真を見ただけで倒れたくらいだ。それが桃の言霊使いとしての力が目覚めるきっかけだったとしても、相当なトラウマになっているのは明らかだった。それでも桃の口から真実を聞きたい、と思う僕もいる。

 僕は桃をじっと見つめた。桃はそんな僕から目を反らさなかった。

「亮には、赤鬼が言霊使いとだってことまだしっかり話してなかったよね」

 僕はただ首を縦に振る。司さんが桃のことを指して何度か口にしていた言葉。でも、桃の口からはっきりとその言葉を聞いたのは今回が初めてだった。

 それでも言霊と聞いて、思い当たることはたくさんある。桃の言葉には力が宿っている。そう思わせるだけの経験を僕もしてきた。

「赤鬼の言葉には力が宿ってるの。だから言葉は慎重に選ばなければならない。だけどね、その力がまだしっかりと使いこなせなかった頃、私は一度だけ嘘をついた」

 桃は「その相手が彼女、大辻ゆかり」と司さんが指差したのと同じ人物を指した。

「どうして嘘をついたんだ?」

 桃は決して軽々しく嘘をつくような人物ではない。僕はそれが不思議でならなかった。

「彼女も欠落者だったの」

 では彼女も桃のあの歪んだ姿を見たということだろう。赤く光る肌と金色の角を生やした赤鬼を。桃の出会った当初の姿を思い浮かべて、僕は思う。何も知らずに、そんな桃を目にしてしまっていたらどう感じていただろう、と。きっと、当時の僕より幼かったのなら、怖がらずにはいられなかっただろう。案の定、桃は「鬼としての私を彼女は怖がった」と言って、辛そうに目を伏せた。その先の言葉をどのように口にするか迷っているようでもあった。

 だが意を決したように顔を上げ、僕を再び真正面から見つめる。目には今にも溢れ出しそうな涙をためて。

「私ね、そんな彼女に、もう顔もみたくないって言っちゃったの」

 とうとうこらえ切れず、桃の目からは大粒の涙が次から次へと流れ落ちる。

「その言葉には力が宿った。彼女はなにも言わずに次の日転校していったの……。あんな言葉言わなきゃよかった。本心じゃなかったのに」

 嗚咽混じりに紡がれた言葉は、言霊となって僕に染み渡る。

「私は彼女を傷つけた。あんな嘘つかなきゃよかった」

「桃を傷つけたのは彼女も同じだろ!」

 桃をこうして泣かせるつもりなんてなかった。こんな辛そうな桃は初めて見る。そもそもの原因となった少女に怒りを覚えて僕の声は大きくなった。本当は、何もできない自分へのもどかしさがそうさせたのかもしれない。怒りとも、悲しさともつかない感情が僕のなかで渦巻いている。

 桃は笑顔が一番の似合うのに……。

「どうして会いにいかないんだよ」

 その感情を押し殺して、僕は桃から目をそらさず言った。

「もう言霊は働いている。だから行っても無駄だよ」

「そんなの行ってみなくちゃわからないだろ!」

 僕は桃の手を掴むと、そのまま非常口の扉を開けた。

「どこ行くの?」

 不安そうな桃のつぶやきが聞こえたが、僕は気にせず桃の手を引いた。弱々しく僕に身を任せた桃の手を引いて、目指すのは店内で待つ芽衣ちゃんのもとだ。



 店内では、拓と芽衣ちゃんが座って仲良くココアを飲んでいた。その隣にはいつの間にか店にやってきていた静の姿もある。桃の様子を見て慌てて立ち上がった静を無視して、僕は芽衣ちゃんに声を掛けた。

「芽衣ちゃん! 君の住所を教えてくれ!」

 いきなりのことで驚いた様子の芽衣ちゃんは、目をぱちぱちと瞬かせて僕を見た。そして僕の後ろで目を腫らしている桃を確認して、困ったように言葉を発する。

「どうしてですか?」

「桃のためだ!」

「桃お姉さんの?」

「そう、桃がゆかりさんに会いに行くために」

「どうして桃があいつに会いに行かなければならないんだよ!」

 静がゆかりさんの名前に反応して、声を荒げる。ツカツカと大きな足音を立ててテーブルを回り込んで、僕の方まで来ると桃の手を握った僕の腕を掴んだ。

「すぐに桃の手を話せ。連れて帰る」

「あんたはそうやって、桃が相手と向き合う機会を遠ざけるのかよ」

「鬼じゃないお前になにがわかるっていうんだよ。鬼同士俺の方が桃の辛さをわかってやれるんだよ」

 互いに睨みつける。ここまできたら僕は一歩も引けない。

「そこまでだ。二人共。そもそも重要なのは桃の気持ちだろ?」

 後ろから遅れてやって来て成り行きを見守っていた司さんが、僕らの間に割って入った。

「桃、お前はどうしたいんだ?」


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