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第121話 老人の手紙 ②

中でも私がいちばん赦せなかったのは、日本人のくせにキリスト教を信じている大人たちでした。


広島の街を焼け野原にし、広島の人間にあんな惨たらしい殺し方をしたアメリカ人...

彼らが信仰している外国の神を信仰する日本人がいちばん赦せませんでした。


日本人の魂を抜き取られてしまった軽蔑すべき人間のクズだと考えていたのです。


そんな時、キリスト教会と書いた板が立てかけてあるボロボロの建物を見つけたのです。


私は中には入らず、建物の壁にもたれて座り、話が終わるのを待ち構えました。


さらなる怒りを燃え上がらせるため、ガソリンを補給したかったんだと思います。


暴力的なことはしませんでしたが、力の限り睨んでやろうと考えていたのてす。


建物の中にはアメリカ人が2人、日本人が5~6人いました。


耳が聞こえないので何を話しているのかは分かりませんが、話が終わり日本人が出てきた時、私は鬼のような形相でその日本人達を今にも飛びかかりそうな目で、一人一人睨みつけていました。


日本が戦争に負けたので、もうアメリカに従って生きていく方が楽だと考えている人達なんだと思っていました。


売国奴とはこういう人間のことだ...そう感じていました。


優しかった父と母が亡くなったことはもちろん悲しいことです。


しかし、一瞬で死ぬ事が出来たのなら私には救いでした。


でも、幼い八重子は変わり果てた姿で、何の治療も薬も与えられず、1カ月も苦しみ抜いて死んでいったのです。


私の怒りの矛先はアメリカはもちろんですが、日本人クリスチャンに向けられていったのです。


助けの手を差し伸ばさなければならない苦しむ同胞の日本人をほったらかしにして、アメリカになびく日本人のキリスト教徒を殺してやりたいほど憎みました。



お菓子をもらって喜ぶ子供達、外国の神を信仰する日本人...


国土を焼き尽くし、命を取り去ってしまう戦争。


それだけではなかった。

生き残った人間の心まで破壊してゆく...


私は何もかもがアメリカにひれ伏してゆく事に我慢がならなかったのです。



戦後2~3年経った頃だったと思います。


宣教師たちは英語教育や救援物資の配布などを通じて社会に深く関わるようになってきたのです。


宣教師らと共に日本人キリスト教徒が布教活動をしていました。


彼らの活動を目にするたび、私は我を失うほど心が掻き乱されました。


私の怒りは八重子の亡霊と一体化して燃え上がったのです。


その怒りで、自分が何をしでかすか分からなくなり、恐ろしくなって布教活動を目にすると逃げ去るようにその場を離れていくようになっていったのです。


私はどうしても外国の神を信仰する日本人の気持ちが理解出来ません。


アメリカ兵よりも日本人クリスチャンの方に強い嫌悪感を感じていました。


その嫌悪感は口では表現出来ないほどで、私が90歳になる頃まで続いたのです。


私は人生のほとんどの期間を怒りの人として過ごしてしまいました。


ご存知のように私はハーモニカが大好きでした。


耳が聞こえなくても唇に伝わる振動が脳の中で変換されてメロディーを楽しめるのです。


健常者が聞こえている音に近い感覚のものだと思います。


中でも唱歌や童謡が大好きで、それらの歌詞とメロディーは敗戦の悔しさと日本人キリスト教徒に対する怒りを鎮めてくれました。


妹八重子のあのアメリカが憎い、アメリカが憎いと言って死んでいった全身大火傷の姿が目に浮かんだり、あの断末魔のような声が聞こえる時、私はあの海岸で故郷やもみじなどを吹いたのです。


そしてそれは八重子に対する鎮魂歌となっていきました...


八重子を思って何十年もこの海岸で鎮魂のハーモニカを捧げてきたのです。


私が90歳になろうとする時のことでした。

衝撃的なことが起きたのです。


それは私にとって天と地がひっくりかえるような出来事でした。


私は怒りに震えて大事にしていたハーモニカをあの海に投げ捨てたのです...

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