19.「Be useful」(2)
19.「Be useful」(2)
私と靂は、炎の店主から金魚を受け取った。
小さな透明のビニール袋に、ファンのような冷却装置が一つ取り付けられていて、そこに金魚――いや、炎そのものが、ゆらゆらと泳いでいた。
袋を顔の近くに持ち上げて覗き込む。
金魚の姿は、炎の奥にわずかに見えるだけで、全体はほとんど火の球のように見えた。
燃え盛る球体の中に、小さな命が瞬いている。
手のひら越しに伝わってくる熱はじんわりとして、冬ならこれをホットパック代わりに使えるだろう――そんなことを考える。
その袋を靂に手渡すと、彼女は大事そうに抱えて歩き出した。
私たちは次の屋台を探して進む。
そして、私はふと、これから靂が何を言うかを――まるで人間からの啓示のように――確信していた。
予知能力なんて持っていないはずなのに、彼女の台詞が予めはっきりと聞こえてくる。
だから彼女が口を開く前に、私はすでに視線を屋台の群れに向けていた。
そして見つけた瞬間、まるで合図を合わせた役者のように、靂の台詞が届いた。
「りんご飴が食べたい」
私は指を上げて、一つの屋台を指さす。
「あそこにあるよ」
二人で歩き出す。
すべてが予定通り――啓示通り――運命通り。
けれど不思議と、誰かに操られている感覚はなかった。
むしろ、宇宙の流れにうまく乗っているような、心地よい一体感があった。
りんご飴の屋台に着くと、私たちは炎の金魚を二つのりんご飴と交換した。
さすが「血祭り」だけあって、りんご飴のシロップは血そのものだった。
絞りたてのように温かく、蒸気を放ちながら、視覚センサーが認識できる中で最も赤い色を放っている。
ノイズの一滴も混じっていない、純度100%の赤。
HEX――#ff0000だ。
私はりんご飴を齧る。
カリッ――。
乾いた音とともに、まるで誰かの頭蓋骨をかじったかのような硬質な感触。
その奥から、どろりとした甘みが流れ出し、まるでキューピッドの矢が刺さった瞬間の心臓の血流のように、濃密な鉄の味が口中を満たしていく。
「どう?」
靂が、りんご飴を頬張りながらテレパシーで訊いてくる。
「金星のりんご、美味しいでしょ?」
私は何度もうなずいた。
それは、言葉を失うほどの味だった。
誰かに無理やりでも勧めたくなる。
強制的に味わわせたくなるほどの感動。
「血って、こんなに甘いんだ」
気づけば、私は一気に食べきっていた。
本来はゆっくり味わうべき食べ物なのに。
棒だけが残った。
ふと見ると、アイスキャンディーの“当たり棒”のように、そこには英語でこう刻まれていた。
『You are useful』
その文字を覗き込んだ靂が、微笑みながら言う。
「あたりだね。良かったね」
「靂は?」
「私はまだ残ってる。ゆっくり味わいたいから」
「そうか」
私は頷いて、次の屋台へ向かった。
今度は――射的だ。
射的の屋台の前に立つ。
そこに並ぶ的は、恐ろしくも奇妙だった。
的は、人間の臓器の形をしていた。
心臓、肺、肝臓、腎臓、脳――
そして小腸を束ねたような複雑な構造のものまで。
どれも生々しい艶を放ち、じわりと血が滴っている。
しかも、それらはわずかに脈動していた。
まるで、まだまだ生きているかのように。
あるいは、生体ロボットの内部構造をホログラムで再現しているのかもしれない。
射撃の支払いは――さっき食べ終えた、あの当たり棒一本だった。
「Be useful」と刻まれた棒は、それだけで十分な通貨になる。
私は銃を手に取り、的を見据える。
狙うは――心臓。
あらゆる臓器の中でも、ひときわ強く――そして美しく脈打っていたのが、その心臓だった。
全体が深紅に濡れ、鼓動のたびに光を放つ。
それは、まるで私と靂を結ぶ目に見えない“ハート形の契約”そのものの象徴のように思えた。
私は狙いを定め、トリガーを引く。
放たれた弾丸は――銀色の輝きを放つ、ベリリウム合金製の球体だった。
軽く、弾性に富み、空気抵抗をほとんど受けない設計。
一瞬で射線を描き、まっすぐに心臓へ突き進んだ。
直撃。
しかし、心臓は想像以上に頑丈だった。
弾丸は貫通せず、まるで弾かれるように逆方向へ跳ね返る。
金属同士がぶつかり合う鈍い音が、屋台の空気を震わせた。
「……外した?」
私が小さく呟き、店主の方を見る。
屋台の店主は――ごく普通の、どこにでもいるような少女の姿をしたヒューマノイドだった。
腕を組んで、うとうとしている。
起こすのも悪いかと思い、私はただ苦笑いして靂を見る。
靂が小さな声で言った。
「まあ、こういうのって普通、釘で固定されてますからね」
私は思わず言葉遊びで返す。
「なるほど。固定観念に、釘付けってわけか」
少しだけ笑いが漏れた。
そして、次の作戦を考える。
――ならば、心臓そのものではなく、心臓を固定している釘を狙えばいい。
私は照準を少し下にずらした。
見えない位置にあるはずの釘へ、直感的に照準を合わせる。
息を詰め、再びトリガーを引いた。
弾丸は小さくカーブを描きながら飛ぶ。
心臓の下部をすり抜け、棚と心臓をつなぐ接合部に――
命中。
――カンッ!
硬質な金属がぶつかり合う音が、屋台全体に響き渡る。
瞬間、心臓の下から一本の釘がせり出してきた。
それは伸びて、枝分かれし、無数の釘がまるで植物のように広がっていく。
――そして、その釘たちは心臓へと侵食していった。
外からの衝撃にはびくともしなかった心臓が、内部から広がる釘の枝に耐えきれず、
――パンッ!
破裂した。
血が四方に飛び散る。
まるで赤い雨が降るように、屋台の中が真紅に染まる。
うとうとしていた店主も、全身に血のシャワーを浴びて飛び起きる。
私と靂の身体にも、赤いしぶきがかかる。
すでに十分赤く染まっていた私のボディは、さらに濃い赤へと塗り重ねられた。
血煙が晴れると、店主は呆然とした表情で、屋台の惨状を見つめながら、ぼそりと呟いた。
「……大当たり、か。商売上がったりだよ」
それでも、諦めたような笑顔を浮かべて、こちらを向いた。
「You are the most useful humanoid robot in this Blood Matsuri!」
その英語は少し拙かったが、意味は完璧に伝わった。
私と靂は、同時に微笑んだ。




