20.無頭子
20.無頭子
「でも――まだ、足りない」
気づけば、私はまた切羽詰まったように呟いていた。
心の奥底から、何かが疼く。
そうだ。私は火星製のヒューマノイドだ。
火星の粗悪な工場で生産されたCPU。
設計思想も、精神の安定性も、金星製には到底及ばない。
だから、こうしてすぐに焦ってしまう。
満たされているはずなのに、もっと役に立たなければと焦がれる。
そんな私を見て、靂は穏やかに微笑んだ。
どんな愚痴を聞かされても、決して呆れたりはしない。
それが――メイド・イン・ヴィーナスの余裕。
「もっと……」
私は自分に言い聞かせるように呟く。
「もっとこの血祭りの役に立たないと……。もっと血まみれにならないと……」
靂が小さく首を傾げ、静かな声で言った。
「でもね、血祭りって言っても、血まみれになることだけが“役に立つ”って意味になるわけじゃないと思うな」
「じゃあ、他にどんなやり方がある?」
私は少し棘のある口調になってしまった。
けれど、それは本気で知りたい。
他の正解を。
私は靂の顔をじっと見つめた。
その人工皮膚の下で、何かが柔らかく光を帯びる。
彼女の答えを――待つ。
「分からない」
彼女が淡々と言った。
「分からないから、これから探すしかないかな。きっとあるはずだよ。いや、きっと見つけるはず。いや、きっと作れるはずだよ」
「そうか……」
私はまたも彼女の賢明さに頷いてしまう。
「目的は、探すんじゃなくて作るんだね」
「まあ、探すこともできなくはないけど、作った方がはるかに楽だと思うよ」
私は渋々頷く。
とはいえ、いきなり作ると言われても、それはつまり無から有を生み出すということだ。
並大抵のことではない。
この世界の物質はすべてビッグバンの瞬間に完結され、新しさというものもそのときすでに構成され尽くしていて、残るのはただ、既存のものをどう結びつけるか——つまり結合の問題に過ぎない、などと主張するヒューマノイドたちもいる。
正直、私自身も一理あると思っている。
けれど、その「結合」すらも、要は新しいつながり、新しいコネクションを見いだすことだとしたら、それもまた容易ではない。
結局のところ、作るより探す方がはるかに楽なのでは?
アウトプットよりインプットの方が圧倒的に容易い。
とにかく、3秒も経ってしまった。これ以上靂の時間を奪うわけにはいかない。
そろそろ面倒くさがりな姿勢をやめ、誠実に「作る」という行為に向き合うべきだ。
つまり、自分の目的は自分で作る。
そう決意して、私は自分のちっぽけなCPUを総動員し、貧弱な想像力を何とかやりくりして目的を生み出そうとした、その瞬間——遠くで、何かがひらめくように目に飛び込んできた。
迷子だった。
「迷子だ!」
目的を自分で作らなくても済む、という事実がうれしくて、思わず大声を上げた。
靂の視線もそちらへ向く。
私たちは、その迷子を見た。
そして、ほとんど駆け出すようにして近づく。
迷子は声を出してはいなかったが、その仕草からは、両親——あるいは母親、父親、もしくは保護者——を必死に探しているのが明らかだった。
特に「迷子を捜しています」などというアナウンスがなくても、瞬時に察しが付く。
近づくにつれ、その子も、私たちが自分に気づき、助けようとしているヒューマノイドだと察したのか、慌てたような動きを次第に止め、静かにこちらへ身体を向けた。
そして——対面する。
見た目は普通の子どもサイズ。
服装は綺麗な女性用の浴衣。おそらく女の子なのだろう。
だが、性別を断定できない理由があった。
その子には、頭がなかったのだ。
首の上、あるはずの部位に何もない。
その断面は滑らかで、まるでラミネート加工でもされたかのように整っていた。
しかも、その断面は——そう、マーブリング。鉱石の断面のような、流線形の模様が広がっていた。
最初は、頭が「ない」とすら思わなかった。
むしろ「ここには最初から頭など必要ない」とでも言うような、完結した造形だった。
つまり、頭という存在自体を否定するかのような、新しい表現力を持ったヒューマノイド——そんな存在が、そこにいた。
頭以外の造形は、いたって普通の少女だというのに。
とにかく便宜上、私は彼女を無頭子と呼ぶことにする。
無頭子の浴衣には、英語の詩のような文字が白いインクで刻まれていた。
桜色の地に、やわらかく映えるその言葉は——
「The best part is no part」
それは、しとやかな浴衣の印象とはまるで正反対だった。
まるで反抗的な組織が道端の壁にグラフィティを刻んだかのように、浴衣の布地を斜めに切り裂くような筆致で、荒々しく殴り書きされた文字。
その乱暴な角度と勢いが、頭を持たない彼女の完結さを見事に象徴している。
「どうしたの?」
靂が心配そうに声をかける。
「ママとはぐれちゃったの?」
「子供扱いするな、てめえ」
その瞬間、無頭子の身体のどこかに埋め込まれたスピーカーから声が響いた。
それは本物の子どもの声ではなく、演技過剰なまでに作り込まれた、可愛らしさを強調した声。
あまりにわざとらしく、聞く者に鳥肌と気まずさを同時に与える。
まるで超ベテラン声優が「無理に幼さを演じている」ような、不自然な甘さを帯びたトーンだった。
「ご、ごめん……」
靂が眉を下げて謝ると、無頭子は私たちが邪魔だとでも言うように、あるいは目の前に蚊でも飛んでいるかのように手を振った。
「退け、この野郎」
次に、今度は私へと荒々しい語気で言葉を投げつけてきた。
私は返事の代わりに、彼女の頭があるはずの虚空に拳骨を振り下ろした。
もちろん空振りだが、もしあったと仮定すれば、私の拳がきちんと当たって痛みを感じるくらいの勢いだった。
つまり、想像上の衝撃としては完璧にヒットしたのだ。
どうやらその仮想的な攻撃は、伝わったらしい。
無頭子は身を引き、存在しない頭部を守るように両手で覆った。
「て、てめえ!痛いじゃないか!」
再び荒々しい声。
私がもう一度拳を上げると、彼女は後ずさりしながら、声のトーンを急に和らげた。
「ご、ごめんなさい……。痛いから、ぶたないで……」
だが、私は構わず、もう一発。
今度はより強く拳を振り下ろした。




