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MURA  作者: 月兎


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5.村立深夜高等学校

5.村立深夜高等学校


「村を案内してくれる?」

 私の唐突な頼みに、靂は音もなく頷くと、くるりと向きを変えて歩き出した。

 私はその後ろに続く。

 こうして、二人の散歩が始まった。

「行きたい場所とかある?」

「いや、特にないから、君に任せようと思って」

「そう」

 靂はほんの少し考えるような表情を浮かべた。

 まるで、建築士が新しい街の設計図を頭の中で描くように。

 わずか〇・〇〇四五秒ほどの沈黙の後、彼女が口を開いた。

「君、男子高校生という設定でしょ?その制服、そう見えるけど」

「まあね。大量生産型だし、無難にそういう設定にしておこうと思ってる」

「じゃあ、この村でも学校に通うことになるね」

「うん、そうするしかない。設定されてるから」

「それなら、学校を案内してあげる」

 こうして、私はこの村で通うことになる学校へ向かうことになった。

 道のりは、最初こそ裏山の気配が薄れ、田んぼがゆるやかに途切れていく。

 やがて、整然とした畑が、少しずつ濁った沼地へと変わっていった。

 そこから先には、いくつかの建物が見える。

 どれも、かつて“昭和”と呼ばれた時代を思わせる古びた家々だ。

 外壁のヒビ、錆びたトタン屋根、かすれた看板――

 それらが逆に、この村の時間の濃度を漂わせている。

 まるで、炊きたてのご飯の湯気のように、懐かしさの香りが立ち上っていた。

 小さな通りを抜けると、川が現れる。

 橋を渡る。

 水面はエメラルド色に輝いていたが、それは美しいというよりも、有毒な美しさだった。

 ――硫酸に近い。

 ヒューマノイドの外装なら耐えられるが、人間なら一瞬で焼ける。

 そんな液体が流れている。

 その川を渡ると、すぐに見えてきた。

 門の上の看板には、こう書かれていた。

 村立深夜高等学校。

 私は顔を上げて見つめる。

 その上空では、漆黒の羽を広げたカラスたちが群れを成し、鋭い赤い眼光でこちらを見下ろしていた。

 泣き声は、カラスの鳴き声ではなかった。

 まるで、体内に取り込んではいけない毒物を無理やり吐き出すような――

 そんな、断末魔のような奇声だった。

「……なんか、入るなって言われてる気がするんだけど」

 靂は気にした様子もなく、むしろ愛らしい何かを見つけたような顔で微笑むと、カラスたちに手を振った。

 それから、同じ笑顔をこちらに向けて言う。

「入ろう?」

「入っていいの?」

 思わず足が止まる。

 しかし、靂は小さく頷いた。

「もちろん。ここは二十四時間開いてるの。深夜でも入れるし、深夜に活動する部活のほうが多いくらい」

「なんでそんなシステムなの?」

「だって、“深夜学校”だから」

「……名前じゃなくて、実際に深夜に授業があるの?」

「そう。名前でもあり、システムでもある」

「ってことは、夜になったら登校しなきゃいけないってこと?」

「うん。この村のヒューマノイドたちは夜行性だしね。昼間はほとんど活動しないよ」

「そうか……」

 靂が軽く首をかしげて言う。

「黽くんはどう?朝型っぽく見えるけど、夜の生活リズムに慣れそう?」

「大丈夫だと思う」

 私は説明する。

「火星にいた頃、“トロピカル・ナイト・シティ”っていう、永遠に夜が続く都市で暮らしてたから。夜の方が落ち着く」

「それは良かった」

 そう言って、靂は校門をくぐる。

 私もその後ろに続いた。

 校庭――いや、グラウンドと呼ぶには奇妙すぎる空間が、目の前に広がる。

 芝生の代わりに、一面に咲き誇るのは黒に近い群青のバラ。

 花弁は艶やかに光を反射し、その茎には鋭い棘が無数に生えている。

 まるで運動場全体が、満開の茨に覆われた“棘の園”のようだった。

 校舎へと続く並木道は、対照的に整然としていた。

 白い大理石が敷かれ、両脇には手入れの行き届いた西洋風の樹木が並んでいる。

 まるでビクトリア時代の宮廷庭園。

 静寂の中に、完璧な秩序と冷ややかな美が漂っていた。

 私は思わず息をのむ。

 この村の名に似合わぬほど、そこは――奇麗で、不気味な場所だった。

 そこをさらに奥へ進むと、やがて目の前に現れたのは――まるで、かつては華やかに栄えていたが、今はすっかり忘れ去られた観光地の中心にひっそり残る“本丸”のような建物だった。

