問診
少し事情があって、助けてもらえないか。と――その少女、マムはそう言った。
マムの家は私のアパートから少し離れた区域にある。どちらかと言えば先輩の家に近いだろうか。二階建ての家で一階は商店。其の二階を借りているので私の家よりは広い気がする。そして、整っている。何ならいい香りもするような気がする。
……その肩に置いた手は何なんでしょうね。先輩。きっと私だって広かったら場所を無有効活用――しないな。うん。ごめんなさい。家事全般が苦手というか、散らかっている方が何処に何があるっていうのが分かりやすいというか。田舎ではよく怒られたなぁ……。
……。
ごほんっと咳払い一つ。そんなことより。
長いこと使われていなかったのか少しだけ埃っぽい部屋にその少年は寝かされていた。赤い髪。肌は白いを通り越して青い。整った顔立ちではあるけれど、その眉間には苦しいのか深いしわが寄っている。
首元にはマムが巻いたのだろう。不器用に包帯がぐるぐると巻かれていた。
明らかに何かの病気ではある。当然だけど、私も先輩も医者では無かった。というか、まず私は呼ばれていないし。先輩を訪ねて私の家に来たというのが正しい。どれだけ私の家に入り浸っているんだろう……。
何のために――と訝し気に私はマムを見た。マムの顔は厳しく、何処か泣きそうでもあった。意を決したようにしてぐっと口元を結んでから言葉を紡ぐ。
「あ、あの日の夜。家の前で倒れていて……お医者様に見せようと思ったんですけど」
「――うん」
静かに先輩は言葉を促すようにそう言うと、視線を少年に向けて、ゆっくりと床に膝を付けた。私にはよくわからない理由を何となく感づいていたのかも知れない。静かに伸ばされた手は額に。『熱はないね』と呟くと慣れた手つきで首元の脈を取っていた。
……手袋は外していないけど分かるのだろうか。分かるのか。そっか。さすが先輩謎の説得力で医者みたいにも見える。いや、なんでも出来るのは知っているけれども。
『凄いですね』といえば少し照れた様にはにかんだ。うーん。乙女かな。
「あの、私がいうのはおかしいかもですが、た、多分これは医者の領分ではなくて」
「うん。そうだね。包帯外しても?」
こくっと口元を結んだままマムが頷けば頭を固定しながら器用にクルクルと包帯をとっていく。すっと頭を枕に戻すと、先輩の眉が軽く歪んだ。
何だろう。と見てみれば、首元にあるのは一つの宝石だ。この国の誰もが持っているような何の変哲もない宝石は赤黒く血のようだ。
「でも――へんですよ」
私は思わず呟いていた。
だって。変だ。『それ』からはなぜだか禍々しいものを感じる。本能的に『有ってはならないもの』というような――簡単に言えばきもちわるい 。
それに。と私はその周りの皮膚に目を止めた。
在りえない。本来有ってはならない。周りの皮膚が黒ずんで、それが糸のように周りに伸びていた。血管を辿るように少しずつ、少しずつ。そう。まるで浸食していくように見えていた。宝石が。
宝石が人体を攻撃している?
「なに、これ?」
在りえないと呟けば、『ぐ』と少年が小さく呻いて身動ぎした。深く刻まれた皺がまた深くなる。その少年の頭をまるで慈母の様に先輩撫でていた。その優しさが通じたのか少しだけ顔がほぐれるように感じたのは気のせいだろう。
……。
聖母像か何かかな……男だけど。
「通常、魔法石って呼ばれるものはそのほとんどが祝福を受けたただの石。知っての通り、何処にでもある宝石の屑石だね。だからこんなことにはなりはしない」
「そうでよすねぇ」
伝統で風習。長い期間積み上げてきたもので、その技術も確率されているため宝石の埋め込みで事故が起きることは稀だ。ましてや宝石が原因で病になるなんて聞いたこともなかった。
少なくとも『市民』の間では――。
……。
あれ?
