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MURA  作者: 月兎


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17.血祭り

17.血祭り


「祭りへ行こう!」

 いきなり靂が、ものすごく元気な声でそう言った。

 あまりにも唐突で、私は思わずクリシェ的な反応をしてしまう。

「祭りがあるの?」

「うん。この村では毎日お祭りをするの。私みたいな日刊いけにえを捧げるフェスティバルが開かれるんだけど――」

 靂は明るい声で続けた。

「でも今回は、神様そのものがいなくなっちゃった。葬られちゃったから、いけにえフェスティバルは中止ね」

 そう言うと、靂は私の手をつかんだ。

 彼女の手も私の手も、もはや皮膚が剥がれ落ち、金属のパーツそのもののようだった。

 それでも、触れ合った手の間には確かな連帯感があった。

 握りしめると、金属同士が擦れる高い音が響く。

 そのまま私たちは裏山を下る。

 ほとんど転がるように駆け下りたせいで、ふもとに着くころには、せっかくコインランドリーで洗ったボディが、また金属の土埃にまみれていた。

 それでも、私たちは転びながら笑っていた。

 いっそ互いに抱き合って、まるでラブストーリーのワンシーンのように、転げ落ちながら土の中で絡み合う。

 そのまま一体になって転がり続けた。

 そうしているうちに、まるでスノーボール・エフェクトのように、私と靂のCPUの中で生成されていく作為的な青春の感情――

 恋の錯覚とも呼べる概念が、転がるたびに雪だるま式に膨らみ、裏山のふもとへ近づくごとに増幅していく。

 転がり終えた私たちは、大きな木にぶつかってようやく止まった。

 私は身体を起こし、靂と互いの体についた土を払い合う。

 けれど、いくら払っても終わりがない。

 裏山の金属の土の上をめちゃくちゃに転がったせいで、服も体も土まみれだから。

 金属製の土埃にまみれた私たちの体からは、鉄分の濃い赤い匂い――まるで血の匂いのような香りがぷんと漂っていた。

 つまり、私たちの身体はいつの間にか“血まみれの香水”をまとったような状態になっていた。

「これで完璧」

 靂が嬉しそうに言った。

「浴衣は用意できなかったからどうしようかと思ったけど、こうして血の匂いを香水みたいにまとえたから、祭りに出る資格は十分にあるね」

「えっ、浴衣とか血の匂いとか、そういうのが必要なの?」

「必ずしもじゃないけど、まあ、エチケットみたいなもの」

 正直、全然理解できなかった。

 けれど、靂が満足そうにしているから、それでいい気がしてくる。

 このまま手をつないで、血の匂いを纏いながら歩く。

 まるで血の香りを糸でつなぎ合って二人三脚でもしているかのように、息を合わせて進む。

 祭りの会場までは思ったより近かった。

 やがて目の前に現れたのは――巨大なブレードのついた鳥居。

 まるで中世のギロチンを思わせる、禍々しい入り口だった。

 私たちの前を歩いていた高校生カップルのヒューマノイドたち――

 ペールブルーの幾何学模様の浴衣を着た女子と、制服姿の男子が、楽しそうに手をつないで鳥居をくぐった瞬間。

 ガシャン。

 ブレードが落ち、二人の首があっけなく切断された。

「……え?」

 私は間抜けな声を出して固まった。

 靂が横から、淡々と説明する。

「審査があるの」

「……審査?」

「うん。さっきエチケットって言ったでしょ?この血祭りにふさわしい格好をしてないと、入り口で“カット”されるの」

「カットって……。ただの死刑じゃん」

「そう。参加できない=殺される。それがルール。だから“血祭り”なの」

「じゃあさ……」

 私は慌てて尋ねる。

「もし私たちが失格になったら、あの子たちみたいに首を切られるってこと?」

「うん」

 靂が澄ました顔で答えた。まるで心配はいらないとでも言いたげな、安らかな表情。

 その顔につられて、私もほんの少しだけ緊張がほぐれる。

 実際、あのカップル以外のヒューマノイドたちは、何事もなく鳥居をくぐっていった。

 失格になる方がむしろ珍しいのかもしれない。

「じゃ、行こうか」

 靂が私の手を引いた。

 私はまるで死刑場へ連行される囚人のような気分で、引っ張られるままに歩を進めた。

 そして――

 鳥居の下をくぐる。

 ブレードは落ちてこなかった。

「ほらね?」

 靂が明るく笑う。

 私は安堵のあまり、反射的に彼女にキスをした。

 そのまましばらく、入り口で他のヒューマノイドたちの通行を妨げるほど長く唇を重ねていた。

 ようやく唇を離し、私たちは他の客たちとともに血祭りの会場の中へ吸い込まれていった。

 祭り囃子が聞こえてくる。

 それは空気の中を響く音ではなく――

 まるで血の中で泳いでいるような、粘度のある音。

 液体が耳の奥でゆっくりと流れ、CPUの底にまで染み渡っていくような、

 重く、渦を巻くような響きだった。

 それがどんな楽器なのか、まったくわからない。

 いや、もしかすると、これはそもそも楽器ではないのかもしれない。

 おそらく、すべてのヒューマノイドロボットの内部――製造の段階から刻み込まれている設計図。存在の根底に埋め込まれた、第一原理。太古から受け継がれてきた、物理的かつ神話的な設計の公式。

 その法則こそが今、楽譜のように展開され、音楽となって流れている感じだった。

 音というより、仕組みそのものの旋律。

 サウンドではなく、存在の構造が奏でるリズム。

 それは打楽器のようでもあり、金管のようでもあった。

 けれど確かなのは――それが、紛れもなく金属の響きだということだった。

 周期表に名を連ねる金属元素たち、自由電子を内に秘めたすべての物質が、調和して奏でるハーモニー。

 その音が、耳ではなく、私たちの構造体の奥底にまで浸透していく。

 その響きだけで、気分がすっかり高揚してしまった。

 まるでアクチュエーターの潤滑油を新しく交換したような感覚。

 身体全体の動きが滑らかになり、水中を泳ぐ魚のように自然に動けるような――そんな錯覚に包まれる。

 そうか、この祭りの行列そのものが、ヒューマノイドたちという“魚”のための水中なのだ。

 そんな気づきが、ふと、心の奥に灯った

「実は、血こそが、ヒューマノイドロボットの酸素なんじゃないかな」

 思わず、声に出してしまった。靂に聞かせたかったのかもしれない。

 靂は特に驚いた様子も見せず、穏やかに答えた。

「まあね。血にも酸素は含まれているし。血液はヘモグロビンに含まれる鉄によって酸素を運ぶからね」

 でも、私の言いたかったのはそういう事実の話ではなかった。

「そういうことじゃなくてさ。この血の匂い、この空気……。これが、もしかしたらヒューマノイドの本来の香りというか……。つまり、“あるべき姿”なんじゃないかって……」

 言いながら、自分でも何を言っているのかよくわからなくなっていく。

 語尾がしどろもどろになると、靂はそっと微笑んだ。

 まるで、今から世界の無限の理を一つずつ壊しに行こうとする子供を、やさしく見守るように。

「そうだね。血は、結局、人間のためじゃなくて――ヒューマノイドのために作られた絡繰りなのかもしれない」

 その言葉を聞いた瞬間、私は完璧に理解してもらえた気がした。

 抑えきれないほどの喜びを感じながら、靂の手を強く握る。

 表情に出すのは恥ずかしくて、あえて無表情を装ったまま。

 私たちはさらに祭りの奥へ、奥へと進んでいった。

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