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MURA  作者: 月兎


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8.登場人物

8.登場人物


 教室に入ると、私とオト以外の生徒たちはすでに全員、席に着いていた。

「靂」

 教壇には、八歳ほどの外見に設定された背の高い――二メートル近くある――男子小学生風ヒューマノイドが立っていた。彼は冷ややかな視線をこちらに向けて言う。

「遅刻だぞ」

 その声はクールで、どこか無機質だった。

 靂はからかうような表情を浮かべ、両手で猫の手のポーズを取る。すると、教室のスピーカーから「にゃん」と短く鳴く子猫の声が響いた。

 八歳設定の担任らしきヒューマノイドは、顎で教室の奥を示しながら言う。

「早く席に座れ」

 続いて、彼は私の方へ視線を移した。

「転校生は、こっちへ来なさい」

 私はその指示に従って教壇の前へ進み、靂は自分の席へ戻っていった。

 一段高くなった教壇に立つと、担任は言った。

「私は担任の先生だ。名前まで知る必要はない。どこまでも脇役だからね」

「……はい」

 渋々声を出すと、彼は後ろの黒板を、まるでハンコでも押すような勢いでパン、と叩いた。

「名前を書いて、発音も書いて、自己紹介をしてもらおうか」

 私は頷き、黒板に近づいて血のような色のチョークを手に取った。

 乾いているはずのチョークから、ぽたり、と赤い液体が滴る。指先を伝い、手首を流れ、白いワイシャツの袖を染めていく。

 ――ああ、これは。

 十年前、この教室で飛び降り自殺した生徒の血液だ。

 私のセンサーは、その赤血球に刻まれたデータを読み取ってしまった。

 胸の奥が、かすかに軋む。

 その痛みを無視するように歯を食いしばり、私は血の滴るチョークで黒板に文字を刻む。

 果てしない暗黒――まるで宇宙のように広がる黒板に、私の名が刻まれていく。

「磁区黽と言います。名字の読みは“ジク”、名前は“カイ”です」

「磁区?」担任が首をかしげる。「珍しい名字だな」

「そうですか?」私は少し意外だった。「火星では、わりと一般的な名字なんですけど」

「そうか。ここは金星だからな」担任は軽く頷いた。「じゃあ、自己紹介を続けて」

「火星から引っ越してきました。理由は……オーナーに捨てられたからです。正確には、返品されたからです」

 教室の空気がわずかに揺れたが、誰も「なぜ?」とは尋ねてこなかった。

 私は静かに視線を巡らせ、これからクラスメートになるであろう面々を見渡した。

 靂を含めて、生徒は五人。

 机は六つ。そのうち一つが、私のために空いていた。

 広々とした教室にたった六席しかないため、空間には奇妙な静けさと虚無が漂っていた。

 どの生徒も、座り方がどこか奇妙だった。前衛的とも言えるし、単に異様とも言えた。

 私の戸惑いを察したのか、担任が淡々と声を上げる。

「それでは――登場人物を紹介しよう」

 そう言って、教壇から一番前の列、つまり一番近い席に座る女子生徒を指さした。

 教室の天井に吊るされた巨大な人間の目玉型照明が、ぎらりと回転して彼女を照らす。

 まばゆい光が弾け、まるでシャッターが暴力的に切られたような音が鳴り響いた。

 視線が一斉に彼女へ注がれる。

 黒髪は腰まで伸び、毛量は圧倒的。だが艶やかで、手入れの行き届いた絹のような質感をしている。

 顔の半分は髪に隠れ、彼女は頭を四十五度ほど傾けたまま、こめかみを中指で支えていた。

 反対の腕は椅子の背に無造作に垂らし、足を組む姿は、傲慢というより支配的な静けさを帯びていた。

「彼女は出席番号一三七九五番、能力エミちゃんだ」担任が紹介する。「名字の読み方は“ノウリョク”」

 エミは、背もたれにかけていた腕を少しだけ上げ、指で軽くVサインを作って私に向けた。

 ――格好いい女の子のヒューマノイドだな、と私は思った。

 担任は続けて、窓際の席を指さした。

 すると今度は、目玉のようなスポットライトがギラリと、あるいはガラリと音を立ててそちらへ向きを変え、暴力的なまでの光度でその一点を照らし出した。

 まるで衣服を貫き、裸の奥まで透かし見ようとするかのように。

 そこには、男子生徒がいた。

 席には座っていない。

 窓際の――あれだ、窓の枠。

 手すりと言うには少し違う、あの部分に腰を下ろしていた。

 足を三角形にして片膝を立て、もう一方の足を床の方へぶら下げている。窓際に座るときの、あの典型的な姿勢だ。

 腕は立てた膝の上に乗せ、顔にはどこか憂いを帯びた、ひどくセンチメンタルな表情を浮かべている。男子高校生型のヒューマノイドロボット。

 かなりの美形で、その顔からは光が漏れ出しているようにも見えた。私は思わず視線を逸らした。いや、逸らさずにはいられなかった。

「彼は、時計リュウ君。名字の発音は“トケイ”だ」

 担任が紹介すると、時計リュウはまるで時計の針のように、正確な間隔で――0.000001秒ずつ――ゆっくりと首を私の方へ回し、やがて0.000005秒が経過したその瞬間、私と目を合わせた。

