第三十七話 古書店の老魔術師
───── 8月1日 帝都南部の路地 ─────
この日ルーゼは、帝都東部の住宅街の路地を一人歩いていた。特に目的がある訳でもなく、何か面白そうなものはないか、偶々500年前の物がそのまま残ってないかと、彷徨っていたのだ。
(・・・そういや、ニーナから頼まれていたことも、そこそこにやっておいた方がいいな。)
歩いている最中、ふと彼女の頼み事を思い出す。しかし、彼女の言う様な古い本屋などは滅多に見つかるようなものではない、さてどうしたものかと、思っていた時であった
( あ、そう言えば。)
ルーゼは以前訪れた古書店の存在を思い出す。あの時はロワの伝言の魔力を感じたためそれどころでは無かったが、思い出してみれば興味深い本は無いかと入ったはずであった。
(思えば、碌に店の中を見れていないな。・・・・よし。)
思い立ったが吉日。ルーゼは早速、記憶を頼りにその古書店へと足を運ぶのであった。
─── 一時間後 ───
(・・・おぉ、あったあった。)
ルーゼは約一時間かけてようやくお目当ての古書店を見つけることができた。
ルーゼ自身が方向音痴という訳ではないのだが、なんせこの東部の住宅街はあちこちの路地が複雑に絡まりあっており、慣れぬ者は迷いやすい。
おまけに前回この古書店に来たのも本当に偶々であり、その店がどこにあるのか具体的に覚えていなかったのだ。
(・・・さて、)
ルーゼはその店の扉に手をかけ開ける。
カランカラン♪
あの時と同じ、ルーゼが店内に入ると扉に付けられた鐘が軽快な音を立てて、入店を知らせる。
「・・・いらっしゃい、おや、貴方は、いつかの。」
以前とは違い店主の老人はきちんと起きていた。
「ええ、以前はお世話になりました。それで、また本を見に来ました。」
「・・・そうですか、それでは、お好きなように。」
そうして、ルーゼは店内の書籍を漁り始めた、自身が興味ある本も勿論のことだが、一番は魔導書である。彼女の依頼も勿論あるが、ルーゼ自身、どんな時代の物が出てくるのか、もしや知らぬ物が出てくるかも知れないと、少し期待していた。
(・・・ふむ、これは、成程。)
実際、探してみると魔導書は幾つか見つかる物であった。ここの店主が趣味でこの店をやっているのもあり、多くの本が雑多に置かれているが故に、どこから何の本が出てくるか分からないのも、また面白くあったのだ。
そしてルーゼは今、魔力探知を敢えて切っている。魔導書に込められている魔力を利用せずに探した方が楽しかいと感じているからだ。
そうして、幾つか目ぼしい物をキープしながら、本棚や積み上げられてきたものから探していると。
「・・・おや。」
本棚の中から無造作に取り出した本が魔導書だった事に反応し、そう呟く。そしてそのまま、その魔導書を開く。
「・・・・成程ね、中々いいじゃないか。」
その魔導書はおそらく400年程前に造られた物であり、土魔術が刻まれていた。まだまだ発展途上の物であるからあろうか、しかも、術式を見るに、製作者本人のオリジナルの術式が刻まれているのだろう。
当然、現在の術式に比べれば効率も精度も劣る物ではあるが、歴史的な価値は高いのではないのだろうか。
(・・・・取り敢えず、これは確定だな。・・・後で解析しておくか。)
そう思った時であった。
(・・・・なっ!)
