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7 防波堤

ブレーカーが落ちる前に急いでやるべきことをやるんだ。

次は市役所に電話だ。


「もしもし、失業手当のことなど詳しく知りたいんですが、予約が必要ですか?」

いろいろ話して来週の月曜日に市役所に行くことになった。


電話で詳しく話してもしょうがない。

支援などについては担当の人に会ってから詳しく聞いてみたい。


その方が私は理解しやすいと思う。

今は以前のように普通の会話のスピードについてゆく自信がなくなっている。


会社、母親、市役所と頑張ってかけているうちに、呼吸をするのもしんどくなってしまった。


気がつくと午後3時になっていた。

お昼ご飯も食べていない。


冷蔵庫にプリンがあったので、それだけ食べて歯を磨いた。

この病気のせいだと思うが、食欲は異常なほどなくなっている。


あんなに好きだったプリンを食べるのも仕事のようになってしまった。

味もあまりわからない。


身体がだるい。

でも横になっても休めないことはわかっている。


やろうと思ったことを今日中になんとしてもやる。

食べれていないので、動けなくなってからでは手遅れになる。

そのことも恐れていた。


疲れるだけ疲れたら夜眠ることができるかもしれない。

そしたら少し食べれる気がする。


今日の最後の仕事をする。

明日ではだめだ。

今すぐやるんだ。


計画をしっかり立てたわけじゃない。

正しい判断かどうかもわからない。


でも騒音レベルを下げるんだ!

という内側からの心の声にかけてみたい。


いつもの鞄にタブレットとスマホを入れた。

電車で30分ほどのところに海水浴場がある。

そこへ行くことにした。


誰にも見られないで、ひとりになれる所、そして遠慮なく取り乱せる場所が必要だった。

子供の時から知っているあの海岸しか思いつかなかった。


駅に向かう途中のホームセンターで、小さなハンマーを買う。

今、行動を止めてはできなくなってしまう。

覚悟と迷いが交差する心を引きずって、駅への道を目指していた。


ホームに着くと私を待ってくれていたかのように普通列車が停まっていた。

午後4:30。列車は空いている。


席に座って、これから自分がしようとしていることが裏目に出ることがないように、信じたこともない神に祈りの真似事をした。


海岸が見えてきた...

やるんだ!

やるんだ!

*******


そして、私はあの突発的な破壊計画(第1話~第3話)を、あの海岸の誰もいない防波堤の先端でひとり実行した。


*******

(第3話ラストからの続き)


これでもう誰とも連絡は取れなくなったがこれでいい。


古い命綱に別れを告げた。


もうスマホもタブレットもない。

私には今を生き抜く武器はもうない。

丸腰だ。


時代においてけぼりにされることは覚悟の上だった。


今、思い通りの事を自分のやり方でやり終えた。

夕陽が落ちて暗くなった海岸は私のすべてを見守ってくれた。


誰も近寄らせないで、時を静かに与えてくれた。

この時からこの海岸は私にとって、特別な場所になっていった。


優しくしてくれた海を後にして、駅のホームに向かって砂浜を踏みしめながら歩いた。


スマホとタブレットのかけら達がカバンの中で歩くたびに悲しい無機質な音を立てている。


帰りの電車に乗りこむと、車内には普段通り

ほとんどすべての人がスマホを覗いている。


私は空席には向かわず、ドアの前に立って海岸が見えなくなるまで眺めていた。


(これでいい、これでいい)

と後頭部のあたりからの声が何度も耳の奥でこだましていた。


私はやろうと思っていたことを一気にやり切ったのだ。

私には自分の意思を行動に移す力がまだ残っている事がありがたく思えていた。


海が見えなくなったので、空いている席に座ると、あの牧師の本の別の箇所が突然頭をよぎった。


(恐怖で動けなくなるんじゃない。

動かないから恐怖に捕まってしまうんだ。)


その通りだと心から思った。

行動を起こせば恐れは少し追い出すことができる。


心配は心配する時間がたっぷりある時しかできないんだ。

服に火が燃え移っていたら、消すことだけを考えるはずだ。

そんな時、生活費や支払いのことまで心配できるはずがない。

実感していた。


家に帰って何も考えずにゆっくりするんだと自分に言い聞かす。

今日できることはすべてやった。


少し心が軽くなったと思ったが、普通の気分は20分ももたない。


やはりまだ食事は食べれそうにない。

シャワーも出来ない。


一気に興奮して電話をかけ続けたからかも知れない。

ひどく疲れていた。


タブレットとスマホの件で、心が新しいダメージを受けたのだろうか?

また心は鉛になっている。

固まってしまっている。


今はどうしようもない時だ。

薬に頼るべき時だ。


空腹で薬を飲むのは良くないのでヨーグルトとビスケットを2枚だけ頑張って食べて、そのあとお湯で処方された薬を飲んでみた。


30分ほどしてほんの少しだけ落ち着いた気がするが、気のせいだと思えるくらいの違いだ。

気分はいくらかいいが、不安がすべてなくなるわけではない。


砂利だらけの坂道でボールが引っかかって止まっているような感じだ。

少し風が吹けばまた転げ落ちてしまうような不安定な状態。


医師のアドバイスをよく聞いて薬の副作用を恐れずにちゃんと飲む。

これも私が守ることにしている大切なことだ。


効果は気にしない。

今はそれだけでいい。

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― 新着の感想 ―
確かにゆっくり休むことが必要ですね。お母さんも心配だけど、わかってくれているんでしょう。次には元気な声を聞かせてあげて下さいね。
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