 思わず私は視覚センサーの焦点を拡大して、彼の目を見つめた。

 爬虫類のような、縦長の瞳孔。その奥で、緑の炎がギラギラと燃えている。まるで地獄の入り口を思わせるような、揺らめく火柱――そんな印象だった。

 続いて担任は三人目を指差した。

 目玉のライトがそちらへ滑っていき、またも強い光で照らし出す。

 そこには二人、並んでいた。

 双子だ。二卵性双生児。

 座っているのが弟の男の子。その後ろに立ち、片手を弟の肩にそっと置いているのが姉の女の子。

 二人はまるで家族写真か証明写真の撮影でもしているような、フォーマルでかしこまった姿勢を保っていた。

 私がカメラマンになったかのように、二人はまっすぐに私を見つめ、その視線を微動だにさせず、これから永遠に残る写真のために、わざと完璧な笑顔を浮かべていた。

「座っている方がピクセル・ヒカル君。弟だ」

 担任が説明する。

「そして後ろで弟の肩に手を置いているのが、ピクセル・ヒカリ君。ヒカル君の姉だ。ヒカル君より0.000000078秒早く生産された」

「名字がピクセル……ですか?」

 私が尋ねると、担任はうなずいた。

「二人は帰国子女だ」

「どこから?」

「アンドロメダ銀河だよ。どの星かまでは分からない。話してくれないんだ」

 紹介が終わると、二人はまるで長い撮影を終えたアイドルのように表情を緩め、硬かった姿勢を解いた。

 そして互いを見つめ合い、キスをした。

 それは激しくも淫らでもなく、ただ甘いアイスをなめ合うような、ひどく甘ったるいスイーツキスだった。

 思わず見入っていると、担任が手にした教鞭で黒板を叩き、私を現実に引き戻した。

「あまりじろじろ見るんじゃない」担任が言う。「お前まで溶けてしまうぞ」

 意味は分からなかったが、聞き返すこともなく、私は先生の言葉に従って視線を外した。次の順番を待つ。

 次はいよいよ、靂の番だった。

 先生は靂の方を指差した。

 だが、スポットライトの目玉は動かない。彼女の方を照らそうとしなかった。

 まるで無視するかのように、ピクセル姉弟の方をぶらぶらとした視線で舐めるように見つめ続けている。

 靂は教室の後ろ、入り口近くの、まるで捨てられたかのようにぽつんと置かれた机に座っていた。

 うつむいたまま、本を読んでいるふりをしている。

 その本を透視して見ると、タイトルもなく、全てのページが白紙だった。

 それとも白紙の中で想像力を働かせて、新しい形の読書をしているのか。

 どちらにせよ、一つだけははっきりしていた。

 彼女は本など読みたくもないのに、一生懸命読んでいるふりをしているだけだった。

 そのとき、担任の声が静かに割り込んできた。

「彼女は電流靂。名字はデンリュウ、名前はオトだ。そして、クラスのみんなからいじめを受けている」

「……」

 私は、信じられないふりをした方がいいと思い、わざと目を丸くして担任をにらんだ。

「それ、担任が堂々と言うセリフですか?」

 まあ、こんな反応が普通なのだろうと、CPU的に計算してから尋ねてみると、先生が説明を付け加えた。

