偽物の石
――沢山の人たちが死んだ。どうでもいい事の為に。
積み上げられた死体。明日は自分かもしれないと皆怯えていた。
帰れると言ったのに。帰りたい。生かせてくれ。金など要らないから――懇願など届くはずもない。俺たちはただの実験体で駒なのだから。
だからといって、素直に死んでやるものか――。
カチ、カチと時計の音だけが重苦しい空気を支配していた。先輩が部屋にこもってからどれくらいだろうか。それほど経っていないような――いる様な。気まずい空間で、私は出されたお茶を素直に飲んでいるしかなかった。それももうすぐ付きそうだけれど。
――よく知っているわけではないしなぁ。
先ほども少し話しかけては『はい』とぶった切る様な返事をされて終わるばかりで悲しい。なんか盛り上がる話題は……。うーんと考えてやはり先輩のことしか思いつかなかった。
「「あの」」
どうやらマムも気まずい思いを抱えていたらしい。同時に言葉を出してしまう。『こめんなさい』と謝る声に頭を振って『お先にどうぞ』と軽く笑う。まぁ、大した話でもないので。先輩がやらかした話なら乗ってくると……。
最低? それはそう。うん。ごめんなさい。とりあえず心の中で謝っておく。
「えっと、あ――あの、ロウさんとは付き合って長いんですか?」
うーん。此処にも付き合ってると思われてると苦笑を浮かべるしかない。かたんと持っていたティーカップを置いた。
「付き合ってはないけど――そうだなぁ。十五の時からだから五年くらい……そう考えると大したことはないんだけれど。あぁ。当時は今ほど健康状態は良くなくて。ひょろひょろで私より小さかったんですよ。それこそ誰も振り返らなかったぐらいで。おかしいですよね。今ではあんなのなのに」
むしろ虐められていたまである。それが一年もたたずにあんな美人に育つなんて、詐欺ではとか思ったりした。
懐かしくて口元を緩めた私にマムは少し意外そうな顔をする。
「付き合っていない――?」
『あれ』でと付け加えられた気がしたが『あれ』ってなんだろう。……よく言われる事だけども。とりあえず否定しないとと口を開いていた。
何故って。恐らくマムは先輩を好きだから。そんなことぐらい私にだって分かる。どれだけ恋する乙女の相手をしてきたと思っているんだ。それに。
――嫌われるのはもうごめんだ。
急ごしらえで用意してもらったクッキーを食む。
「はい。皆によく間違われるし、聞かれるけれど、付き合ってないですよ。私たちの間にはその『情』というものが無いんです。親友とか腐れ縁とか……いろんな呼び方がありますけど。私は保護者だと思ってるんですよ。一番近いのは、やっぱり家族ですかね」
「好きでは無い?」
私は小首を傾げた。そう言われる意味が分からなかったから。
「もちろん家族ですから好きですよ。――それだけの話なのです。……いつかは先輩も結婚するんでしょうね。私も」
今は何も見えないけれど、そう言う未来はきっとあるのだろうと思う。少しずつ変わっていくであろう関係性が少し寂しかった。
出来れば今のままでと願う私もいる。……先輩のお守はほどほどにして。
「結婚?」
蝶番の軋む音よりも小さく漣のような声がはっきりと耳に届いた。ふと見ると先輩が立っている。にこりと笑っているが何処か暗い表情だ。
――失敗という文字が頭に浮かぶ。
私は少し腰を浮かしたが、『大丈夫だよ』と先輩が制しながら私の隣に腰をかけた。淡く口元に血が滲んでいる。拭いた後なのだろう。と思った。
よく見れば白い顔がさらに白い。一体何が。――頬に触れれば冷たいし。疲れているのか先輩は甘えるように目を閉じ息を付いていた。
……犬かな。言わないけど。
落ち着いたのか水色の双眸が私を捉える。その奥で何かが揺らめいた気がして私はパッと手を離していた。なんだろう。ジワリと掌に熱が残るような気がした。
「だ。大丈夫ですか?」
「ん。エリアルのおかげで元気出たよ。まぁ、何とかね。とりあえずあの子は今安定してる――あぁ。ありがとう」
コトンと先輩の前に置かれたカップには珈琲が注がれている。それを先輩は手に取ると軽く喉に流し込んでふぅと軽く息を吐いた。
落ち着いたのを見極めて私は口を開く。
「それで。あの。あの子が付けている宝石はやっぱり本物?」
やはり拒否反応なのかな。でも――貴族でないのならどう言うことのだろう。うーんと考える私を先輩が見た。
「エリアル。本物って何だと思う?」
「……本物、ですか?」
本物。竜が人間に授けたものだとは知っているが実際何かは分からない。宝石で代替出来るのでそれに似たようなものだったのだろう。それは魔力を帯び、それを埋め込めば自然に魔力が扱えるのだという。
その証明が魔法使いや魔法士だった。
「うーん。特別な所から取れる石?」
言えば『残念』と先輩は小さく笑う。
「正解は竜の躯だよ。正確に言えば躯の一部」
躯。躯って、何だっけ。と考えて『死体だ!』と心の中で叫んでいた。いやいやいや。とちらりと先輩を見れば無表情でこちらを見ている。
……うん。揶揄ってはいないようだ。マムに目を向ければ視線を落として所在なさげに指遊びをしている。驚くこともない限り、恐らく知っているのだろうと思った。
「ち、ちなみに、何処情報で?」
「うん。一応、義父」
「ああ、おじさんかー」
怪しげな本ならまだ言いようもあったけれど。
なら、仕方ない。と天を仰ぐ。先輩の義父は魔法の研究者だ。そのために各国を巡ってサンプルや伝承を漁っていたりする。まぁ、その人が言うのであればそうなのだろう。ほんっとに無責任の極みのような人だけれども。
死体か――。良かった。貴族じゃなくて良かった。いや、貴族こわ。
「躯はね。当然だけど年々目減りしている。今ではもう欠片しか残っていないだろうって聞いた。だから魔法使いも魔法士もそれと共に減少しているってね」
「なるほど」
石を埋め込んだからと言って使える。というわけでもないらしい。やはり何事も適合というものがあるから仕方ないね。ということで埋め込んだ数に対して魔法を使える者は少数だったりする。
「ということで。現れたのが『あれ』だね。……人<・>間<・>としてはどうしても魔法石が無くなることは避けたいだろうからね」
なんか引っかかる言い方だなぁ。
まぁ……実際の所。この国において魔法は市民の生活にほとんど関係ない。とっくの昔に廃れ、人々は知恵を絞って文化を形成してきたのだから。困るのは、国家ぐらいだろうと思うのだけれど。魔法により民や他国軍への優位性を示しているのだから。それが無くなれば頼り切っているこの国がどうなるのか想像もつかなかった。
まぁ、私たちの生活は変わらなく続きそうだけれども。
「『あれ』って――。あの子の石?」
ようやく出てきた本題に顔を上げた。先輩はにこりと微笑んでいる。だけれど何処か物悲しく感じるのは何故だろうか。
「ん。あれは限りなく本物に似せた……偽物だよ」
――竜なんて幻想に縋るのはいい加減止めた方が良いのに。




