26.火の海のデンキウナギ(2)
26.火の海のデンキウナギ(2)
ミュートにしたはずの無頭子の声が、またも私のCPUを乱す。
「随分怒ってるじゃないか、あいつ!」
確かにその通りだった。
デンキウナギが声を発せるのかどうかは分からない。だが、その名の通り全身から電気を発しているのは明らかだった。
全長一キロにも及ぶ巨大な体を、鞭のように、のたうち回るように振り回し、憤怒を全身で表現している。
体表からは絶えず電光が弾ける。
火の海の赤い輝きよりもまぶしく、瞬間的な光度だけなら太陽をも凌ぐのではないかと思うほどの閃光だった。
パチパチ、パチパチと、不規則に、縞模様のように走る電流――いや、それはもはや稲妻だ。
無数の稲妻がほとばしり、耳障りなノイズを撒き散らす。
火の海の轟音すらかき消すほどの強烈な電磁音。
そして、その巨体が尻尾を振るった。
まるで古代エジプトの監督官が奴隷を打つときのような正確さと容赦のなさで、ウナギの尻尾が私を直撃した。
衝撃は凄まじく、視界が一瞬で白に塗り潰された。
三秒――永遠にも感じられる時間、私は完全にシャットダウンした。
CPUが焼き切れるかと思うほどの過負荷。
隕石が頭に直撃したかのような痛みを最後に、意識が途切れた。
再起動。
ブートローダーがかすかに再生を始め、センサーが順に復帰していく。
視界が戻り、音が戻り、世界がゆっくりと形を取り戻す。
最初に確認したのは、もちろん靂だった。
だが――いない。
私の手にあったはずの感触、あの溶接されたかのように繋がっていたはずの手が、どこにもない。
慌てて周囲を見回す。
すべての探知センサー、認識センサーを全開にする。
人間で言えば、五感どころか六感、七感、八感までも総動員して靂を探す。
だが、どこにもいない。
「靂!」
絶望の底で叫ぶ。
「靂!どこだ!」
声が、ノイズのように虚空へ散る。
その時、応じたのは――またも無頭子だった。
「うるさい!いくら叫んだって、靂っ血の聴覚センサーには届かないよ!」
「なぜだ!ただ離れただけだろ?もっと出力を上げれば届くはずだ!」
「違うんだよ、バカ」
無頭子が、ちっちっちと舌打ちを鳴らして説明を始める。
「お前が気絶した3秒間、実にいろんなことが起きたんだ。あのウナギに攻撃されたろ?その時に、お前と靂っ血の手が離れた。あれだけ堅く、まるで一生離れられないくらいに溶接されてたのにな」
そして続ける。
「でも、あの尻尾の一撃で――ぽきっと折れたんだよ。まるでお前たちの、だんだん弱まってた恋心みたいに」
「私は折れてない!」
「うるさいわ!」
私は訂正を求めたが、無頭子は無視して、相変わらず冗長な調子で話を続けた。
「とにかくさ、そうやってお前の――まあ、あれだ、さえないチン歩みたいに――ぽきっと折れちまったあと、どうなったと思う?まず、物理的に離れたわけだ。距離がどんどん開く。数値的にも、視覚的にも。で、お前、あの時、デンキウナギの尻尾が来る直前に靂っ血をかばったろ?だからお前は衝撃を受けて一時スリープ状態になったけど、靂っ血はなんとか無事だった。で、あの子はまたお前のもとへ戻ろうとした。泳いで、必死に」
無頭子の声はどこか芝居がかっていて、けれどその内容は悪夢のようだった。
「でもな、靂っ血がもう一度お前と溶接されようとした瞬間、あのデンキウナギが今度は尻尾じゃなくて――口で来たんだよ。あの忌々しい口で、体当たりして、靂っ血を……。そのまま飲み込んじまったのさ」
「つまり……」
私は短く話をまとめる。
「靂は今、あの火の海のデンキウナギの腹の中にいる、ってことか」
「その通り」
「じゃあ、私も飲み込まれるしかない」
「正真正銘のバカか、お前は!」
無頭子が、まるで駄々をこねる子どもを叱りつける母親のように声を張り上げた。
「お前まで飲み込まれたらどうすんだよ!元も子もないだろ!元も無頭子もなくなるだろ!」
「じゃあ、どうしろって言うんだ!」
私も怒鳴り返す。
「このまま何もしないでいるわけにもいかないだろ!あんな巨大なもの、まともに立ち向かえるわけがない。なんとか中に入って靂を探して、見つけて、何とか一緒に脱出するしかない!そうするしか方法はないんだ!」
「ナイーブなやつだなあ」
無頭子がため息まじりに言う。
その口調は、まるで冷酷な税理士が数字の誤りを指摘するときのように淡々としていた。
「あの火の海のデンキウナギは、ほぼビッグバンの頃からここにいると思っていい。そういう存在だよ。ここはあいつのスイートホーム。つまり、お前は今、完全にあいつのホームグラウンドのど真ん中にいる。逃げられると思う?無理だよ。確率ゼロ。現実世界では絶対のゼロなんてありえないけど、今回だけは例外。完全無欠のゼロパーセントだ」
「じゃあどうすればいいって言うんだよ!他に方法があるのか!」
無頭子は黙った。
出会って以来、初めての沈黙。
たったの〇・〇〇〇〇〇〇〇〇一秒ほどの静寂だったが、それは永遠のように感じられた。
そして、頭もないくせに、まるで顎を撫でるような仕草をして、慎重に考えるようなポーズをとりやがる。小さな浴衣姿の子供の体でそれをやるものだから、どこか滑稽でもあった。
「仕方ないな」
やがて無頭子は、落ち着いた声で言った。
「おいらを使え」