「・・・君、ちょっといいかね?」
突然、背後から感じた僅かな人間の魔力に驚き振り返る。それと同時に、男の声がかかってきた。
そこには、およそ70歳位で、片眼鏡を装着し小綺麗に装った中背の老人が立っていた。彼はルーゼに話しかけてくる。
「・・・ごきげんよう、驚かせてしまったかね?」
「・・ああいえ、大丈夫ですよ。どうかしましたか?」
(・・・驚いたな。)
ルーゼはこの男の接近に、声がかけられる直前まで気づけなかった。いくら魔力探知を切っていたとはいえ、大体の相手の接近には気づくことが出来る。
それがこの男はこの距離まで全く気付かれること無く接近したのだ。その事実に、ルーゼは思わず戦慄する。
そんなルーゼに対して目の前の男は話を続ける。
「何、大した事では無いが、この様な店に若い魔術師がいる事に驚いてね。興味で話をしてみたかったのだよ。」
「・・・ああ、成程。確かに、あまりいませんね、私みたいのは中々。それで、貴方の方はどうしてこの様な店に?」
ルーゼはあくまでも平静を装い、目の前の彼に返す。
「吾輩は勿論、古い魔導書を探しにだよ。勿論、大図書館なんかにもある。だが、実際に使われていた物であったり非正規品の珍しい物であったりを見つけたいのだよ。・・丁度、君が持っている物の様にだ。」
と言って、彼はルーゼが先程手に入れた魔導書を指差す。ルーゼはそれを見せながら
「おや、お目が高いようですね。分かりますか?」
と、返す。
「勿論だとも!吾輩は魔術の研究者なのだぞ。それで、それは400年程前の物だろう、だが吾輩が持つ記録ではその様な魔導書の術式は見たことがない。おそらく、これは個人が作ったオリジナルの魔導書だろう。そしてそれが残っているとは、極めて珍しい事なのだ!」
と、早口でそう答えた。
(ははっ、凄いな!)この男は中身を精査していないにも関わらず、表紙と纏っている魔力だけでおおよその予想を立ててしまったのだ。しかも、ほぼ当たりだ。
久しぶりに見る魔術好きっぷりに、ルーゼは内心嬉しくなっていた。
「お見事!その通りです!」
「そうかそうか、やはりか!・・・それでだな、君。もしよろしければだが、それを・・。」
「申し訳ないが、これを譲ることは出来ませんな。」
「むぅ、やはりそうか。・・・むぅ、仕方ない、先に訪れて見つけたのは君だ。吾輩がとやかく言う資格はない。」
未練はあるようだが、渋々とは言えルーゼに譲る事を決めたようであった。
「ええ、感謝しますよ。」
「ふむ、そうだな。では、吾輩は店の外で待っているよ。個人的に君とはもう少し話をしてみたいのだ。」
「・・・えぇ、分かりました。」
そうして、彼が一足先に店の外へと出ていったのを確認してから、ルーゼは会計を済ます。そこそこの値段で仕入れることができたのは幸運であった。
(・・・、油断してしまったな。しかし、あの男・・・凄いな!)
その男と話しながら、ルーゼは思わず魔術師としての品定めを行っていた。自身も悪癖なのは理解しているが、興味には逆らえないのだ。
(・・・成程、ある種、アチーブが正当に魔術を極めた様な具合か。魔力が必要以上に漏れ出ないよう制御している。殆ど揺らがないから具体的には分からんが、魔力量も相当なものだろうな。)
パッと見ただけでは、魔力が殆ど無いようにすら見えるほどの魔力制御の上手さと偽装能力はルーゼと大差ない。思わず感心していた。
(いい見本だな、アチーブにも見せてやりたいものだ。)そんな事を考えながら店を出た。
「ふむ、思ってたよりも早かったではないか。そうだ、そう言えばまだ名乗ってなかったと思ってね。吾輩はジョルジュだ。君は?」
店の外に出ると、先程の男はにこりと笑いながらそう呼びかけて名乗った。
「ジョルジュさんですね?私はルーゼです。よろしく頼みます。」
「ふむ、ルーゼか。よろしく頼むよ。」
そう言って、二人は握手を交わす。
その後、二人は帝都の街を歩きながら、言葉を交わし始める。
「ところで、見たところ君はかなり魔術に詳しいようだ、そうでも無ければ先程の様な魔導書に目を付けることは無いだろう?」
「・・・えぇ、これでもかなり長い間、魔術と向き合ってきたのでね。こういうのは見ただけでわかりますよ。」
「そうかそうか、素晴らしい!・・いや何、私は魔術の研究をしているのだが、やはり君のような熱心な人間を見ると嬉しくてね。年甲斐もなく興奮してしまうな。」
「おや、いったいどの様な研究をされているので?」
「吾輩が研究しているのは、”大賢者ゼーレ” についてだよ。」
(!!)
