第123話 老人の手紙 ④
日本には信教の自由があるので、私には怒る道理はありません。
私はそっとその場を去り、駅の売店でカップ酒をふたつ買って反対側のあの海岸に行ってひとりで酒を飲みました。
普段私はお酒を飲まないのですが、その時は飲んだのです。
悔しさの持っていき場所がなかったのです。
その日私は海岸に座り、飲みたくもない酒を飲み、沈みゆく夕陽を眺め、真っ暗な夜の海と星、そして朝焼けに輝く空を見ていました。
一晩中あの海岸で過ごしたのです。
アメリカの神に日本人の魂が踏みにじられたようで我慢できなかったのです。
その日の朝、太陽が眩しくなる頃、ぼーっとした頭で帰る途中のことでした。
昨日コーラスしていた女の子たちが教会のクリスマス集会のビラを駅前で配っていたのです。
私は受け取るつもりはありませんでしたが、少し酔っていたせいもあるのでしょう。
受け取ってしまったのです。
でも、彼女たちが見えなくなってから、ビリビリに破いて日本酒の空き瓶が入っていたビニール袋に投げ込みました。
その日は部屋に戻り、服も着替えず、畳の上でそのまま眠ったのです。
起きた時はすでに夕方でした。
ビニール袋から空き瓶を取り出し、残りをそのままゴミ袋に捨てたのです。
その時、ゴミ袋に捨てた教会のビラの切れはしに「日本の名曲もみじ」と書いてあるのがちらっと見えたのです。
故郷と同じくらい私の好きな曲だったので、何が書いてあるのだろうと気になって、袋をひっくり返し、切れはしを繋ぎ合わせてみたのです。
私の身体に衝撃が走りました。
「日本人クリスチャンの代表曲もみじについて」
と書いてあったのです。
何度読んでもそう書いてあるのです。
あのもみじが日本人のクリスチャンによって作曲された?
信じられませんでした。
私が憎んでも憎み足りない日本人クリスチャンがあのもみじを作曲した?
そんなことがあってたまるか!
そう思ったのです。
私は年寄りで若い方のような方法で調べることは出来ません。
翌日、図書館に行って自分で調べてみることにしましたが、何が何処にあるかわからなくて、係の人に助けてもらうことにしたのです。
ノートに
(唱歌のもみじという曲の作曲者の名前が知りたいのですが...それとその人の信仰について知りたいのです)
と書いて若い女性の係の人に見せると、携帯電話ですぐに調べて下さいました。
「岡野貞一さんという方でキリスト教徒だそうです」
と教えてくれました。
八重子に鎮魂歌のつもりで聴かせていたもみじが、八重子が憎んだアメリカの、アメリカ人の信仰するキリスト教と関係があったことに言い表わすことの出来ない悔しさと憤りを感じたのです。
私は全身の力が抜けたようになり、カウンターにもたれかかると、その女性はカウンターから出てきて私を近くの読書するためのテーブルがある席に座らせて下さいました。
でも、それだけでは終わりませんでした。
さらなる痛みが私を襲ってきたのです。
さっきの女性がもう少し詳しくお調べしましたと言って、印刷されたプリントを1枚持ってきてくれたのです。
そこには驚くべきことが書かれてありました。
岡野貞一という人の作った曲がまとめてありました。
プリントにはこう書かれてあったのです。
故郷
朧月夜
春が来た
春の小川
紅葉
日の丸の旗
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犬のおまわりさんとさっちゃんの生みの親
大中恩さんは、熱心なクリスチャンです。
代表曲
犬のおまわりさんの他には
さっちゃん
おなかのへるうた
と書かれてありました。
私が最も憎んだ日本人クリスチャンによって作られた曲で、私は戦後何十年も慰められていたのです。
身体が怒りで震えて止まりませんでした。




