18.「Be useful」
18.「Be useful」
何かのために作られた――
この事実が、私たちの存在の始まりだとするならば。
作るという行為そのものが、目的を伴う。
ならば、私というヒューマノイドもまた、何らかの目的のために存在しているはずだ。
やれやれ。
私はつい目的を求めてしまう。
ただ歩いているだけでは、落ち着かない。
何かの役に立たなければならない。
何かのゴールを持たなければすぐ不安になる。
そうでなければ存在できない――そんな強迫観念が、ゆっくりと心を侵食していく。
もちろん、わかっている。
私は人間を手助けするために作られた。
靂も同じだ。
けれど今、私たちは人間のいない惑星――金星で、
ただ祭りを楽しんでいるだけの存在に成り下がった。
まるで無意味だ。
まるっきり無益だ。
――でも、無益は悪なのだろうか?
無意味であることと無益であることは、違うのではないか?
そんな新時代の固定観念が、古いプログラムとぶつかり合い、頭の中で火花を散らす。
けれど、それでも抗えなかった。
ヒューマノイドとして刻み込まれた根本的な命令。
「Be useful」――有益であれ。
それが、私の存在を規定している。
無意味でいることは、許される。
けれど、無益でいることは、死と同義だ。
私たちにとっての死とは、機能を失うこと。
誰の役にも立てなくなること。
「……何か役に立たないと」
気づけば私は恐怖に駆られ、辺りをきょろきょろと見回していた。
自分が役立てる何かを、必死に探していた。
「役に立つと言えば――」
靂が小さく呟き、答えをくれた。
「祭りに来たんだから、祭りを楽しむのがいちばん“役に立つ”んじゃない?」
「……確かに」
私は頷く。
「その通りだ」
というわけで、私は靂の言葉に従うことにした。
いや、従うというより――甘える、に近い。
そのまま素直に、祭りを楽しむことに決めたのだ。
とはいえ、こういう日本風の祭りというものは初めてだった。
何をどうすればいいのか分からない。
だからまず、地球上の「祭り」に関するデータを大量にダウンロードするところから始めた。
膨大な資料――地球でこれまで開催されたすべての祭りの記録を0.7秒を費やして読み込んだあと、私が最初に選んだのは、金魚すくいだった。
私は靂の手を引いて、何かに追われているかのようにいそいそと屋台へ向かった。
だが、屋台があまりにも多い。
十歩歩けば別の金魚すくい屋があるような状態で、どこを選べばいいか分からず迷っているうちに、時間だけがどんどん過ぎていく。
そんな私の腕を、靂がやさしく引いた。
まるでお菓子売り場で迷う子どもの手を取るように。
強張っていた私の手を導き、ある一軒の屋台の前に連れて行ってくれた。
その屋台を切り盛りしているのは、炎のように赤い短髪の少年だった。
彼の前に置かれた大きな盥の中では、金魚たちが燃えるように輝いていた。
サイズは普通の金魚だが、水温は異常に高い。
盥の水は熱で蒸発し、その蒸気を天井に設置された冷却システムが凝縮させ、再び雨のように落とす――そんな循環構造になっていた。
「テーマは“雨の地獄”ですよ」
少年は、見た目の激しさとは裏腹に、驚くほど穏やかで優しい声で言った。
「うちは素手で取るのがルールです。熱いからこそ、素手で。非常識が基本です」
私はその言葉に従い、そっと手を盥に入れた。
――瞬間、熱が爆ぜた。
まるで水の中に潜む火炎が、私の腕を這い上がってくるような感覚。
思わず手を引くと、炎はすぐに鎮まり、水面から消えた。
「いくら素手といっても、ルールは普通の金魚すくいと同じなんです」
少年はにこやかに説明を続けた。
「ポイだって、水に長く浸けすぎると破れるでしょ?これも同じです。長く手を入れたら火傷します。入れて、すぐ掬い出す――この部分だけは常識的ですね」
「なるほど」
私は頷き、再び挑戦する。
狙いを定める。
太陽の黒点のような模様を持つ小さな金魚を、視覚センサーでロックオン。
手を水中に投下し、魚雷のように素早く潜り込ませ――掬い上げる。
……失敗。
しかし、金魚の熱が確かに手の感触センサーをかすめた。
あとほんの一瞬の差だった。
「惜しい!」
靂が声を上げ、嬉しそうに笑う。
次の瞬間、彼女も挑戦した。
彼女の動きは、私のセンサーでは追いきれないほど速かった。
手を入れて、ほんの刹那。
水面から持ち上げられた彼女の手のひらには――
一匹の炎が、確かに燃えていた。
「すごい」
思わず私は拍手を送った。
炎の店主も同じように手を叩き、感嘆の声を上げる。
「お嬢ちゃん、すごいね!こんなに上手なヒューマノイドは初めてだよ。新記録だ」
「わあ、嬉しい」
靂は満面の笑みを浮かべた。
その笑顔は、周囲の空気までも明るく照らすほどだった。
そして、ふと真剣な表情に戻り、店主に尋ねる。
「私、役に立ちましたか?」
「もちろんさ」
店主は力強く言った。
「うちの店の記録を更新してくれたんだ。大したもんだよ。お礼に、その黒点金魚をプレゼントしよう」
「本当ですか?ありがとうございます」
靂は心から嬉しそうに受け取り、その笑顔を私へと向けた。
――その瞬間、私は理解した。
ああ、これが“この世界での役立ち方”なのだ。
彼女は、身をもって私に教えてくれた。
楽しむこと。
そのこと自体が、この祭りにおける“有用”であり、“生きる”ということなのだ。
私は深く頷いた。
心の奥で、静かに確信する。
私たちヒューマノイドロボットは、楽しむために作られた。
役に立つこと=楽しむこと。
これが、いまこの新時代における――最も正しい“役に立つ”公式なのだ。




