プロローグ 葬送
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――金があれば、力があれば何だって出来ると思っていた。それで幸せなのだと。
家族を幸せに出来ると、そう思っていたんだ。
肉が焼ける臭いがした。何とも言えない顔を顰めたくなる様な今までに嗅いだことの無いものだった。
ゆらりと顔を上げれば、沢山の他人が地面に伏している。何があったのか、周りにある建物は何かに潰され燃え盛り、それを制するような強い雨が降り注いでいた。悲鳴や怒号さえもかき消すような――。
ちらりと空を見上げれば『晴れなのに』とそんな暢気な事を心の中で呟く。そもそもどうしてこんなところに自分は伏しているのか彼には分からなかった。いや、そんなことよりここ最近の記憶も途切れている。何があったのか。恐らくこの事故に巻き込まれたのだろうと推測した。
家族が心配する。帰らないと。と独り言ちて立とうとしたがここに来てようやく――右腕がないことに気付く。正確には肘から下が消失していた。まるで焼き尽くされたようにその腕の先は炭化して欠片がパラパラと落ちる。自分自身の腕と認識するまでに少しの時間を要したが、その腕を見て発狂しない自分自身が不思議だった。何もかも――外側から見ている感覚であったのだ。
小首を傾げて立とうと膝を付くと地面を踏みしめるようにざりっと音がして彼は顔を上げた。
そこにはフードを目深に被った人間が彼を見下ろすように立っていた。顔など見えない。ただ冬の空を映したかのような青い双眸が影の中で輝いて見える。その目は冷たくて。助ける為に来たわけではない事を彼は悟った。
ぽつりとフードの端から雫が水たまりに落ちる。
――あぁ。ここ迄か。そんなことを思ったのは何故だろう。だがそれが特に寂しいとも苦しいとも思わなかった。やはり外側から見ている。
でも。と彼は口を開く。
「あ、んたは? 俺、帰らないと。妹が待ってんだよ」
思った以上にかすれた声だ。思った以上に声量も小さい。聞こえただろうか。
家族が待っているから、帰りたいのだと伝わっただろうか。何よりも大切な家族が。そこに彼は帰らなければならないこことは分かっている。
目の前にいるその者は少し悲し気に視線を逸らした後でゆらりと彼を見つめた。真っ直ぐに。何もかも見透かすように。
「僕が伝えておくよ。だからもう休むといい――君は頑張ったんだ」
刹那ぐしゃりと彼の身体が地面に崩れ落ちた。正確に言えば支える足が無くなり倒れこんだというのが正しいだろうか。それを冷静にその者は見つめている。何の感情もない。助けようともしない。尤も助けてほしい――とそんな思いが無いのが驚きだったが。
きっと、助からない、のだろう。それが悲しくも何ともない。痛くないからなのだろうか。いまいち現実感にかける。本来であればもっと、もっと足掻くはずの性格だというのにおかしなことだと彼は自嘲し、足に目を向ければ炭化したそれが地面に転がっている。欠片となったそれは水たまりに揺らめいていた。
「あぁ。頼むよ。――妹はさ、賢いんだ。死んだ両親の代わりに学校に行かせてやりたかったんだよな。おらぁ馬鹿だから」
だからこうなっちまったのかと付け加えた。どうせどこかでへまをしたのだろう。覚えていないが。
彼は空を仰いだ。高い、高い空。雨が降っているというのに雲一つない。その青い空に浮かんでするのは小さな島だった。奇跡の島。
浮遊島――かつて竜が住んでいたのだと子供の頃に聞かされただろうか。人に魔法を授けた竜はもう居なくなってしまったけれど、あの島だけは残ったのだという。
いつか行ってみたいというのが彼の夢でもあったが。
ごろんと身体を転がせてそれに左手を伸ばすが、掴めるはずもなく。苦笑を浮かべた。
「何もかも、叶いそうにねぇなぁ――」
いったん息を吸ってから、大きく吐くとその視線だけゆらりとフードの人間に向けた。見上げるように覗き込んだフードの中は驚くほどに人間離れした美しい人だった。天使――なら迎えに来たのだろうかとぼんやりと思うくらいには。さらりと青銅の髪がフードからさらりと糸のように零れ落ちる。
「いけるさ。きっと」
「……あぁ。そうだな」
彼は言うと笑って――炭化していった。周りの検査うとは裏腹にただ静かに。ひっそりと。その青い目だけが彼を見送っていた。




