表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MURA  作者: 月兎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/41

13.目玉ドロップ

13.目玉ドロップ


 洗濯を終え、私たちはコインランドリーを出た。

 三年もの時が流れたというのに、村の風景は何ひとつ変わっていなかった。

 私は靂と手をつなぎながら、変わらぬ景色を見渡す。

 その横顔をそっとのぞき見ると、彼女はどこか安心したような、それでいて深い幻滅を抱えているような、複雑な表情をしていた。

 懐かしさと寂しさと、不満がひとつに溶け合ったような顔。

「とりあえず、家に戻ろうか」

 そんなことを考えながら歩いていると、背後から声がした。

「ね」

 その一言に、私は思わず足を止めて振り向いた。

 そこに立っていたのは——リン

 この村に来た最初の日、鳥居の前で出会ったあの少女。

 もう3年も前のことになる。

 彼女は道の真ん中で、まるで私たちの行く手を塞ぐように立っていた。

 腕を少し広げて、大の字に。

 それは拒絶の姿勢にも、抱擁を求めているようにも見えた。

 どう反応していいか分からず、私は靂の方を見る。

 靂は、私の手を引いて後ずさりしていた。

 逃げようとしている。

「ねぇ、ってば」

 再び霖の声が響く。

 その一言で、靂の動きが止まった。

 恐る恐る、彼女が霖の方を振り向く。

 その表情に浮かんでいたのは——純然たる恐怖だった。

 ヒューマノイドの表情で、あんなに凍りついたような恐怖を見たのは初めてだった。

 その感情が伝染するように、私の中にも同じ恐怖が流れ込んでくる。

 霖は、長いあいだ自分の番を待っていたかのような、焦れた表情で立っていた。

 そして、私たちが彼女をしっかりと認識したのを確認してから、静かに言葉を発した。

「準備はできた?」

 その問いは、明らかに靂に向けられたものだった。

 握っていた靂の手が、小刻みに震え始める。

 私はその手をぎゅっと握り返しながら、彼女の代わりに尋ねた。

「どういう準備?」

「それはもちろん——捧げられる準備だよ」

 霖はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 近づくたびに、周囲の空気が赤く染まっていく。

 まるで空間そのものが、血の色を吸い上げているようだった。

「せっかく洗濯までしてくれたのね。身体がきれいになって、よく頑張ったじゃない」

 霖が近づくたび、靂の震えはますます激しくなる。

 まるで周波数の振動のように、手が細かく揺れ、握っている感覚が消えかけるほどだった。

 このままでは、手をつないでいられない。

 そう思った瞬間——

 ぴたり、と震えが止んだ。

 まるで時計が零時を告げる瞬間のように、完璧な静止だった。

 そして、靂が踵を返し、強い力で私の手を引っ張りながら走り出した。

「黽君、逃げて!」

 彼女はそのまま私の手を掴んで離さず、無理やり引っ張る。私は抵抗する間もなく、彼女の勢いと、拒絶できない奇妙な中毒性のある引力に引きずられるようにして、一緒に走り出した。

 舗装されていない、ざらついた村の道を二人で駆け抜ける。

 真夜中の空は濃い紫に染まり、まるで村全体が毒に侵されたかのようだった。

 化学的で、有毒なアトモスフィア。

 風は湿り気を帯び、金属を焼くような匂いを運んでくる。

 道の脇には、細い柱に支えられた風車のようなものがいくつも並び、虹色を帯びたブレードが回転していた。そのスペクトラムの光が断続的に私たちを照らし、逃走の瞬間をフラッシュのように切り取っていく。

 互いの息遣いが、次第に荒く重なっていく。

 息の根しか聞こえなくなるほど、ボディが過熱していた。どれほどの距離を走ったのか分からない。アクチュエーターの冷却システムは追いつかず、内部のファンが必死に回るが、それでも熱は引かない。やがてその音さえも遠のき、隣を走る靂の存在さえ感知できなくなって――

