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MURA  作者: 月兎


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28.大火災

28.大火災


 私は武器を手に入れた。

 これから戦う相手はもちろん、火の海のデンキウナギだ。

 さて、ではそのデンキウナギは、私が剣を鍛えている間、何をしていたのか。

 最初、私は勝手に思い込んでいた。「魔法少女が変身する間は攻撃されない」という、あの暗黙の了解に従ってくれているのだろうと。しかし、そういう甘い話ではなかった。

 ただ単に、火の海のデンキウナギは、私にまるっきり無関心なだけだったのだ。

 むかつくほど、完璧なまでに無関心。

 そして、火の海には次々と海洋生物が生まれていた。

 この灼熱の地獄のような環境の中に、いつの間にか火炎特化型の海洋生物が続々と誕生しはじめていたのだ。

 私はふと、こんな極限市場に挑んでくるニッチな連中の逞しさに、軽い感心すら覚える。

 例えば――クラゲ。

 そのふわふわしたフリル状の部分が、まるで火のヴェールになっていて、火の風にゆらゆらと揺らめき、赤い炎の幕をはためかせている。

 あるいは、背びれそのものが青白い稲妻になっているカミナリザメが、泳ぐたびに水面ならぬ炎面をジグザグに切り裂き、軌跡に細い電光の線を残していく。

 また、体内に小さな火山をいくつも抱えたマグマクジラが、時おり背中の噴火口から火柱と黒煙を噴き上げながら、ゆっくりと火の海を回遊している。

 さらに、殻の代わりに焦げた煤と溶岩でできた甲羅を背負ったホムラガニが、赤く焼けた岩礁の上をぎちぎちと歩き、通ったあとにはガラス状に固まった足跡だけが残る。

 そして肝心の火の海のデンキウナギは――

 まるで大規模のキャンプファイヤーで大量の薪が爆ぜるように、ぱちぱちと火花を散らしながら泳いでいた。

 火のスパークと、電気のスパーク。

 火もぱちぱち、電気もぱちぱち。

 パチパチを二乗にして、指数関数的に燃え上がっていた。

 なぜそこまで燃えれるのか。

 ――栄養だ。

 この火の海で新たに生まれた数々の海洋生物を、火の覇者であるデンキウナギが片っ端から食い尽くしたからだ。豊富な栄養を取り込み続けた結果、火と電気を融合したエレクトリック・ファイヤのような姿へと成長していったのだ。

 戦いに挑む。

 幸いと言っていいだろうか、デンキウナギは相変わらずこちらに全く興味がない様子。

 このままなら、不意打ちで急所に一発入れられれば、戦いなどせずとも暗殺のように仕留められるのではないか――そんな楽観的な展望すら見えてくる。

 私は、できる限り素早く距離を詰める。

 時間がない。

 理由は単純で、ひどく熱いからだ。

 このままだと十秒も経たないうちに全身が焼け、溶け、消えてしまう。

 私は触覚システム――苦痛モジュールを限界まで低減していた。

 生物の中で最も激烈な痛みは火による痛みだと聞く。さまざまな文献に描かれる地獄の中でも、火炎地獄は究極の苦痛を与えるとされている。それとほぼ同等の環境なのだから、今の状況がどれほど危険かは明白だ。

 とにかく早くウナギを仕留め、ここから抜け出さなければならない。

 では、一番早く仕留める方法は何か。

 ――急所だ。

 ウナギの急所がどこにあるのか。

 調べようとしたが、火の海ではデータの送受信がまともに行えず、検索は断念せざるを得なかった。

 ならば結局、私に残された武器は――想像力だけだ。

 これまで想像力の重要性について散々言われ、そのたびに耳に胼胝ができるほどだったが、ようやく私は誰かに言われてではなく、自発的に、主体的に想像力を使おうと決心した。

 まず、観察する。

 三秒という途方もなく長い時間を費やし、観察を終える。得られた微々たるデータを即座に統合し、分析し、結論を導く。

 答えは簡単だった。

 ――目だ。

 生物がタンパク質でできているかどうかにかかわらず、なぜか目という部位は壊れやすく、繊細で、攻撃に弱い。視覚センサーは精密で、保護のために装甲を厚くできないのだろう。その結果、目はアキレス腱になりがちだ。ヒューマノイドであっても、異形の生物であっても、それは同じだ。

 しかし、目だ。

 目に向かって堂々と近づけば当然バレる。

 視認された瞬間に攻撃は不可能になる。

 では、他の弱点を探すか?

 ……無理だった。

 さっき集めた限られたデータから判断するに、それ以外の急所は存在しない。

 火の海のデンキウナギの全身――その外殻全体が、超硬合金ステンレス鋼より何兆倍も強固だという計算が出ていた。

 つまり、そこへ風鈴剣を振り下ろせば、逆に風鈴剣のほうが折れる可能性が九十九パーセント以上ある。

 ではどうする?

