日常2
こっちが後ろ・・・ごめんなさい。本当に。
横から不満げな声が響く。
「ちよっと、仕事をしていただけま――」
「見つけましたよ。お義母さま?」
だんっと言葉を遮るようにして机に手が乱暴に置かれる。がたんと空のポットが大きく揺れた。地の這うような怒気に何だろう。顔があげられない。
こわっ。
「あらぁ。リンさん~。お久しぶり」
こ。こわっ。恐る恐る顔を上げれば鬼がおる。そしてちらりと目の前を見ても鬼。笑顔だけれど笑ってない。
大体今朝の食事がどうのこうのって愚痴もあったのに『久ぶり』ではないと思う。怖い……。
「ええと、あの? お、落ち着いてください?」
「――ごめんなさいねぇ。お義母様がご迷惑をかけたみたいで今すぐ引き取りますので」
だから怖いって。笑顔だけれど目が、目が笑ってないのよ。大丈夫? ご婦人殺されたり――ぁあ。しないな。これ。
しぎゃー。と猫が毛を逆立てている図がご婦人の後ろに見える見える。だんっと手でテーブルを叩いた。
ああ。我が家の温和な祖父母に会いたい……。田舎だから暫く会ってないんだよねぇ。
「は? 上から目線で言うんじゃないよ。偉そうな嫁だね全く。それにこれがこの人らの仕事なんだよ。市民の声を聴くのがねぇ。迷惑なんかじゃないのさ」
いや。雑談も愚痴も業務には含まれては――。考えていると場を仕切るように軽い音が響いた。
其の中心でにこりと笑っている先輩。うーん。強い。
「あの。ここではなんですから、外で十分に口げんかしていただいてよろしいでしょうか? これ以上は他のお客様のご迷惑になりますので」
要約。帰れ。らしい。まぁ、周りから注目されていることは確かなので、恥ずかしくなったのだろう。辺りを見回してから顔を朱に染めたご婦人は『また来るわ』と吐き捨てるようにして足早に店から出ていった。その後ろを慌ただしく追いかけるのは件の嫁だ。去り際に『ご迷惑をお掛けしました』と深々頭を下げて追いかけていく。
「うーん。大丈夫かなぁ?」
「俺たちにできることは無いからねぇ」
そう言ったのはどうやら私のことを見かねてお嫁さんを連れてきてくれた同僚のフィジーだ。近所なのでそれほど連れてくることは難しくなかったようだ。
元々武官を目指していたフィジーさんは此処での警備要員の一人である。
「んなことより、マムが中で発狂しそうだったぜ? ザイール早く行ってやれよ」
あ。ありがとうございます。と小さな声を上げて先輩はぱたぱたと走っていく。うーんこの人妻感は何なのか。ちなみにマムさんも同僚でコミュニケーション能力が著しく低いため厨房に回されていた。以外に向いていると思ったらしく今度の人事希望でシェフを希望するとか。
漸く静かになった店内で私は小さく息を吐いてとんとんと纏めた報告書を整える。俄かに辺りがお通夜の様になったのはきっと気のせいだろう。
「ありがとうございます。フィジーさん。助かりました。言っちゃ悪いですが毎回内容が同じなので壁壁していたんです」
周りに聞こえないように小声で言ってみる。フィジーさんは肩を竦めて見せた。
「まーなー。じゃあさ、お礼ということで、今夜飯いこーぜ?」
「ご飯ですか?」
じっと視線を返せば、照れ臭いのかフィジーさんは視線に視線を逸らされた。
「ん。うまい店があるんだよ。行こうぜ?」
最近のご飯は家で食べることが多い。自炊が好きなわけではなく――家に帰ったらご飯が出来ているというね。簡単に言えば先輩が勝手に上がり込んで勝手にご飯を作って帰っていくのである。
にこにこわらって『趣味だから』と言われれば趣味だからしょうがない、のかな? 一応申し訳ないので食材の代金は払っているけれども。
にしてもなぜ家の鍵を持っているのか心底気になる。まぁ田舎はそんなものだったので良いのか。
いいのかな。
少し考えて私は顔をパッと上げた。
「良いですよ。あ、先――ロウさん誘ってもいいですか?」
明日はお休みだ。
先輩にもたまには休んでいただいて、美味しいご飯は食べていただきたいし。おー。と拳を上げれば死んだ魚のような目で『おー』と返されたのは何故だろうか。ついでに後ろで話を聞いていた同僚も『おー』と手を上げて、さらにフィジーさんの目から光が消えていったのは何故だろうか。