この瞬間、ルーゼの中で目の前の男が ”魔術好きの面白い男” から、”警戒すべき人物” へと変わったのであった。ただし今は、不自然にならぬよう、話を合わせる。
「・・・その理由は?」
「理由は単純、彼が魔術の始まりでありながら、極めて謎が多い人物だからだよ。君も思わないかね?彼が一体何者で、何処からきて、何故、人類で初めて魔術を使えたのか。」
「・・・確かに、そう思えば、彼について余り知らないかもしれませんね。」
「うむ、無理もない。なにせ彼は他の英雄達と比較しても圧倒的に情報量が少ないのだよ。故に吾輩はその謎を解き明かそうとしているのだが、如何せんその情報の少なさに悩まされているのだ。よってこうして様々な古書店を巡る事にしたのだよ。もしかすれば、当時を知る何者かが、何かを手掛かりを残しているかも知れぬ。」
「・・・・成程、それで、何か成果は?」
この男が現時点で一体どのくらいの情報を所有しているか、確かめておく必要がある。
「残念だが、決定的な何かは見つかっておらぬ。」
その言葉を聞いて、一瞬安堵するが。次のジョルジュの言葉で、その安堵は一瞬にて無くなる。
「・・・・しかし、憶測ではあるが、この研究を経て吾輩なりに仮説を作ってね。それは彼が、この帝国の外から来た可能性がある。と、言う事だ。」
(・・・、何だと?)
内心の動揺を悟られぬ様必死に取り繕うが、本当に出来ているか自身でも不安になるくらい、ジョルジュの言葉に動揺してしまった。
ルーゼは自身の記憶や知識を絞って、誤魔化す方法を考えながら、彼への言葉を取り敢えず返す。
「・・・成程。しかし、帝国の外の人間達は、帝国と関係を持つまで魔術の存在を知らなかったはずですが。」
「ふむ、吾輩も最初はそう思ったのだがね。一つ思い出したことがあるのだよ。ルーゼ君、彼が生きていた同時期に、大陸を文字通り蹂躙していた者達がいるだろう?」
「・・・竜族、ですか。」
「左様、竜族は当時、人間が住む里を、帝国内外問わず悉く破壊し尽くし支配していた。滅びた集落は幾つもある。」
「もしもその中に、彼が住んでいた土地があり、そこの住人が魔術を使えたら、その土地が竜族の手で滅んでいたら、彼が逃げ延びてローズと出会っていたとすれば、彼女と出会う前の情報が一切無い事にも、人類で初めて魔術を使えたとされる理由にも、辻褄が合うとは思わないかね?」
何時の間にか二人は足を止めて、その場で真剣な表情で話し合っていた。
「・・・確かに、面白い説ではありますが、根拠がない以上は余りにも飛躍した話に過ぎないと思いますね。」
ルーゼはそう彼に訪ねた。と、同時に少し安心していた。証拠は無いのだと。すると、彼は残念そうな表情で、
「そうなのだよ、吾輩自身も無理があると言うのは百も承知。だが、これくらい突拍子もない話が、思いもよらぬ手掛かりになる事だってきっとある。だから無駄ではないと思うがね。」
苦笑交じりにそう話した。
「ははっ、確かにそうですね。もしかすれば、大した理由なんて無かった。みたいなオチだってあるかもしれませんしね。」
「そうとも、だが、分かることに意味があるのだよ、だからこそ研究は辞められない! 君にだって、魔術を学ぶ事で得る物があるのだろう?」
「・・・そうですね、ここ最近で得たものと言うと・・・、出会い、でしょうか?」
「ほう、出会い?」
「ええ、魔術がきっかけで、様々な人とこれまで出会って縁が出来たので、」
500年前も、そして現在も、ルーゼが体験した多くの出会いに魔術が関わっていた。
「勿論、貴方も含めてね。」