「え? この子貴族か何かなの?」
貴族や王族。もしくは上流階級で在れば『本物』を付ける習慣があるという。ごく稀に拒否反応というものがあるとかないとか――詳しくは知らない。貴族というものに会ったことは無いからね。下っ端が会えるはずもなく。
にしても。貴族らしいと言えばらしいのだろうか。……顔立ちが? いや、顔だけなら先輩の方が強い気もするし。
その先輩は軽く肩を竦める。
「どうだろう。マムは知らない?」
マムはぶんぶんと首を横に振って見せた。
「この人、は。た、倒れていただけだで……あの。多分この症状は――わ、私の兄と同じだと。だから」
お兄さん。確かマムが学生時代に亡くなったと聞いている。そのお兄さんが先輩と仲良かったとか。
私からすれば『あれ』で友達いたの……と失礼な事しか思いつかないが。
「お兄さんと? でも――」
マムは地方都市の出身である。決して貴族ではない。そして本物を買えるような大金持ちでもない。私は考えるように眉を顰めた。
なんか、まずいものが出回っているのだろうか――。昨日の爆発といい、良い予感はしなかった。
「……店長に相談したほうがいいのかな」
「それはどうだろう。兎も角、一刻を争うと思うんだ。早めにこの子を何とかしないと――マム」
視線がマムを捉える。マムは『はい』と不安そうに瞳を揺らした。
「確かにイイエスと同じだね――イイエスは間に合わなかったけれど」
「……治せますか?」
治らなかったら――どうしよう。そんな不安が声に混じる。どこの誰とも知らない少年に亡くなったお兄さんの姿が重なったのかも知れない。
先輩はにこりとマムを宥めるように優しく微笑んだ。何時も誰にでも優しい先輩だけれど、その分『公平』だ。特別は無い。笑顔だって一緒。だけれどもいつもより柔らかくて、優しいのは気のせいではないと思う。
まるで兄妹のような――。何となく置いて行かれた気分で少しだけ寂しかった。多分。
「もちろん。――ありがとう。マム。僕を呼んでくれて。助ける機会を作ってくれて」
「……わ、たしは別にお礼を言われるような事は」
あら――初々しくて可愛い。最近はギラギラとした肉食獣のような人たちを沢山見てきたから、頬を赤く染めたマムはとても可愛かった。
抱きしめても……いや、そんなことより。何言ってるんだろう。先輩は。
「いや、先輩。ここは医者に見せたほうが良くないですか? 素人が治せるはずはないし、何かあったら捕まりますよ?」
「大丈夫。助けるよ。マムも言っていたようにこれは医者ではダメだろうし。僕がやるよ。エリアルに迷惑はかけないよ」
先輩はじっと私を見た。どうやら止めても無駄なようだ。先輩は昔から梃子でも動かない。そう言うところもあるから。
一体メンタルどうなっているんだろう。
溜息一つ。
――あぁ。もう。
「なんだか知らないけど、先輩がそう決めたのなら分かりましたよぅ。私は先輩の保護者のようなものですから、迷惑はかけてもらっても良いです。半分くらいはその罪被りますよ」
本物の保護者から直接『宜しく』と丸投げされてるし。あの保護者どこ行った。当時子供の私にぶん投げて姿を見せないだなんて。義父だかなんだか知らないけども。
「ありがとう。だから――」
「なんですか?」
口をへの字に曲げると先輩は嬉しそうに笑う。いや、少しは罪悪感を持ってほしいんですが?
いつもいつも。そして先輩に弱い私も腹立たしい。溜息一つ。その横でマムがどんな表情で見ているかなんて気付かなかった。
「何でもないよ」
言うと先輩はにこりとしたまま『さぁ』と掌をぱちんと合わせた。ふわりと絹のような髪が浮く。
「とりあえず治療するから出て行ってくれるかな?」




