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色彩ハ唄‐いろはうた‐  作者: 黒崎メグ
思い照らすは黄
15/23

【二】

 しかしその後悔も束の間だった。乗り過ごしてしまった駅まで戻り、改札を出たところで僕は、どきりっとした。駅の利用客は決して少なくはない中、僕の目はただ一点、桃の後ろ姿を捉えていた。

「桃!」

 その背に向かって僕は駆け寄った。急ぎ行きかう人々がこちらに視線を向けたが、先程と違い人の目は気にならない。

 珍しく髪を下していた彼女は、揺れる髪を控えめに押さえながら振り返った。

「亮? 駅で会うなんて珍しいね」

「それはこっちの台詞だろ」

 僕はそう言いながら辺りを見回して、静の姿を探した。あの一件以来、僕と桃の距離が縮まったのは確かだけれど、静は相変わらず僕を嫌っているようだった。僕に見せつけるように、いつも桃と連れ立って浮雲に現れる。

 だが今日はどこにも静の姿を確認することはできない。

「今日は、静はいないの?」

 うん、と桃が頷いて、やった!――と思ったのも束の間、

「用事があって浮雲で待ち合わせ」

 続いた桃の言葉に気分は下降する。

「そっか……」

 思わずもれた呟きが聞こえたのだろうか、桃はふふっと笑い声をもらした。

「でも久しぶりだね。こうして亮と二人だけで会話するの」

 僕はその言葉に面食らって瞬きをする。浮雲まで短い距離ではあるが、桃と二人きりだ。現金なものでその事実一つで、気持ちは再び浮上した。自分でも単純だと思うくらいだから、桃に呆れられてはいないだろうか。

 そっとその表情を伺えば、彼女はにこにこと笑顔をたたえている。

 少なからず僕と同じ気持ちだと思っていいのかな……。

「桃、今日は少し遠回りしよう」

 少しでも彼女と長く居たくて、僕がなけなしの勇気を奮った言葉に、桃は笑顔のまま僕の手をとった。柔らかな感触と僅かに滲んだ汗が彼女の体温を伝え、僕の心臓は大きく跳ねる。落ち着くために深呼吸をして、彼女の隣に並ぶと、柑橘系の制汗剤の香りがした。

 こんなに近くに桃がいる。それが感じられるだけで僕は幸せだ。

「行こう」

 手をつないだまま駅の構内を出ると、日差しが肌を焼く。僕らは建物の影を伝い移動することにした。

「影踏み鬼みたい」と彼女は楽しそうに声を上げ、僕も面白がって影から影に飛び移った。僕らが選んだ回り道は、オフィスビルの立ち並ぶ通りで、ゲームセンターなどの立ち並ぶ通りに比べると、人の往来は疎らだ。平日の昼間、この通りを歩いているのは、営業のサラリーマンくらいだろう。

そのビジネス街で僕らは浮いていたけれど、それ以上に際立った存在が目に留まり、僕は思わず足を止めた。

 僕の視線の先には、電車で見かけた少女の姿があった。肩に掛かる重さを軽減させようと鞄の肩ひもをずらしながら、少女の視線は手にした紙と辺りのビルを忙しなく行き来している。

 どうしてこんなところに?

 浮かんだ疑問は、同様に足を止めた桃の言葉に掻き消される。

「あれ? 芽衣ちゃん?」

「桃、知り合い?」

「うん、小学校の時の合唱クラブの後輩なんだ」

 てっきり遠方から親戚を訪ねて来たとばかり思っていたから、僕は正直驚いた。小学校の後輩だとすると、家はさほど遠くないだろう。拓も引っ切り無しに浮雲に通っているくらいだから、電車一つに緊張する必要もない。

 それなのになぜ彼女は、あんなに大きな荷物とメモを手にしているのだろうか。


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