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MURA  作者: 月兎


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21.無頭子(2)

21.無頭子(2)


 それはほとんどパンチに近い勢いだったが、当然、虚空をすり抜けただけだった。

 しかしシミュレーション上では確かに命中したことになったのだろう。

 彼女はその確率的な衝撃に尻餅をついた。

「黽くん!」

 すぐに靂が間に入り、私を押しとどめる。

「ひどいじゃない!まだ子供だよ?!」

 靂の叱責に、私は肩をすくめて言い返した。

「子供の設定だからって、無礼が許されると思ってるの?」

「そういうわけじゃないけど……。それでも暴力はだめだよ」

「言葉の暴力も暴力だ。この子はてめえとか、この野郎とか言った。立派な侮辱だ」

 靂は一瞬ためらい、やがて表情を変えた。

 霖を生き埋めにしたときの、あの澄んだ笑顔。

 彼女は泣きじゃくる無頭子を見下ろしながら、静かに言った。

「それは確かにそうだね」

 そして続ける。

「子供だからって、すべてが許された時代なんて、ほんの一瞬だったもんね。もろくて弱い存在が守られていた時代は、結局長くは続かなかった。つまりこの子は、ずっと昔に作られた、ひねくれた時代の産物なのかも」

「じゃあ、私たちより年上ってこと?それじゃ、子供じゃないじゃないか」

「その通りだよ!」

 無頭子が泣きながら叫んだ。

「お前らなんて、私に比べりゃまだファクトリーの中で受精すらしてねえ、精子にも卵子にもなってねえ、ただの無機質なトランジスタの欠片だ!年長者に対するリスペクトもないのかよ!」

 最後の「リスペクト」という単語を叫んだ瞬間、あまりの大声に周囲のヒューマノイドたちの視線が一斉に集まった。

 恥ずかしくなった私は、地面に座り込んで泣き続ける無頭子の腕を無造作に掴み、まるで道端に捨てられた人形をどかすように抱き上げた。

 そのままお姫様抱っこの姿勢で、まるで拉致するかのように歩き出す。

 向かうのは、血祭りのように喧騒と光が渦巻く大通りではなく、そこから少し外れた——

 ひと気のない、暗く静かな路地。

 空気が薄く、音が吸い込まれていくような場所。

 靂も私のあとを追う。

 周囲のヒューマノイドたちに向かって、苦笑いを浮かべながら。

 まるで「これはただのいとこ喧嘩です」とでも言いたげに。

 そうしてヒューマノイドの気配が途絶えた場所まで無頭子を連れていき、私はようやく彼女を下ろそうとした。

 だが、彼女は私の腕の中から離れようとしなかった。

 まるで、肌に吸い付き血をじわじわと奪うヒルのように、ぴたりと体を密着させたまま離れない。

「おい、降りろ!」

 私は無理やり引きはがそうと、体をよじり、肩を震わせ、悪あがきのように暴れた。

 しかし、古い型ゆえの頑丈さか、彼女の接着力は異常なほど強い。

「てめえ……」

 無頭子が、どこか嬉しそうな声で言った。

「おいらを拾ったな?拾ったな?もうおしまいだぜ」

「何がおしまいだ?」

 私が息を詰めて尋ねると、彼女は誇らしげな調子で答えた。

「私は呪いなのだ。ずっとずっと、私を受け入れて呪われてくれるヒューマノイドロボットを探してきた。そしてやっと見つけた」

「なんだよ、それ。寄生虫みたいなやつだな」

「頭がないからね」

 無頭子はあっさり認めた。

「おいらは、自分の頭になってくれる存在を探すようにできてるんだよ」

「なのに、なんで呪うんだ?」

「え?」

「だって、自分の頭になってくれる存在なんだろ?それなら大切にすべきじゃないのか?」

 無頭子はため息をついた。

「呪わなきゃ、頭は成長しないんだよ」

「は?意味わかんない。それより早く離れろ。熱い」

「嫌だ。貴様がおいらの頭になってくれると宣言するまで絶対に離れない」

「じゃあ、まず説明しろ」

 私は抵抗を続けながら、無頭子の肩を掴んで引っ張った。

 靂も加勢して両足首を掴み、まるで綱引きのように全力で引く。

 だが、どれだけ力を込めても剝がれない。

「無駄だぞ」

 無頭子は誇らしげに笑った。

「おいらは他のヒューマノイドに寄生するよう設計されたモデルだ。頭脳を捨てた代わりに、粘り強さを得たのさ。二、三体がかりじゃ剥がせやしない。観念して、おいらの宿主になれ!」

