朝のひと時
――……地区にて魔法士見習いによる実験の爆発事故。死傷者五名。内一人死亡。尚――
「これって、こんな軽い事故でしたっけ?」
いつもより遅めの朝。窓から見上げる空は青く高い。いつも通りの見慣れた狭いアパートの一室で私は砂糖たっぷりの珈琲を飲んでいた。もちろん目の前には硬いパンと干し肉。それとオニオンスープが湯気を立てている。
「そうだね。あの騒動では、もう少し被害があったように思えるんだけれも……。それにしても魔法士の見習いねぇ――登録してあるからすぐに面は割れるだろうけれど、街の中で、ねぇ」
ちなみに魔法士は魔法使いの下位互換。魔法使いは滅多にお目にかかれない人種であり、普通に生きていればまず会うことなどないだろう。確かこの国に登録されているのは一人で……。
……まって。
ごく普通にいるからそのまま流していたけれども。
「先輩。どうして朝から私の家にいるんですか?」
「ダメかなぁ? 一緒に食べたかったんだけれど」
「いや、ダメでは無いですけど……」
朝の光に照らされた未亡人がいる。爽やかなのに儚いのは何故だろう。いつも緩く纏めている筈の髪はそのまま流されてなんだか色気すら漂ってくる気がする……。先輩は私が持っていた新聞を手に取ると目の前の椅子に座った。
憂いを帯びた双眸になぜだか罪悪感を覚えて、私はもごもごそう言うしかない。まぁ、先輩がいても実際ダメではないんだけど、何かがおかしい気がする。
「朝も夜も――わざわざ私の家に来ていただかなくても」
ちなみに先輩の家は違う地区にあって、気軽に来るには些か遠い。頻繁に来るにはとても疲れるだろうに――そんなにこの家居心地がいいんだろうか。趣味の料理を披露出来ないっていう事もあるけれど。私以外の友達が少ないっていうのも考え物だと思う。まぁ容貌がネックで近づきにくいと言うこともあるだろうけれども。それでもさ。独身女子の部屋に入り浸るのはどうなのだろう。
私は横目に先輩を見た。……未亡人っぽいから良いのか? ある意味同性。
『なに』と柔らかく笑う。うーん。その笑顔が人を惑わせるんだよねぇ。私は『昔』を知ってるから何も思わないけれども。
「面倒じゃないですか?」
「そうでもないよ。楽しいから」
何が?
やはりそんなに此処が居心地が?
私の家は狭い。余裕が無いので服はその辺に引っかかったまま。洗濯は天井に引っ掻けた紐で吊るしている。教本やら何やらは床に散乱し、狭苦しい備え付けのベッド。机の上だけは何とか綺麗手で食事が出来るようになっていた。
自慢でもなんでもないけれど、所謂汚部屋なのだ。その中心。異物のように先輩がいる。そう言えば昔行った先輩の部屋は綺麗だったなぁ。生活感がないというか。
うーんと考えながらパンを食む。数回咀嚼して珈琲で流し込んだ。
「だったら、ここで暮らします? 家賃浮きますし毎回来るならここに居たほうが良くないですか?」
「え?」
……あ。新聞が落ちた。というか、生きてます? 瞬きしないって怖いんですけど。なまじ綺麗な分人形と入れ替わったかと疑いたくなる。いや、こんな精巧な人形あったら凄い価格で売れそうだけど。
あの?
身動ぎ一つしなくなって一拍。
「ええと、先輩?」
ひゅっと息を飲む音共に、『わあっ』と、先輩は小さく声を上げ椅子の上でのけ反り――鈍い音を立てて背中を床に打ち付けている。いたそうだ。
私は慌てて先輩に駆け寄ると顔がジワリと赤くなっている。少しだけ双眸が潤んでいるように見えた。それほど恥ずかしかったのかも知れない。
転んだことが……。
先輩は軽く上体を起こした。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん。少し驚いただけだから――」
少し。って何だろう。盛大に驚いてしこたま背中打ち付けていたような。ごほんと立て直すように咳払い一つ聞こえてくる。ゆらりと水色の双眸が私を捉えた。
「その、エリアルはいいの? 僕とここで暮らしても――その、狭いでしょう?」
狭いって言えば狭い。まぁ何とかなるだろう。
「私は構いませんよ? ここに寄って帰るの面倒そうですし……あ。寝るところですね? 大丈夫です。この部屋小さいですが実はもう一つ部屋があるんですよ。私はそこで大丈夫ですので」
どや顔で小さな扉を指させば先輩の顔が雲った。まぁ。うん。実質物置だからね。暫く開けてないけど何が入っていたかなぁ。後で綺麗にしよう。
「それなら僕の――僕と」
「なんですか?」
少し消え入りそうな声だったので聞き取りにくかった。ぐっと先輩は口元を結んでから口を開こうとしたとき、どんどんと扉を乱暴に叩く音が聞こえてくる。
……。
先ほどからこの部屋やかましいけど近所迷惑にならないだろうか。先輩の腑に落ちないと言いたそうな顔を横目に見つつ私は溜息交じりに立ち上がった。
「はい、はい、はーい。はいってばっ」
ノックに合わせて返事をする。いい力いっぱい叩くのを加減止めろ。そんな意味合いを込めて。慌てて扉がある玄関に向かう。
「あ、あのぅ、あ朝早くからすいませーん。ごごご、ごめんなさい。すいませぇええん、あ、あけてくださ……。あの。助けてくださいっ」
そこまで必死な事ってなんなのだろうか。
「どなた様ですか?」
訝し気に、半ば迷惑気に見えたかもしれない。ガチャリと鍵を開け、扉を開いた先には見覚えのある少女が泣きそうな顔で一人立っていた。




