第三十六話 皇帝と賢者の心残り
──── 7月27日 ────
ルーゼはこの日、帝都の南部の街を歩いていた。
南部は東部に次いで多くの住民が生活しており、それ故に商売も盛んで、様々な店や人が闊歩している。
停泊する宿を定め、アチーブに帝都中央街に戻った旨を伝える手紙を贈り、ある程度のやっておきたい事を終えたルーゼは、5日前ニーナに依頼された「古書店での珍しい魔導書探し」を実践していた。
と、言っても、あくまでそれは物のついでと言った具合であり、500年前の帝都と現在の時、その発展と変容を観察する事が目的であった。
(・・・当然と言えば当然だが、この辺りも、また随分と変わってしまったな。500年、か。)
ルーゼの記憶の上では元々この辺りは人が少なく、どちらかと言えば緑が多かったはずだった。
最も、それも500年前の話であるのだが。
(・・・時の流れってのは残酷だな。私みたいな者を一瞬で緩やかに置き去りにしていく。)
今は親しき者達も、やがてはルーゼを置いて未来に行ってしまうのだろう。ふと、そんな事を思い浮かべてしまい、一抹の寂しさを覚えてしまう。
そんな風に考えながら、帝都の街をうろついている時であった。
「・・・・・あ。」
いつの間にか、大きな広場にでていたようだ。ルーゼの目線は、その中央に仁王立ちしている皇帝ローズの方へと吸い込まれていた。
「・・・ふっ、ははっ。」
(いつまでも、私は弱いままだな・・・・。)
変わりゆく世界の中で未だ不変の物もきっとある。
そして、ルーゼにとっての不変は、いつまでもルーゼの中にあり続けるのであった。
「・・・敵わんなぁ。・・・ローズ。」
そう言って、ルーゼは自身の首飾りにある指輪を握る。
いつだって、ルーゼの心にあるのは友の存在であった。
──────── 滅竜戦争終結から2年後 ゾンメフランメ帝国宮城 夜 ────────
コン コン
「入るぞ?ローズ。」
「ああ、いいぞ。」
ローズからの返事を得たゼーレは、彼女の自室に入る。
その彼女は今、自室に付いているバルコニーの柵に腕を乗せ、帝都の街を見渡していた。風を受け、真紅の美しい髪が靡いている。
そして、ゼーレが扉を開けたのに気づいたのか、こちらをゆっくりと振り返り、微笑む。
「・・・調子はいいみたいだな。」
「ああ、今はな。なぁ、ゼーレ、これを見てくれ。」
ローズは手招きでゼーレをバルコニーに誘う。ゼーレは彼女に誘われるがまま、バルコニーに歩いていき、彼女の横に立つ。
「・・・・綺麗だな。やっぱり、平和が全てなのだろうな。あの時では、こうはならなかった。」
「・・・・ああ、そうだな。」
二人が見渡す帝都の街は夜にも関わらず光り輝いて見えた。戦争が終わり、人々が活力を取り戻し、生きるために希望を持って活動している事がありありと目撃できた。
ローズは頬杖を突きながら、ゼーレの方を向く。
「・・・ゼーレ、この世界は本当に、変わったな。」
「・・・そうだな、竜族と戦争していたのがまるで噓みたいだ。・・・まだ課題は残っているが。」
「・・あいつらか、全く、呆れた連中だ。」
昼間の会議でのいざこざを思い出して、ローズもゼーレもげんなりとした顔になる。己の権力を守りたがる貴族連中の相手で疲れていたのだ。
奴らを相手に今後、具体的には数年後に起きるであろう事件を想定して対処せねばならなかったのだ。
「いや、そんなつまらない事じゃない。・・・たったこれだけの時間で、世界は大きく変わってしまったんだ。・・・この先、数年後、いや、数百年後はどれだけ変化しているのだろうな。・・・楽しみだ。」
と、言って、ローズは揶揄う様にゼーレを見る。そのゼーレは苦い顔で、
「・・・それは笑っていい冗談か?それとも俺への当てつけか?」
と言う。ローズとルーゼは、お互いの命の事情をお互い理解して、割り切ってはいる。とは言え、中々凄いことをぶっこんできた。
「・・・両方だよ、ふふっ。」
ローズは相変わらず揶揄う様にそう言った。
「おい、・・・・まぁ、老い先短いお前の分まで人生を謳歌してやるさ。」
「・・・それは笑っていい冗談か?それとも私への当てつけか?」
ゼーレの反撃に対して、ローズは先程彼が言った事をオウム返しする。
「お前と同じ、両方さ。」
そう言ってからゼーレは軽く笑う。それに釣られたローズも笑ってしまうのであった。しばらくしてから、突然ローズが
「・・・・ゼーレ。」
と、真剣な表情で言った。
「・・・何だ。」
「さっきは冗談で、お前が数百年生きることを揶揄ったが。・・・お前に生き続けて欲しいのは本当なんだ。それと・・・。」
( いつまでも、私を引きずらないで忘れて欲しい。)そう言えず。黙ってしまう。そこに、ゼーレが
「・・・そうか、安心しろ。きっちり生きてやるよ。この先の帝国を見届けてながらな。」
そう言ってから、
「お前がいないってのが、ちょっと寂しいけどな。」
と、付け加えた。
(・・・・そうか、そうだな。)
ローズはゼーレに向き合い、真剣な眼差しで、
「・・・大丈夫、烏滸がましいかもしれんが、私はずっと変わらず、お前と共にいてやろう。」
と、言って、ゼーレの胸を拳で軽く打つ。
「・・・それが、先に逝く、私がお前に出来る数少ない事だから。」
そう言ってローズは寂しそうに微笑む。ゼーレはそんな彼女から目を離さず、見つめている。
そして。ゼーレが彼女の腕を持った。
「・・・あ。」
「ああ、当然だ。お前を、忘れる訳無いだろう?・・・・ありがとう、ローズ。正直不安だったからさ。少し、安心したよ。そうだな、お前がいる。」
ルーゼは胸に暖かい物を感じていた。優しく笑い、そう答えるのだった。
「・・・・ゼーレ。」
( これで、いいのだろうか。私はゼーレの呪いになりはしないだろうか。)
ローズの中にもその様な葛藤があった。何が正解かなど、彼女には分かりようがなかった。
でも、何も伝えないなど、彼女には出来なかった。これですら、妥協したくらいだ。
本当は、自身の隠している強い想いも伝えてしまいたい。
「・・・・ありがとう。」
彼女が辛うじて言えたのは、その言葉であった。
「・・・ふっ。さぁ、ローズ、部屋に戻ろう。あんまり長いと体に障るぞ?」
「・・・ああ、そうだな。」
そうして、この日の二人の話はここで終わった。
(・・・私の心には、気づいてくれて、いないのだろうか。このまま・・・・、)
死ぬこと自体はとっくの昔からもう怖くなかった。長年戦場に身を投じ、人知を超えた力を振るい続け、恐ろしい力を持つ竜族と戦ってきたのだ。
たった一人の家族である弟だって、ゼーレやロワ、他の同胞達が支えてくれるのであれば心配はない。
心配なのは、ゼーレだった。自分が死ねば、また、独りになってしまうかもしれないのだ。その事が、彼女にとってどうしても心残りなのだ。
どうすればいいのか、覚悟が決まらないまま、ローズは就寝するのであった。