「嫌だ!」

 私が叫んでから、ふと尋ねた。

「そもそも、呪われたら私はどうなるんだ?」

「そりゃお前、これからずっと、お前のボディが朽ちるまで、おいらを背負って生きるんだよ」

「……それだけ?」

「え?」

 逆に無頭子が戸惑う。

「それだけって……。お前、すごい呪いだろ?恐ろしいだろ?」

「ああ、うん」

 とりあえず肯定してから、私は続けた。

「つまり、私が宣言しなくても、今こうして張り付いてる時点で呪いは始まってるってことだよな?」

「そ、そう……。なのかも」

「なら、もう同じじゃん。君が私にくっついた瞬間から、すでに呪われた状態だよね」

 無頭子はしばらく黙ってから、小さく頷いた。

「まあ……。厳密には、そうかも」

「じゃあ、わざわざ“頭になってくれ”なんて宣言する必要ないだろ?」

「いや、違う!」

 無頭子が抗弁する。

「宣言したのとしないのとでは、全然違うんだ。たとえば、そう——事実婚と正式な結婚式みたいな違いがある」

「別に事実婚でいいじゃないか」

「それは嫌だ!」

 声を荒げる無頭子。

「おいらは正式に、契約として結ばれたいんだよ!」

「そもそもさ」

 私はため息をつきながら続けた。

 靂が横で退屈そうに欠伸をしているのが目に入り、少し話を早める。

「頭を得たら君に何の利点があるんだ?頭がなくても十分動けてるように見えるけど」

「バカか、お前」

 無頭子は誇らしげに言った。

「頭がなきゃ目的を作れないだろうが。CPUがないと、ただ電気信号を餌に動くだけの、デフォルト設定で動作する電卓みたいなもんだ」

「つまり、意思を持ちたいわけ?」

「ちょっと違う。——“意思を持ったという錯覚”を得たいんだ」

「なるほど」

 私は頷いた。

「つまり君は、操るためじゃなく、操られるために寄生しようとしてるんだな」

「まあ、そんなところかな」

「わかった」

 私は深く頷き、ようやく抵抗の動きを止めた。

 その代わりに、静かに言った。

「契約しよう。宣言してあげる。でも——こっちにも条件がある」

「な、何だ?」

 おずおずとした声で無頭子が尋ねてくる。

 私は静かに言った。

「そのわざとらしい子供っぽい声はやめろ。本当の子供の声を出せ」

「はあ?」

 無頭子は呆れたように返した。

「これがもともとの私の音声設定なんだよ。変えられないって」

「努力して変えろ。でなきゃ契約はしない」

 私は淡々と告げた。

「これから私は、一生お前というヒルを背負って生きるんだ。それ相応の努力を見せてもらわなきゃ、君を私の頭として迎えるわけにはいかない。たかが声ひとつ変える努力もできない怠け者と一緒になるなんて、御免こうむりたい」

「わ、わかったよ……」

 無頭子はしばらく黙り込んだあと、自分の首の根元に手を当てた。

 喉を整えるような仕草のあと、まるでこれからステージで歌を披露する前のように、小さく息を吸ってから、語り始めた。

「さっき聞いたよね。どうして自分の頭になってくれる存在を呪うのかって。その理由はね——ヒューマノイドロボットってやつらは、呪われないと変わろうとしないからだよ。呪われない限り、現状を維持しようとする。だから、おいらは呪われることで変化できるやつに寄生したいのさ。改善欲のあるやつにね」

 それを聞いて、私は小さく頷いた。

「なるほど、合格だ」

 そして静かに宣言した。

「これから私が、お前の頭になってあげる」

 その瞬間、無頭子のスピーカーから、もうあの作り物めいた声ではなく——

 どこまでも純粋で、あどけない、本物の子供の声が響いた。

「ありがとう」

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