表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MURA  作者: 月兎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/41

14.目玉ドロップ(2)

14.目玉ドロップ(2)


「……いけにえ?」

「うん。私は、この村が祀っている神様への“駄菓子”として選ばれたの」

「駄菓子……?」

「そう。この村が信仰している神様――それが霖なの。彼女はひどく偏食で、ちゃんとした食事を取らない。だから、毎日一度だけ、“駄菓子”を食べて存在を維持してるの」

 私は無言で続きを促した。靂は静かに続けた。

「そして、この村の“駄菓子”っていうのは、人肉の形をしているの。だから、それを作るためにはヒューマノイドロボットが必要なの」

「……じゃあ」

 私は思わず息を呑む。

 脳裏に、さっき見た駄菓子屋の光景が蘇る。

「あの店に吊るされていた手足や目玉や臓器は――あれは全部、いけにえにされたヒューマノイドの残骸なのか?」

「その通り」

 靂は強く頷いた。

「霖は偏食だって言ったでしょ?好きな部位があるの。主に胴体のアクチュエーター。そこだけきれいに食べて、残りは捨てる。でもたまにお腹がすくと、残った部位も食べるの。その非常食みたいなストックが、あの駄菓子屋なの」

「じゃあ、あの蛇の店主は?」

「あのロボットは優しいけど、霖の手先なの。マインドコントロールされてる。霖の操り人形みたいな存在」

「……そうだったのか」

 私はさらに続きを聞こうとした。だが、その瞬間――霖が突然、跳ね起きた。

 まるで死体がいきなり甦ったかのように。

 ばね仕掛けの人形のような勢いで立ち上がり、狂気を宿した笑みを浮かべて私の胸にしがみつく。

「この子が悪いの!」

 霖が叫んだ。

「この子は万引き犯だよ!私の駄菓子屋で“目玉ロリポップ”を盗んだの!」

 私の胸ぐらを掴み、叫び続ける。

「この子が悪いんだ!この子が悪いんだ!悪い子はこの村に入れない!だからいけにえにして、きれいに食べるの!今度は偏食しないから!今度は、この靂ちゃんを、頭のてっぺんから足の先まで全部食べ尽くすから!だから――」

