プロローグ1 -闇の手術室-
夜。地上は静寂に包まれていた。
だが、地下深く、秘密結社Sの施設では別の律動が響いている。
規則的に点滅する蛍光灯。
金属の軋みと低い機械音と無味乾燥な電子音。
そこは手術室であると同時に、工場の一角のようでもあった。
収容区画から選ばれた少女は抵抗むなしく冷たい手術台に横たえられる。
名はなく、与えられるのは番号のみ――「CFS/17J-004」。
人間ではなく、製品の部品番号に過ぎない。
無機質な白光灯に照らされた手術室は、血と電子臭が入り混じる異様な空間だった。
分厚い特殊合金製の拘束具に縛られた少女は、麻酔をかけられ恐怖に見開いた瞳のまま胸を切開されている。
その周囲には三つの影が立っていた。
「……止血鉗子、お願いします」
痩せぎすの男が細身の体をかがめ、眼鏡越しに震える指で血管を探った。
声は控えめで、どこか遠慮がちだ。だがその手際は正確で、人工血管の縫合は見事だった。
「ふむ、骨の強度が足りんねぇ。じゃあ、支柱を二本追加しようか」
肥え太った男は唇に笑みを浮かべ、まるで素材の出来を見比べる鑑定士のように視線を走らせる。
「人造心肺、稼働開始」
壮年の医師は落ち着き払った声で指示を出す。だが、その目の奥には、理性と並んで抑えきれぬ狂気が潜んでいた。
「メインジェネレーター人造腹膜に固定完了」
「人造膣へ神経連動」
「拒否反応は許容範囲内」
「乳腺にナノチューブ挿入」
冷たい声が飛び交う。そこにあるのは手術の緊張感ではなく、製造工程の確認にすぎなかった。
臓腑は摘出され、代わりに人工器官が収められる。
神経に電極が結線され、骨格には強化材が埋め込まれる。
震える少女の肉体は、切断と補強を繰り返すうちに、徐々に機械の形を帯びていく。
穢れを知らない乳房すら切開され、増幅された感覚と外部機構を接続するための装置が埋め込まれていく。
整った顔にも改造は及び表情筋はアクチュエーターへと換装され、声帯は人工の発声装置に置き換えられる。
そして最後に脳へ小型コンピュータが埋め込まれる。そこに横たわるのはもはや少女ではなく脳以外を機械化した存在――改造人間であった。
これは誕生ではない。
工場での生産と同じ、組み立ての過程に過ぎない。
秘密結社S。
兵器産業の影に潜む彼らは、改造人間を自らの先兵あるいは商材とし、戦場の最前線から娼館の暗室まであらゆる用途に送り込む。
世界の人々は、その存在を知らぬまま。
そして闇の底では今もなお、外科医たちの手がメスを走らせ、次なる製品――次なる「改造人間」が、冷たい灯りの下で組み上げられようとしていた。