【四】
僕は記憶を辿る。
学校の友達はみな個性的な字を書くが、だからこそ違うと断言できる。学校じゃないとするとどこで見たのだろう。そこで僕は、ふと拓のことを思い出した。
宿題を見てやった時の拓の字とこの地図の字は、留め撥ねの癖が一致している。
「もしかして、拓の友達?」
浮かんだ可能性を言葉にすれば、少女は勢いよく顔をあげた。
「拓君を知ってるんですか」
「ああ、まあ、よく宿題見てやってるし……」
まさか欠落者として出会ったなんて言えず言葉を濁せば、少女は顔を輝かせ手にした地図を僕に差し出した。
「わたし、拓君に会いにこの場所に行きたいんです」
少女が指差したのは、赤い丸印が付けられた一角だ。その横にはひらがなで、『うきぐも』と書かれている。
「浮雲に行きたかったんだね」
隣から顔を近づけて地図を覗きこんだ桃が、納得したように声をあげた。少女の目が桃に向く。
「桃先輩、場所知ってるの?」
「うん、私達もちょうど浮雲に行こうとしていたところなんだよ」
「じゃあ、手紙を書くようにアドバイスをくれた優しい姉さんって、もしかして桃先輩……」
手紙のことを知っているってどういうことだ?
それは当事者とあの時店にいた僕らしか知らないはずの事だ。そしてなぜ拓の手書きの地図を持っているのか。深く考えるまでもなく、僕はすぐに答えに行きついた。
「拓の幼馴染って、あんたのことか」
少女はきょとんっと一瞬動きを止めた後、大きく数回瞬きをする。
「どうしてその事を?」
心底不思議そうな様子に、僕は思わず苦笑が浮かんだ。少女に対してではなく、自分自身に、である。家出かと慌てた自分がどこか滑稽に思えたのだ。
大きな荷物も手にした地図も、少女が引っ越し先から拓に会いに来た証拠に他ならない。
「僕も桃が拓にアドバイスするその場にいたからね」
「あっ! だったら手紙に書いてあるお兄さんはあなたのことなんですね」
「拓の奴、僕のことまで書いているのか」
僕は拓が手紙を持って現れた日のことを思い出した。
僕が抱く桃への思いに何となく気づいていたから、その事をこの子に話したりなんかしてないよな。僕は桃の方を盗み見た。桃の前で情けない事情を明かされるのなんて懲り懲りだ。だが桃は、さして拓の手紙の内容には興味がないらしい。代わりに彼女の口をついて出たのは、少女が拓に会いに浮雲を目指す理由だ。
「でも拓君の家を知らないわけでもないのに、なぜ浮雲に?」
「お父さんの仕事に無理やり付いてきちゃったから、こっちに来ることを伝える時間もなかったんです。こっちについてから拓君の家に行ったんだけど、もう出掛けた後だって。それで拓君の手紙に書かれていた浮雲ってお店に行けば会えるかなって思ったんですけど……」
地図を片手にやってきたまではよいけど、道に迷ってしまったというわけだ。この精度の地図でここまで来ようと思える熱意には、呆れを通り越して感心してしまう。
でも、きっと僕も、桃が相手なら同じようなことをしてしまうのだろうな。
ふと自分に置き換えて考えところで、
「じゃあ、時間も限られちゃうし、急がないと」
という桃の声に意識を引き戻される。桃は右手に少女、左手に僕の手をとり歩きだしたのだった。
【迷い纏うは紫】へ続く
舞台が変わると言っておきながら、結局あまり変化なしになってしまいました。
次回より紫編です。紫編より転章突入といった感じ。もうしばらく浮雲で話が展開されますが、その後はもうちょっと遠い地に舞台が移る予定です。