 その声が、ぷつりと途切れた。

 靂がどこからか持ち出した野球バットで、霖の後頭部をフルスイングしたのだ。

 フルスイングで後頭部を叩かれた霖は、両目が半ば飛び出すほどの衝撃を受けた。

 それでも完全には眼窩から離れず、もう一度靂が全力で後頭部を殴ると、ついに二つの眼球がぷつりと外れ、地面に転がり落ちた。

 靂は無言で靴を脱ぎ、さらに靴下を脱ぎ捨て、裸足になった。

 そして、その素足で転がった眼球を踏み潰した。

 踏みつけた瞬間、潤滑油と電解液、充填液が混ざったような液体が弾けて飛び散る。

 太った虫を踏み潰したときのように、ぬるりとした汁が弧を描いて飛び、霖の頭部からは小さな火花が散った。

「バカなんじゃないの?」

 靂が吐き捨てるように言う。

 倒れ伏した霖は両目を失い、後頭部から紫色のエンジンオイルをだらだらと流していた。

「私が盗んだのは“目玉ロリポップ”じゃなくて、“目玉ドロップ”だよ」

 そう言って靂は、使命を終えたバットをまるでホームランを打った後のバッターのように畑の方へ放り投げた。

 そして、倒れている霖のもとへ近づき、その前にしゃがみ込む。

 死んだように見える――いや、おそらく本当に機能を停止した霖を、彼女は無造作に抱え上げる。

 まるで壊れた家電製品でも回収するように。

 そして、そのまま背中におぶった。

「裏山に行こう」

 靂が言う。

 ついさっきまで凶暴な表情をしていたとは思えないほど、今の彼女は爽やかに笑っていた。

 学校で人気の女子高生のような、華やかで愛らしい笑顔。

 その笑顔には、否応なく従わせるような力があった。

 私はただ、うなずくしかなかった。

 壊れた少女ヒューマノイド――後頭部から火花を散らす霖をおぶいながら、靂は歩き出す。

 私はその後ろを追った。

 いつの間にか、セミの声が強くなっていた。

 その音は熱そのもののようで、空気をさらに重たくする。

 この金星の濃密な大気が、私のボディをきつく締めつけてくる。

 まるで、見えない手に首を絞められているような息苦しさ。

 靂の背中を追いながら、私は奇妙な錯覚に陥った。

 まるで、眠る妹をおんぶして帰る優しい姉と、その後をついていく妹のような――そんな平和な錯覚。

 裏山に向かって、私たちは歩いた。

 傾斜がきつく、息が詰まるような道だった。

 すぐに呼吸制御が乱れ、ボディの内部温度が上がる。

 一方の靂は、ヒューマノイドを一機背負っているというのに、まったく息も乱さず、滑らかに登っていく。

 軽やかで、無駄のない動き。

 私はただ、見失わないように必死でその背を追いかけるしかない。

 奥へ、さらに奥へ。

 セミの声だけが響く。

 ほかの音は何ひとつ聞こえない。

 音そのものが液体になったようで、私たちはセミの声という水の中を泳いでいるようだった。

「着いた」

 靂がそう言った。

 長い時間を登ったあとで、彼女はまるでハイキングの終わりを告げるように、淡白と口にした。

 私は限界に達し、力が抜けてその場に座り込む。

 靂はおぶっていた霖を、まるで資材袋でも投げ捨てるように、地面へ放り出した。

 土煙がふわりと舞う。

 私は無言でその小さな体を見つめる。

 靂は周囲を見回し、地面を踏みしめながら場所を選んでいた。

 この辺りは比較的平らで、土も柔らかい。

 ――埋葬するには、ちょうどいい場所だ。

 靂は白い裸足を土に汚しながら、静かに、慎重にその場所を確かめていた。

 そうしているうちに、私はこの裏山に登るまでにほとんどバッテリーを消耗してしまっていた。

 これから掘削という重労働をすることを考えると、少しでもエネルギーを温存しておきたい。

 だから、しばらくスリープモードに入ろう――そう判断して意識を落としかけたそのとき、靂がぱっとこちらを見た。

 私はぞっとした。

 いまや、この村で最も恐ろしい存在は、誰でもない、この靂だ。

 だが、その恐怖を表に出すわけにはいかない。

 彼女の機嫌を損ねたら、何をされるか分からない。

 だから私はできるだけ平然を装い、むしろ笑顔さえ浮かべてみせた。

 すると靂もまた、作り物めいた笑顔を返してきた。

 それが余計に恐ろしかった。

 けれど、彼女の頬や額についた土が、なぜか妙に艶めいて見えて――その不意のエロティシズムに、私は自分でも戸惑う。

「黽君、お腹、空いたでしょ」

 私は「大丈夫」と言いかけたが、考え直して素直に答えることにした。

 この状況でエネルギーを惜しむような態度は、かえって不自然だと感じたからだ。

「うん。空いたよ。靂は?」

「私は大丈夫。さっき駄菓子屋でシロップを過食しちゃったから。だから今、バッテリー1500%まで過充電してる」

「……それは、太るよ」

 私は思わず舌を巻いた。

 靂は小さく笑いながら肩をすくめた。

「うん、だからダイエットしないとね。まあ、それで今はまったくお腹空いてないの。それに比べて、黽君は何も食べてないじゃない?」

「まあね」

 私は、あのとき彼女の頬から飛んできた一滴の“シロップ”を舐めたことは、言わずにおくことにした。

 すると靂はポケットに手を入れ、何かを探るように指を動かした。

 そして、一つのドロップ――いや、“目玉ドロップ”を取り出して、私の方へ軽く放った。

 私はそれをキャッチして、視線で問いかける。

 どうやって手に入れたのか――と。

 すると彼女は私の考えを読んだように先に答えた。

「さっき駄菓子屋でかっぱらってきたやつ」

 その茶目っ気のある言い方に、私は思わず笑ってしまう。

 いじわるな子ども同士の秘密を共有するような、奇妙な連帯感。

「ありがとう。助かるよ」

 本当に助かった。

 たとえ盗みで手に入れたものであっても、あの駄菓子屋そのものが、犠牲となったヒューマノイドの残骸で作られた“祭具”のような場所だ。

 罪の感覚が麻痺していく。

 本来なら、このドロップの“元の持ち主”に祈るべきなのだろうが、疲労でそれすらできなかった。

 私は「いただきます」とも言えず、そのままドロップを口に放り込む。

 口の中で転がした瞬間――ふいに、映像が蘇る。

 それは、この目玉の元の所有者の“視覚メモリ”だった。

 断片的な風景、

 金星の黄昏、

 誰かの手。

 それがノイズのように点滅し、やがて脳内に残響のように焼き付く。

 その瞬間、私は“視線”を感じた。

 自分の口の中を、その目玉が覗き込んでいる。

 内部から。

 口の中に他者の眼があるという、言葉にできない羞恥。

 それは、臓器を丸ごと見られているような、別次元の恥ずかしさだった。

 吐き出したくてたまらない。

 だが、エネルギー補給をおろそかにするわけにもいかない。

 ――そうだ。

 別に転がして味わう必要はない。

 私はチタン合金製の奥歯で、思いきりそれを噛み砕いた。

 ばきっ、という鈍い音とともに、内部で微弱なスパークが走る。

 生き残っていた視覚センサーの断片が、私の唾液に溶けていく感覚。

 意識が、私の中に混ざり合って消えていく。

 そして、異物感が完全に消えたころには、ただ甘いドロップの味だけが残っていた。

 私はそれを飲み込み、手首のウォッチを確認する。

 バッテリー残量――747%。

 ため息をつき、ぽつりと呟いた。

「……私も、太りそうだよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