【三】
僕が驚きで身動きが取れないなか、司さんは桃を横抱きに持ち上げた。
「奥のスタッフルームで休ませてくる。心配するな。少し待っててくれ」
僕も行く、と言いかけて、拓と芽衣ちゃんのことを思い出す。
拓はともかくとして、芽衣ちゃんの動揺は人一倍である。顔を真っ青にして震えている。きっと自分のせいだと思っているのだろう。
けれど芽衣ちゃんは、ただアルバムを拓にみせていただけだ。そこになぜ桃が倒れる原因があったのだろうか。
「とりあえず座ろう」
司さんが戻ってくるまでは、僕が一番年長者だ。しっかりしなくちゃ。
芽衣ちゃんと拓を促してカウンターに向かう。カウンターに座ったところで、司さんが戻ってきた。
「桃の容態は?」
「大丈夫、少し休めば意識も戻るだろう。それにしても、いったい桃は何を見たんだ」
司さんの問いにおずおずと芽衣ちゃんはアルバムを差し出した。そのアルバムを受け取って、パラパラとめくった司さんは、最後のページで手を止めた。それは正しく桃が顔色を変えたページだ。
「この写真は?」
「新しい学校の人たちと撮った写真です」
「中学生も写っているようだけど」
「隣に中学校があるので、お姉さんたちも一緒に写真に入ってくれました」
よくよく見れば、写真に写っているのは小学生ばかりではなく、セーラー服に見を包んだ女の子たちが混ざっている。
「拓君から、桃さんたちのことを手紙で聞いていたから、なおらさ羨ましくて」
「そういうことか……」
司さんが桃が倒れた理由に思い至ったのかつぶやいた。
「拓、冷たいココアを入れてやるから、この子と店番頼めるか?」
「良いけど。亮兄は?」
「亮には話がある」
話とはなんだろう。桃に関係あることは確かだ。
「わかった。お客さんが来たら呼ぶよ」
拓の返事を待って司さんは、桃のいるスタッフルームに僕を促した。
スタッフルームのなかは司さんの性格を表すように整理整頓されていた。
奥には事務作業ようのデスク、手前には仮眠をとるようなのか二人がけのソファが置かれている。
ちょうどそこに桃が寝かされていて、入った直後に目に入ってきたものだから、僕は驚きで思わず声を上げそうになった。それをすんでのところでのみ込んで、司さんの後についてデスクの方までいった。すると、デスクの横にはカーテンで隠される形で裏口が存在していた。司さんは迷わず裏口から外に出た。
地下に存在している浮雲の裏口は、非常口の階段に繋がっていたらしい。
緑の淡い光が辺りを包んでいる。ドアを締めてしまえば、桃にも声は届きにくいだろう。
振り返り、改まったかたちで司さんは息を吸った。
「以前、桃が一度だけ嘘をついたことがあると言ったこと覚えているか?」
それは忘れもしない、静が現れたときのことである。
「大切な友達を失ったっていうことでしたよね。僕にはまだ話してもらえないかと思ってました」
「時が来れば話すつもりでいた。それが少し早くなっただけだ」
「もしかして、あの写真に……」
僕の問に司さんは一拍おいて、
「ああ、あの写真に桃が言霊使いとして目覚めた要因となる人物が写っていたんだ」
と言葉を選ぶように僕をまっすぐと見つめた。