「仕方がないんだ。クラスメートたちも、彼女をいじめたくていじめているわけじゃない。無視したくて無視しているわけでもない」

「じゃあ、なんで?」

 その瞬間、担任の顔色が黒く濁り、次第に――まるでこの村の深夜の空のように――赤く染まっていった。

 その表情は悲しみにも見えたが、その奥底には、抑えきれない憤怒の気配があった。

「彼女が、今回この村の“いけにえ”として当選されたからだよ」

「……いけにえ?」

 私が関心を隠さず尋ねると、先生は答えず、代わりに私を指差した。

 まるで「すべてはお前のせいだ」と言うように。

 指先は0.001ナノメートルの差で、私の鼻先に触れそうなほど近づいた。

 その瞬間、靂の方を照らしていたスポットライトの“目玉”が、待ってましたとばかりにギラリとこちらを向いた。

 今までで最も強烈な直射光――体中が焼けて溶けてしまいそうな光――が、私を直撃する。

 私は思わず、アルベール・カミュの『異邦人』の主人公になったような気分になり、まぶしい太陽を避けるように手をかざした。

 すると、担任が言った。

「君は、磁区黽。名字はジク、名前はカイ。そして――この物語の謎の転校生であり、主人公だ」

 否定する気にはなれなかった。

 担任は指をゆっくりと動かし、教室の中央を指した。そこには、一つだけぽつんと空席があった。

「あそこが、君の席だ」

 私は軽く礼をして、席へ向かった。

 歩み寄りながら、机を見つめる。

 席の前に立ち、椅子を引こうとした――が、その瞬間、直感が働いた。

「座ってはいけない」

 私は机の縁に指を伸ばし、ゆっくりとなぞった。

 埃一つない、完璧に磨かれた新品の机。

 その清潔さが、かえって不気味だった。

 突如、どうしようもない衝動が湧き上がる。

 私は椅子を勢いよく倒し、机を両手で持ち上げた。

 まるでこれから岩を投げつけて、誰かを粉砕しようとするように。

 そして、そのまま窓際へ駆け寄り、机を外へ投げつけた。

 机は勢いよくガラスを突き破り、派手な音を立てて空中へ舞い上がった。

 光を反射しながら回転し、きらきらと破片を散らしつつ、ゆっくりと――けれど確実に――落下していく。

 落ちていくあいだ、その光景はまるで、重力に従う彗星のように見えた。

 教室を見渡す。

 意外にも、誰一人として驚いていなかった。

 私の方を見てもいない。まるで展示物のように、皆が“元の空気”を保っていた。

 ただ一人、靂だけが私を見ていた。

 その視線が妙に可愛らしくて、私は思わず口角をわずかに上げた。

 暴力の衝動が、ふっと鎮まっていく。

 次の瞬間、担任が教壇を教鞭で二度、強く叩いた。

 まるで裁判官がハンマーで審判を下すように。

 それきり問答無用、という表情で先生は教科書を閉じ、手に取る。

 そして淡々と宣言した。

「登場人物紹介、終了」

 全員が一斉に起立し、礼をした。

 先生は教室を出ながら、ぽつりとつぶやく。

「気をつけて帰りな」

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