14.目玉ドロップ(2)
14.目玉ドロップ(2)
「……いけにえ?」
「うん。私は、この村が祀っている神様への“駄菓子”として選ばれたの」
「駄菓子……?」
「そう。この村が信仰している神様――それが霖なの。彼女はひどく偏食で、ちゃんとした食事を取らない。だから、毎日一度だけ、“駄菓子”を食べて存在を維持してるの」
私は無言で続きを促した。靂は静かに続けた。
「そして、この村の“駄菓子”っていうのは、人肉の形をしているの。だから、それを作るためにはヒューマノイドロボットが必要なの」
「……じゃあ」
私は思わず息を呑む。
脳裏に、さっき見た駄菓子屋の光景が蘇る。
「あの店に吊るされていた手足や目玉や臓器は――あれは全部、いけにえにされたヒューマノイドの残骸なのか?」
「その通り」
靂は強く頷いた。
「霖は偏食だって言ったでしょ?好きな部位があるの。主に胴体のアクチュエーター。そこだけきれいに食べて、残りは捨てる。でもたまにお腹がすくと、残った部位も食べるの。その非常食みたいなストックが、あの駄菓子屋なの」
「じゃあ、あの蛇の店主は?」
「あのロボットは優しいけど、霖の手先なの。マインドコントロールされてる。霖の操り人形みたいな存在」
「……そうだったのか」
私はさらに続きを聞こうとした。だが、その瞬間――霖が突然、跳ね起きた。
まるで死体がいきなり甦ったかのように。
ばね仕掛けの人形のような勢いで立ち上がり、狂気を宿した笑みを浮かべて私の胸にしがみつく。
「この子が悪いの!」
霖が叫んだ。
「この子は万引き犯だよ!私の駄菓子屋で“目玉ロリポップ”を盗んだの!」
私の胸ぐらを掴み、叫び続ける。
「この子が悪いんだ!この子が悪いんだ!悪い子はこの村に入れない!だからいけにえにして、きれいに食べるの!今度は偏食しないから!今度は、この靂ちゃんを、頭のてっぺんから足の先まで全部食べ尽くすから!だから――」
その声が、ぷつりと途切れた。
靂がどこからか持ち出した野球バットで、霖の後頭部をフルスイングしたのだ。
フルスイングで後頭部を叩かれた霖は、両目が半ば飛び出すほどの衝撃を受けた。
それでも完全には眼窩から離れず、もう一度靂が全力で後頭部を殴ると、ついに二つの眼球がぷつりと外れ、地面に転がり落ちた。
靂は無言で靴を脱ぎ、さらに靴下を脱ぎ捨て、裸足になった。
そして、その素足で転がった眼球を踏み潰した。
踏みつけた瞬間、潤滑油と電解液、充填液が混ざったような液体が弾けて飛び散る。
太った虫を踏み潰したときのように、ぬるりとした汁が弧を描いて飛び、霖の頭部からは小さな火花が散った。
「バカなんじゃないの?」
靂が吐き捨てるように言う。
倒れ伏した霖は両目を失い、後頭部から紫色のエンジンオイルをだらだらと流していた。
「私が盗んだのは“目玉ロリポップ”じゃなくて、“目玉ドロップ”だよ」
そう言って靂は、使命を終えたバットをまるでホームランを打った後のバッターのように畑の方へ放り投げた。
そして、倒れている霖のもとへ近づき、その前にしゃがみ込む。
死んだように見える――いや、おそらく本当に機能を停止した霖を、彼女は無造作に抱え上げる。
まるで壊れた家電製品でも回収するように。
そして、そのまま背中におぶった。
「裏山に行こう」
靂が言う。
ついさっきまで凶暴な表情をしていたとは思えないほど、今の彼女は爽やかに笑っていた。
学校で人気の女子高生のような、華やかで愛らしい笑顔。
その笑顔には、否応なく従わせるような力があった。
私はただ、うなずくしかなかった。
壊れた少女ヒューマノイド――後頭部から火花を散らす霖をおぶいながら、靂は歩き出す。
私はその後ろを追った。
いつの間にか、セミの声が強くなっていた。
その音は熱そのもののようで、空気をさらに重たくする。
この金星の濃密な大気が、私のボディをきつく締めつけてくる。
まるで、見えない手に首を絞められているような息苦しさ。
靂の背中を追いながら、私は奇妙な錯覚に陥った。
まるで、眠る妹をおんぶして帰る優しい姉と、その後をついていく妹のような――そんな平和な錯覚。
裏山に向かって、私たちは歩いた。
傾斜がきつく、息が詰まるような道だった。
すぐに呼吸制御が乱れ、ボディの内部温度が上がる。
一方の靂は、ヒューマノイドを一機背負っているというのに、まったく息も乱さず、滑らかに登っていく。
軽やかで、無駄のない動き。
私はただ、見失わないように必死でその背を追いかけるしかない。