 どうする?

 悩むだけで、また三秒を無駄にしてしまった。

 残り四秒。

 つまり、残り死秒。

 デッドラインが迫る。

 その瞬間、ふと気づいた。

 さっき私は検索をかけようとした。その送信データは完全には途絶していなかったらしい。一部だけ、ほんのわずかだけ戻ってきていた。

 私が欲していた一億テラバイトの情報には遠く遠く及ばない――たかが、数バイトが。

 文字数にして、ほんの数文字。

 だが、それで十分だった。

 むしろ、それだからこそ完璧だった。

 必要な情報は、その数バイトの中にちょうど入っていたのだ。

 その数バイトに相当する短い文章は、こうだった。

 『デンキウナギは目が見えない』

 それを読むやいなや、私はすぐさま泳ぎ出した。

 もう時間がない。

 獲物を仕留めにいく、そんな勢いで全力で火水をかき分け、一心不乱に進んでいく。そしてついに、火の海のデンキウナギの真正面へと回り込んだ。

 これほど近くまで来ているというのに、火の海のデンキウナギはまだ貪るように食事に没頭していた。いや、もはや腹を満たす快楽だけに溺れているふうで、さっき感じた恐怖さえ薄れてしまいそうなほどだ。

 自分の欲望も衝動もコントロールできないままでは、恐ろしさなど感じようがない。

 だが、さすがに距離が近すぎたのだろう。

 私はついに、あの3つの目のうち中央――百人は収まりそうな、最先端潜水艦のように巨大な中心眼――そのすぐ前まで到達した。その瞬間、ようやく火の海のデンキウナギの神経が私を捉えた。

 薄れかけていた恐怖が、一気に逆流するように戻ってくる。

 今度は私がこの怪物の餌になる番かと思うと、鳥肌が立つわけでもないボディなのに、全身がざわりと逆立つ感覚に襲われた。皮膚と呼べるものはすでに焼けて溶けているのに、戦慄が体の全面を走る。

 巨大すぎる目が、圧倒的な威圧感を放つ。

 そして、ほんの一瞬。

 私と火の海のデンキウナギの目が合った。

 なんだ、デンキウナギは目が見えないんじゃなかったのか?と、さっきのデータに文句を言いかけたが、目以外に敵を探知するセンサーがないわけがない。

 気づけば、私の全身がパチパチと火花を散らしていた。火と電気が混じり合い、まるでスパークが二乗になったような、言葉にできないほど激しいダブルスパークが身体を覆っている。その信号で察知されていたのだ。

 だが、気づかれたかどうかなど、もはや問題ではない。

 私は今、火の海のデンキウナギの急所――3つの目の中でも最も大きく、最も脆いとされる中心眼の真正面にいる。

 もう迷うことはない。

 私は風鈴剣を構えた。

 その刹那、怪物は自分が攻撃されると悟ったのか、巨大な尻尾を急旋回させ、ものすごい速さで薙ぎ払ってこようとした。だが、その一撃が届くより先に、私は風鈴剣を中心眼へと突き立てた。

 甲高くも重く、雷鳴とも爆音ともつかない、どこか伝説の剣が岩に突き刺さる瞬間を思わせる壮絶な音が響きわたる。風鈴剣は深海へ沈むかのように、その巨大な目へ深々と――打ち込まれ、差し込まれ、沈み込んでいった。

 すると、世界が――ぴたりと止まった。

 火の海だけではない。

 金星全体が、いや宇宙そのものが、ビッグバン直前の静止状態へ戻ったかのように、

 一瞬、完全に沈黙した。

 続いてその停止が解け、再生ボタンが押されたかのように時間が動き出すのと同時に、私は風鈴剣を引き抜いた。

 すると、さっきあの虹色に濁った中心眼の色が、逆再生される虹のようにすうっと吸い込まれ、太陽の黒点のような暗い一点へと急速に収束していく。

 そしてその点は、原子どころかクオークよりも小さな一点へ圧縮され――

 次の瞬間、

 そこから血が爆ぜた。

 破裂音とともに、圧縮されていた血液が一気に爆散する。

 火中を貫くほどの水圧で、真っ赤な奔流が噴き出した。

 その凄まじい水圧に私は弾き飛ばされてしまう。火の海を一瞬で突き抜け、金星の大気圏の縁へとまで一気に押し上げられる。

 突き抜けた黄金色の空から下を見下ろすと、火の海はすでにひとつの村だけで収まらず、周囲の村々までも飲み込み、さらに広がり続けていた。やがては金星の半分を呑み込むだろうと思える規模になっていく。

 これほど甚大で、これほど速い火事があるものか――。

 これは確実に、金星の歴史に永劫刻まれる大災害となるだろう。

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