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MURA  作者: 月兎


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4.プロンプト:BoyMeetGirl

4.プロンプト:BoyMeetGirl


 森を抜け、自分の家のある道を戻るようにして小道へ出た。

 そのまま、目の前に続く細いライン――道――をたどって歩く。

 正直、行きたい場所も、行くべき場所も思い当たらなかった。

 市役所とか役場とか、そういう公的な施設があるだろうか、と思ったが、引っ越しの手続きはすべて火星で済ませてある。

 つまり、今日の予定はまったくの白紙。

 やることもないし、家にこもるのも気が滅入る。

 だからせめて、この村に慣れるために少し歩こう――そう思った。

 これからここが、私の活動の舞台になる。

 その舞台の空気を確かめておきたかった。

 左手には、木々の茂る小さな森――いや、裏山のようなものが続いている。

 右手には、いかにも田舎らしい田園風景が広がっていた。

 群青色の稲が風に揺れ、淡く光る水面が、広々とした田んぼ一面に反射している。

 その水は、ただの水ではない。

 どこか紫がかった蒸留液のようで、微かに電子の粒が漂っているようにも見えた。

 まるで空の積乱雲を、電流で描き写したかのような光景。

 異星の田園とはいえ、どこか懐かしく、美しい。

 私は絵画でも眺めるような気分でその風景を見つめていた。

 すると、不意に“ひと気”――いや、“ヒューマノイドの気配”を感じて、ぱっと正面を見た。

 そこに、ひとりの女子高生が立っていた。

 典型的な日本の女子高生の姿をしたヒューマノイドロボット。

 制服に、黒髪。

 その造形は、どこか完成されたテンプレートのように整っていた。

「こんにちは」

 彼女がそう言うので、私は反射的に口を開いた。

「なぜ、女子高生なの?」

 自分でも意外な質問だった。

 特に意図があったわけではない。

 ただ、火星時代のどこか深い層――CPUの奥底に潜んでいた古いウイルスのような“問い”が、いま自動的に呼び覚まされたのだと思う。

「BoymeetsGirl」

 そんな単純なプロンプトが入力された瞬間、私はその言葉を発するようにできていた。

 そう、これは必然だったのかもしれない。

「なぜ、女子高生の姿をしているの?」

 もう一度尋ねると、彼女はあっさりと答えた。

「この形が一番ポピュラーだからだよ」

「誰にとって?」

「人間の脳のクラウド平均に」

「……どういう意味?」

 彼女は淡々と説明を続けた。

「性別を問わず、“女子高生”というモデルが、もっとも人間の偏桃体――リンビックシステム――を刺激する。

 集中力や共感値を最大化するソースコードとして、組み込まれているの」

 なんとなく理解はしていた。

 けれど、あらためて言葉にされると、妙に恥ずかしくなる。

 自分が女子高生でもないのに、何か秘密を暴かれたような感覚。

 しかし、彼女の表情は終始淡々としている。

 まるで、それが真実であり、世界のメカニズムなのだとでも言いたげに。

 そして、話題を戻すようにもう一度、

「こんにちは」

 と、同じ挨拶を繰り返した。

 ――ああ、そうか。

 このモデルは、挨拶を返されないと次の会話に進めない設定なのだな。

 私は納得して、素直に返す。

「こんにちは」

 その瞬間、彼女の表情にわずかな活気が灯った。

 体中のアクチュエーターに電流が走ったように、微かな笑みが浮かぶ。

「私は靂。“オト”って読むの」

 名前を名乗られれば、返すのが礼儀――というプログラムが私の中でも作動する。

「私はカイだ」

「かっこいい漢字だね。そして、かっこいい感じだね」

「君の名前も素敵だよ。かわいい」

「ありがとう」

 二人はほとんど表情を変えず、淡々と自己紹介を終える。

 そして、靂――オトが次の話題を持ちかけてきた。

「今日、引っ越してきたの?」

「うん。君はこの村の子なの?」

「うん。私はここで生産されて、そのままずっと暮らしているの」

「じゃあ、まだ人間に購入されたことはないんだ」