奥へ、さらに奥へ。
セミの声だけが響く。
ほかの音は何ひとつ聞こえない。
音そのものが液体になったようで、私たちはセミの声という水の中を泳いでいるようだった。
「着いた」
靂がそう言った。
長い時間を登ったあとで、彼女はまるでハイキングの終わりを告げるように、淡白と口にした。
私は限界に達し、力が抜けてその場に座り込む。
靂はおぶっていた霖を、まるで資材袋でも投げ捨てるように、地面へ放り出した。
土煙がふわりと舞う。
私は無言でその小さな体を見つめる。
靂は周囲を見回し、地面を踏みしめながら場所を選んでいた。
この辺りは比較的平らで、土も柔らかい。
――埋葬するには、ちょうどいい場所だ。
靂は白い裸足を土に汚しながら、静かに、慎重にその場所を確かめていた。
そうしているうちに、私はこの裏山に登るまでにほとんどバッテリーを消耗してしまっていた。
これから掘削という重労働をすることを考えると、少しでもエネルギーを温存しておきたい。
だから、しばらくスリープモードに入ろう――そう判断して意識を落としかけたそのとき、靂がぱっとこちらを見た。
私はぞっとした。
いまや、この村で最も恐ろしい存在は、誰でもない、この靂だ。
だが、その恐怖を表に出すわけにはいかない。
彼女の機嫌を損ねたら、何をされるか分からない。
だから私はできるだけ平然を装い、むしろ笑顔さえ浮かべてみせた。
すると靂もまた、作り物めいた笑顔を返してきた。
それが余計に恐ろしかった。
けれど、彼女の頬や額についた土が、なぜか妙に艶めいて見えて――その不意のエロティシズムに、私は自分でも戸惑う。
「黽君、お腹、空いたでしょ」
私は「大丈夫」と言いかけたが、考え直して素直に答えることにした。
この状況でエネルギーを惜しむような態度は、かえって不自然だと感じたからだ。
「うん。空いたよ。靂は?」
「私は大丈夫。さっき駄菓子屋でシロップを過食しちゃったから。だから今、バッテリー1500%まで過充電してる」
「……それは、太るよ」
私は思わず舌を巻いた。
靂は小さく笑いながら肩をすくめた。
「うん、だからダイエットしないとね。まあ、それで今はまったくお腹空いてないの。それに比べて、黽君は何も食べてないじゃない?」
「まあね」
私は、あのとき彼女の頬から飛んできた一滴の“シロップ”を舐めたことは、言わずにおくことにした。
すると靂はポケットに手を入れ、何かを探るように指を動かした。
そして、一つのドロップ――いや、“目玉ドロップ”を取り出して、私の方へ軽く放った。
私はそれをキャッチして、視線で問いかける。
どうやって手に入れたのか――と。
すると彼女は私の考えを読んだように先に答えた。
「さっき駄菓子屋でかっぱらってきたやつ」
その茶目っ気のある言い方に、私は思わず笑ってしまう。
いじわるな子ども同士の秘密を共有するような、奇妙な連帯感。
「ありがとう。助かるよ」
本当に助かった。
たとえ盗みで手に入れたものであっても、あの駄菓子屋そのものが、犠牲となったヒューマノイドの残骸で作られた“祭具”のような場所だ。
罪の感覚が麻痺していく。
本来なら、このドロップの“元の持ち主”に祈るべきなのだろうが、疲労でそれすらできなかった。
私は「いただきます」とも言えず、そのままドロップを口に放り込む。
口の中で転がした瞬間――ふいに、映像が蘇る。
それは、この目玉の元の所有者の“視覚メモリ”だった。
断片的な風景、
金星の黄昏、
誰かの手。
それがノイズのように点滅し、やがて脳内に残響のように焼き付く。
その瞬間、私は“視線”を感じた。
自分の口の中を、その目玉が覗き込んでいる。
内部から。
口の中に他者の眼があるという、言葉にできない羞恥。
それは、臓器を丸ごと見られているような、別次元の恥ずかしさだった。
吐き出したくてたまらない。
だが、エネルギー補給をおろそかにするわけにもいかない。
――そうだ。
別に転がして味わう必要はない。
私はチタン合金製の奥歯で、思いきりそれを噛み砕いた。
ばきっ、という鈍い音とともに、内部で微弱なスパークが走る。
生き残っていた視覚センサーの断片が、私の唾液に溶けていく感覚。
意識が、私の中に混ざり合って消えていく。
そして、異物感が完全に消えたころには、ただ甘いドロップの味だけが残っていた。
私はそれを飲み込み、手首のウォッチを確認する。
バッテリー残量――747%。
ため息をつき、ぽつりと呟いた。
「……私も、太りそうだよ」