「・・・ほう、確かに、そうであるな。吾輩の研究者仲間も、部下たちも魔術があった上での出会いかも知れぬな。素晴らしい見解だな。」
「そうでしょう、共に研究する仲間がいるのなら、貴方の魔術の研究のきっと大成しますよ。」
「ふむ、ありがとう。」
ジョルジュが返すと同時に、ルーゼが懐中時計を見る。
「・・・失礼だが、この後用があってね、私はこれで失礼させていただきます。」
「ふむ、そうか、残念だが仕方が無いな。」
「まぁ、また会えますよ。」
「そうか、それもそうだな。では、また何処かで会おうではないか、ルーゼ君。」
そうして、二人は分かれるのであった。
(・・・・しかし、キモが冷えたな。)
あの男、ジョルジュの仮説はあの男にとっては単なる突拍子もないものでも、ルーゼの平静を脅かすには十分なの物であった。
(・・・流石にあそこまで言われたら看過できん、私が疑われる事が無いように・・・、しかし、どうしたものか。)
流石に、ルーゼの正体と、ゼーレの血に辿り着くことはないだろう。そうは思うが、今一つ安心出来ない。
しかし、
(・・・もう少しジョルジュと魔術について語らいたかったなぁ。)
ルーゼ自身の魔術に対する欲も、またあるのであった。
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(ふむ、中々面白い男であったな。もう少し、時間を取れれば良かったが。)
一方、ジョルジュはルーゼと別れた後に、帰路に着いていた。
(それに、魔術師としての腕も見事であった、吾輩が見ても底が見えぬ。どうやら、あの子)が言う以上であるようだな。)
自身に師匠の話をしてくれた少女の話を思い出す。
(是非、吾輩達の同胞として、魔術の研究や子供達の良い教師になって欲しいものだが、難しいだろうな・・・・・。)
そうして歩き続け、やがて帝都の南部の大通りに出る。そこには、彼を迎える馬車が用意されていた。
「・・・気遣いは有り難いが、ここまでくる必要はなかったろう。・・・ネール君。」
「爺さんを南門前まで歩かせるのも悪いでしょう。それに、万が一あの男が敵であった場合、何かが会ってからでは遅いでしょう。」
馬車の前で仁王立ちしていた女、中央学院騎士団副団長ネールはジョルジュに向かってそう言う。
「吾輩も心得はあるつもりだが、まぁ、君らしいな。」
「・・・それで、ルーゼの奴はどうでした?」
「アチーブ君が言う以上の魔術師、怪物と言う他あるまい。それに知識や目利きも優れている!是非とも中央病院で教師や研究者として働いて欲しいものだ。」
ジョルジュはそう言いながら、馬車へと乗った。
「・・・本気ですか?能力が高くても、出自も分からない奴を招くのはどうかと思いますけど。」
「・・・・だからこそ、というのもある。」
「・・・監視ってとこですか。」
「うむ、何者かも分からない怪物を放置するより、手元に置いておいた方がいいだろう。それに、利の方が多かろう。」
「確かに、一理ありますねぇ。そーいや、アチーブもそんな事愚痴ってたな。」
「アチーブ君が?」
ジョルジュは目を丸くし、馬車の前席に座ったネールの顔を覗き込む。
「えぇ、冗談交じりではありましたけどね。折角帝都に滞在してるなら来てくれないだろうか、みたいなことを。」
「・・・・ほう、ならば尚更、利ばかりではないか。」
ジョルジュは軽く笑いながらそうネールに聞く。
「って、言いつつ。彼と魔術の研究をし続けたいだけでしょう。」
「無論だ!何が悪いのかね?」
「否定はしませんが、もう少し慎重になって下さいよ。・・・・・学長。」