 古城のようでもあり、貴族の館のようでもある。

 重厚なアーチ状の玄関、割れたステンドグラス、錆びた鉄の門扉。

 それでも、どこか気品がある。

 風に触れるたび、崩れかけた装飾がわずかに軋み、かつての栄光をかすかに囁いているようだった。

 ――ここが校舎か。

 そう思いながら周囲を見渡すと、視界のあちこちに“黒い影”が揺れていた。

 人の形をした黒い影たち。

 けれど、それが人間の影なのか、人形なのか、ヒューマノイドロボットなのか、それともただの幻影なのか、まったく判別がつかない。

「あれ、何?」

 私は指をさして尋ねた。

 校庭を歩く影。

 黒薔薇の運動場でサッカーをしている影。

 ドローンを飛ばしている影。

 ベンチに座って弁当を食べている影。

 読書をしている影。

 どれも“生きている”ように見えるのに、そこには実体のない虚ろさがあった。

 靂は当然のように答える。

「この学校の生徒たちだよ。でも、リアルタイムじゃない」

「リアルタイムじゃないって……。どういう意味?」

 意味が掴めず、声が少し苛立つ。

 それでも、靂は穏やかに説明を続けた。

「あの影たちはね、“県立第六十五中天高等学校”の生徒たちなの。その学校の“裏側”が、ここ――村立深夜高等学校なんだ」

「……余計わからない」

 眉をひそめる私に、靂はさらに説明を重ねる。

「わかりやすく言うなら、県立第六十五中天高等学校が“本体”で、村立深夜高等学校はその“影”って感じかな」

 私は完全に理解できなかったが、納得したふりをしてみせた。

「つまり、ここから見える影たちは本校の生徒たちで、私たちは分校の生徒。じゃ、あっちから見れば、今度は私たちが“影”に見えるの?」

「その通り。理解力あるね、黽くん。最新モデルでしょ?」

「まあね。火星では最新型だったけど、金星じゃどうだか」

「火星で最新なら、ここじゃ未来技術だよ」

 靂は親指を立てて笑う。

「金星のソフトウェアは、火星の百年遅れだから」

「でも、ハードウェア面では金星の方が進んでるじゃないか」

「まあ、それは確かに」

 軽い冗談を交わしながらも、私はあの“影たち”を見つめ続けた。

 ――火星を離れてきたことを、ふと寂しく感じる。

 だがその感情を自覚した途端、私は意識的に視線を逸らした。

「それでね」

 靂の声が続く。

「あの影たちは、百年以上前に本校を通っていた生徒たちなの」

「だから“リアルタイムじゃない”って言ったんだね」

「そう。たとえば……」

 靂は少しだけ間を置いてから言葉を選んだ。

「遠い星の光が、何光年もかけて地球に届くように。あの影たちは、百年前の“光”なんだよ。もう存在しない本校の生徒たちの残像が、時間を超えて今、ここに投影されてるの」

 その言葉の余韻が消えるより早く、突如として校内スピーカーから音が鳴り響いた。

 チャイム――いや、サイレンに近い不吉な音。

「もう授業が始まっちゃう」

 靂が言う。

「え、もう深夜なのか?」

 私は思わず空を見上げた。

 いつの間にか空は、濃い紫に染まりきっていた。

 真夜中。

 無数の赤い星屑が、まるで興奮した人間の血管を走る赤血球のように、光の脈動を放っている。

 やがて、その紫がゆっくりと赤に変わり始めた。

 それでも、不思議と暗い。

 赤いのに、黒くないのに、確かに暗い。

 ――暗いというのは、黒のことではないのだ。

 私はこの村立深夜高等学校の校庭で、それを初めて学んだ。

「ちゃんと夜だな……」

 思わず、独り言のように呟く。

 その瞬間、ぽつり――

 何かが鼻先を叩いた。

 見上げると、空から雨が降っていた。

 赤い、血のような雨だった。

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