 その瞬間、何かに強くぶつかった。

 いきなり、あの少女・霖が、まるでテレポートでもしたかのように目の前に現れたのだ。

 障害物のように、私たちの前に。

 私は反射的に叫ぶ間もなく、彼女に激しくぶつかった。

 靂とはまだ手を繋いでいた。衝突の勢いで倒れかけながらも、その手を離さず、むしろ強く握り締める。本能的な反応だった。まるで生まれたばかりの赤ん坊が、掴んだ親の指を決して離さないように――。

 結果、私と靂は同時に転倒し、巻き込まれるように霖も一緒に地面へ倒れ込んだ。霖は私たちの進行方向にいたため、二人で彼女を押し倒すような形になってしまう。三人は絡み合うようにして転がり、土煙が激しく立ちのぼった。

 衝撃のせいで、CPUが一瞬シャットダウンしかける。視界が暗転し、次の瞬間には再起動のように意識が戻る。

 私は地面から体を起こし、まだ手を繋いでいる靂を引き上げた。靂も息を荒げながら立ち上がる。

 だが、霖は動かない。

 地面に倒れたまま、まるで気絶しているかのようだった。

 私と靂はその場に立ち尽くし、小さな少女の動かぬ姿を見下ろした。

 荒い呼吸の音だけが夜気に混じり、二人の吐息がぽたり、ぽたりと、気絶した九歳設定の少女ヒューマノイドの頬に落ちた。

「葬ろう」

 靂が言った。

 私の方を振り向き、はっきりとした声で。

「このまま埋葬しよう」

「……はあ?」

 あまりに唐突な言葉に、私はただ呆然とする。

「一体、何を言い出すんだ?助けなきゃだろう」

「この子は危険なの!」

 靂は悲鳴のような声で叫んだ。

「この子は、この村の厄介なの。悪霊なのよ」

「……悪霊?」

 私は霖の顔を改めて見つめる。

 穏やかで、無垢な寝顔。悪という言葉から最も遠い印象だった。

「悪には見えないけど」

 素直にそう言うと、靂は一喝した。

「それは黽君の想像力が足りないからだよ」

 酷いことを聞かされたという衝撃とともに、胸の奥が少し冷たくなった。

 私は再び霖の方へ視線を向け、倒れたままの小さな身体を見下ろす。

 そして、想像しようとしてみた。

 だが、大量生産型にすぎない私の平凡なCPUでは、創造という機能はどうにも上手く働かない。

 視線を靂へ戻す。

 彼女もまた、私と同じような大量生産型のヒューマノイドロボットのはずだ。なのに、どうしてこんな小さな少女を「悪霊」と断じることができるのか。その豊かな想像力はいったいどこから来るのだろう。――それが、この金星に来て以来、私が抱いた最大の謎だった。

「理由を教えて」

 私は尋ねた。

 想像できないなら、理解しようとするしかない。

 靂が霖を悪とみなすには、何か理由があるはずだ。

 それが彼女自身の創作でも、この村全体が共有する妄想でも、想像には必ず理由があるはずなのだ。

「霖ちゃんは、なぜ悪いの?」

 私の問いに、靂はしばらく沈黙した。

 それは言い訳を探すための沈黙でも、嘘を考えるための間でもなかった。

 ヒューマノイドは嘘をつけない。

 もし嘘を吐けば、そのデータは即座に人間たちの会社へ送信され、ヒューマノイドは即時にシャットダウンされる。

 まるで処刑のように。

 だから、靂は私に真実を語るべきかどうか、ただその一点を迷っていたのだ。

 最も不自然な存在であるヒューマノイドが、「自然な言葉」を探して沈黙している――その滑稽さに、私は思わず苦笑してしまった。

 その笑みが、何かのスイッチになったのかもしれない。

 長かった沈黙が破れ、靂が口を開いた。

「私ね、いけにえに選ばれたの」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