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閑職のエリアル  作者: stenn


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6/8

月明りの少年少女

視点が違います・・・>_<


 扉を開ければ、悲鳴と怒号。警笛が響き渡り、人々が混乱のまま走っているのが見えた。怪我をしている者もいる。座りこんでいる者もいる。先ほどまで――逃げたかったが――ご飯を食べていたというのに、一体これはどう言う事だろう――とマム・リカルドは思った。


 充満する焦げ臭い匂いと埃。視線をずらせば、かなり近い区画で火事が起こっているようだ。そう言えばと一瞬だけ地響きと花火が上がる様な音を店内で聞いた気もしないでもないと思い出す。ただ、皆酔いが入っていたため誰も気にとめることもなかった。『大したことなど無い』という集団心理が働いたのかも知れない。実際は大変な事に為っていたようなのではあるが。


「おい、コレ――大丈夫か?」


 酔いを覚ましたかのように今まで不貞腐れているように見えた青年――フィジーは動けなり蹲っている男に声をかけている。他の同僚も同様で散り声を色々掛けたり情報収集に当たっていた。責任者――リアムの姿はすでに無く、状況をこの場では一番立場が強いアルラが指示を出し動いているようだ。


 マムは何も考えていなかった自分自身はどうすればいいんだろうと情けなく唇を噛んだ。ぱっと顔を上げてアルラを見る。リアムより年上のアルラはちらりとマムを見る。


「ああ、あの」


「あぁ。リカルドか。知っての通りだが、うちらの業務は既に終了している。こんなことには関わらなくても構わんよ。ので、早く帰んな。こんなに混乱していると、人さらいも起きかねないし」


「でも――」


 マムは双眸を揺らした。皆が働いているのに、自分だけ帰る訳には。そう思ったのだ。アルラは肩を軽くすくめて見せた。何でもない。そう言う様に。


「ま、うちらの事は気にすんなし。大体これは趣味だ。ほらリカルドは新卒で入ったが、うちらはほとんど左遷なんだな。これが。なのでいろんなところから来てるためどうしても反応しちゃうんだよ。それで、まとめるのも私とリアムの癖。嫌だねぇ。職業病ってさぁ。だからほら、リカルドは早く帰んな。何なら――」


 おい、そこの。と声を掛けると呆然自失としていた男性がピクリと肩を揺らした。同僚ではない。先ほど一緒に酒を飲んでいた人だ。『え。俺?』と顔を引きつらせてふらふらと寄ってきた。酒は抜けきっているようだがその顔はめんどくさそうだ。アルラはふんっと軽く顎をしゃくった。


「ロバート。こいつ送ってきな。この子に何かあったらしょっ引くからねぇ」


 有無を言わさない迫力に青年――ロバートは始め『え―』と不服そうに漏らしていたが、圧迫に諦めて『へいへい』と溜息交じりに言うとマムの隣に立った。何を言おうが無駄と悟ったのだろう。きゆっとハンチングを被り直した後でマムに手を伸ばした。


「さ、行こうか」


「あの」


「明日――いや、まだ日は変わってないか。だったら明後日か。元気に出勤してくることを祈る。リカルドのケーキは客に評判なんだよな」


 ひらひらと柔らかく笑いながら手を振って見送るアルラ。しかし次の瞬間彼女の顔はぴっと緊迫した表情に戻っていた。もうマムが何を言おうとも聞くこともないだろう。そんな拒絶が――そんな暇は無いのだと背中が語っているように思えた。


「あー。無駄無駄。あれはああ決めたら梃子でも動かないんだよ」


「あの、でも。私だけ何もしないのは」


 皆それぞれ動いている。そのまま帰るのは居心地が悪い気がした。何もできないとは言え。精々できるのは食事を作ることぐらいで。


 はっとロバートは鼻で笑う。


「なら、土産でも配っとけよ。アイツら――特にアルラは馬鹿だしな、なんか食い物渡せば終始ご機嫌だろ」


 ひらひら手を振りながら言うさまはどことなく仲が良さそうに感じられる。確かに酷い言いようではあるが、そんなイメージが拭いきれない。単純というか――兎も角として上司二人は雑と言えば雑だった。


 ただ『そうですよね』と馬鹿にしているような気がして同意するわけにもいかず困った顔を浮かべてしまう。まぁロバートはそんなことなど気にも留めていない様子であったが。


「そ、そうでしょうか?」


「そうそう。気にすんな。帰ろうぜ」


 気にするなと言われても気にせざるを得ないが今は帰るしか無いのだろうとマムは息を軽く吐いて、『ありがとうございます』と些かつっかえ気味に言うしかなかった。ロバートは苦々しく笑って『仕方ねーよ』と軽く返し歩き出す。その後ろを歩きながらマムは空を見上げていた。


 浮遊島が月を通り過ぎている。まるで空中を泳いでいるようだ、そう思った。




 ――ここで大丈夫です。ありがとうございました。


 月明りが灯すアパート。親切なロバートと別れて階段を駆け上がろうとすると、一つの影にマムは気付いた。光が射さない階段の脇。普段は塵が詰めて置いてあるところだ。最初マムは塵かと思ったのだが少しだけ動いているようなそれに『ひっ』と小さく悲鳴を上げる。一瞬ロバートを引き留めようと考えたが悩んでいる間に帰ったらしいロバートの気配はもはや無かった。


 ど、どうしよう。――辺りを見回しても一人もいない。アパートの窓から見える光に目を向けて溜息一つ吐いた。助けを求める事ができない自分が呪わしい。では無視することにすれば良いのだけれど、気になって眠れそうにも無かった。もし、捨てられた動物だったら可哀相だ。少々大きい気もするのではあるが。


 元来マムは動物好きであった。それにと考える。助けたいのはマム自体その立場の人間だったからかも知れない。


 兎も角。


 マムはぱちんと両頬を頬を叩いて、頑張れと気合を入れる。ジンジン痛むがそんなこと関係ないくらいに緊張していた。縋るように手摺に手を置き、上から恐る恐る覗き込むがよくわからない。影が再び身動ぎするとマムはまるで驚いた猫のように背中を跳ねた。バクバクと跳ねる心臓をぐっと押さえて影にゆるゆると近づいていく。へっぴり腰は仕方ない事だろう。


 どうか、悪いものではありませんように。祈りながらごくりと喉を鳴らせば、それに呼応したかのように――単純に時間が経って月が僅かに移動した――淡い光がぼんやりと辺りを照らす。どうやら犬や猫の類ではない。大きい。それこそ……。どうすればと頭を擡げる不安にマムはぶんぶんと頭を振った。


 何があったのかボロボロの黒い布。端っこは破れている訳ではなく、炭化している。こんもりとしたそれに手を伸ばせば、再び苦しそうに身動ぎしたのでびくりとマムは逃げ出しそうになってしまった。とりあえず怯えている場合ではなく、確認しなければ始まらないだろう。思い切って――まぁ恐る恐るではあるが――布をずらしてみると、汚れた白い肌。赤い髪。長い睫が影を落としている。薄い唇に色はなく、微かに血が滲んでいた。


 年の頃は――マムよりも些か年若い。まだ幼さを淡く残しているだろうか。苦しそうに少年は蹲り、その瞼はゆったりと開かれる。


 マムは軽く息を飲んだ。


 その目は青い。氷を閉じ込めたような冷たい青でそれはマムを助けてくれた恩人の双眸によく似ていた。

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