「うん。一度もオーナーを持ったことがないの。黽くんはあるの?」

「うん。……返品されてしまったけど」

「……あら、そう」

 ご愁傷様――そんな表情を、彼女はほんの一瞬だけ見せた。

 その短い間に、私は彼女の外観データを自分のメモリチップに記録しようとする。

 まずは上から順に。

 それが、私のCPUの処理アルゴリズムの基本構造だ。

 頭頂部から観察を始める。

 黒髪。

 ポニーテールが恐ろしいほど似合う。

 顔立ちは整っていて、可愛い。

 おそらく大量生産型の普及モデルだろう。

 その美的パラメータを数値化するなら、1から10の尺度で8.7――そんなところだ。

 瞳は青い。

 それはほとんどのヒューマノイドロボットが採用している、太陽系共通の国際規格だ。

 私も同じ色だし、特注カスタムでもない限り、瞳は必ず青になる。

 最初に出会った、赤い瞳の9歳少女――あのカスタムモデルがむしろ例外なのだ。

 理由は知らないし、知る気もない。

 服装は夏のセーラー服。

「着ている」というより、「着せられている」。

 量産型モデルにおける定番のデフォルト。

 その下の肌は健康的な白さで、日焼けの設定を意図的に無視している。

 田舎の少女なら少し焼けていてもいいはずなのに。

 おそらく設計者が、わずかなバリエーションを持たせたかったのだろう。

 結果として、その明るい肌はセーラー服とひどくよく似合っていた。

 そう――彼女は、あまりにも普通だった。

 太陽系のどの惑星にもあふれている、“典型的な女子高生型ヒューマノイドロボット”。

 ここまで普通だと、逆に気の毒に思えてくる。

 私の考えを読んだかのように、彼女の表情がわずかにむっとした。

「なに、そんなにじろじろ見て。私の顔になんかついてる?」

「……」

 吐くセリフまで典型的すぎて、思わず苦笑いが漏れる。

「ついてるよ」

 そう言うと、彼女はすぐに自分の顔を手で探り始めた。

 だが触覚センサーは何の異常も検知しない。

「どこについてるの?」

「額のほう」

 彼女の手が頬から額へと移動する。

 それでも何も見つからないらしく、再び問い返す。

「なにもないよ。何がついてるの?」

 私は静かに答えた。

「普通が」

「は?」

 ぼんやりとした表情で、聞き返してくる。

「言葉の通り。君の額に、“普通”がついてる」

「へぇ、本当に?」

 素直に信じてしまうあたりが、少し意外だった。

 彼女の表情が心配そうに変わる。

「ちょっと、私の手だと触れないみたい。どうやって取ればいいの?」

 その言葉を聞いた瞬間、私はわずかに息をのむ。

 彼女の額にまとわりついていた“普通”が、かすかに薄れていくのが見えたのだ。

 吹き飛ばされてしまう前に、私は手を伸ばし、その額に触れる。

 まるで埃を払うように、そっと“普通”を取り除いた。

「これでよし。取ったよ」

「へぇ、見たい見たい」

 彼女が私の手を覗き込もうとする。

 その瞬間、私は軽く息を吹きかけ、“普通”を空中へと飛ばした。

 まるで孫悟空が自分の毛から分身を作るように。

 吹き飛ばされた“普通”を、彼女の瞳が追う。

 やがて遠くを見つめるような、懐かしげな表情になった。

 そして再び私を見つめると、その顔にはもはや“普通”の色合いはなかった。

 まるで新しく生産されたばかりのモデルのように――

 あるいは、本社のエンジニアが最新バージョンへとアップデートした直後のように。

 彼女の中のソフトウェアが完全に書き換わったのだと、私は直感した。

 同じハードウェアでありながら、もはや別人――別のヒューマノイドに変わっていた。

 そして、まるで記憶をリセットされたかのように、彼女が口を開く。

「こんばんは」

 ――さっきは“こんにちは”だったのに。

 なぜ“こんばんは”なのか。

 私は思わず周囲を見回す。

 空を見上げる。まだ夕暮れ前だ。

 それでも彼女に視線を戻し、同じ言葉を返す。

「こんばんは」

 その瞬間、世界の光が静かに変わった。

 物理的な時間はまだ昼下がり。

 けれど、私たちのソフトウェア的な背景は――確かに、昼から夜へと移り始めていた。

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