第三十四話 アインの悩み
──── ケレスと出会ってから3日後 ─────
この日のルーゼは東部住宅街を彷徨っていた。目的と言う程のものもないが、強いて言うならば、様々な古書店を探して歩き回っているくらいか。
帝都は広く、東部の住宅街一つ取ってもまだ全部を回り切れていない。自身とその戦友達が作り上げた街の変容を感じながら歩いていた。
そうして歩いていると、3日前に訪れたマルテ運河の沿いの道に出ていた。
(・・・・・。)
何となく、先日のアレを思い出してか、その運河に掛かっている橋に目をやると、
(・・・・おや?)
黒髪の女性が一人橋の中央で柵に頬杖を突きながら佇んでいる。しかも、覚えのある魔力であった、少し気になったので自然な風を装いつつ、橋の方に近寄る。
(いや、気持ち悪いか?)
そんな事を自分で考えてしまうが、元来持っている野次馬根性には逆らえない。
近寄るルーゼに気が付いたのだろう。その女性がルーゼの方を振り向いた。
「・・・おや、君は。」(・・・やはりか。)
「あ、貴方は。」
そこにいたのは、先日ルーゼに取り調べを行ってきた帝都魔術師団の女・・・アインであった。帝都魔術師団の制服ではなく、私服である為違和感はあるが。
それ以上に濁った表情でルーゼを睨むように見ていた。
「先日ぶりだな、今日は見回りではないのかい?」
「・・・ええ、休日なので買い物ついでに散歩でも、と。そちらは?」
「古書店を巡っていてね。趣味なんだ。」
「・・・・そうですか。・・・・はぁ。」
と言って、彼女は深いため息を吐き、続ける。
「・・・・ケレスから、貴方の話は聞いてます。友人だとか、優れた魔術師だとか。」
「・・・・ほう、そうかい。ありがたいね。あ、もしやケレスが以前言っていた先輩と言うのは君かね?」
「多分そうだと思いますよ。彼、私の直属の後輩なんですよ。」
「ああ、やっぱりか、君のことを尊敬しているようでね。いい先輩なようで良かったよ。」
「・・・ありがとう、ございます。」
ルーゼがそう言うと、彼女は再び小さくため息を吐いて、質問をしてくる。
「それで、そんな貴方から見たケレスは魔術師としてどうみえますか?後輩なので、気になるんですよ。」
「・・・そうだな、多少荒削りではあるが、現時点でも優秀な魔術師だし、将来性も高く見込めるな。将来は帝都魔術師団の幹部になるかもな。」
ルーゼは思っていたことを素直にそう答える。平民出身にもかかわらず中央学院に入学、卒業出来るだけはあるのだ。
「・・・・そう、ですよね、私も、そう思います。・・・実際、ウチでも入団当初から何かと目立ってますし、人柄も良く私を慕ってくれていて、自慢の、後輩ですよ。」
しかし、その言葉にはどこか陰りがあった。
(・・・・。)
ルーゼは彼女のおおよその心情を察してはいたものの、勝手に言っては失礼であろう。そう考えて言葉にはしていなかった。
「そうか、そりゃ良かった。アイツが上手くやれていそうで安心したよ。」
「・・・ええ。」
ルーゼの当たり障りのない反応に彼女もまた、一言で返す。
「「・・・・・。」」
二人の男女が橋の上で無言のまま佇んでいた。ルーゼもまた、彼女が抱いているであろう心情を理解できるのもあり、何と言えばいいのか悩んでいた。
「「・・・・・。」」
そんな沈黙を破ったのはアインの方であった。
「・・・ルーゼさんは、もしも、先の見えない壁にぶつかったらどうしますか?」
(・・・はぁ、初対面の男に何を言ってるんだ私は。みっともない八つ当たりみたいじゃない!)
その言葉をアインは内心後悔しているが、目の前の男が思ったよりも真剣な表情で考えている為、今更冗談には出来なかった。
それに何となく、話したくなったのは本当だ。
(ケレスよりも格上の魔術師・・・か。)
どんな言葉が出てくるのか少しだけ期待していた。
「・・・・。」
彼女のその問いに、ルーゼは己の経験の元答える。
「・・・私は、そうだな。自分が積み上げてきた道を、信じて進むしかないな。他に頼れる相手がいないのなら、それしか己の味方をしてくれるものがいないんだ。」
孤独や虚しさを感じるたびにいつだってそうしてきた、己の過去を嚙みしめ、生きてきたルーゼの答えであった。
「・・・私の、積み上げてきた道、ですか。」
(何それ、私の・・・。)
彼女が左手を握りしめ、魔力を込める。その魔力は強い闇の魔力であった。
(・・成程。)同時にルーゼは確信する。彼女はきっと、闇魔術しか使えないのだろう。それに、生まれ持った魔力量や出力も大したことがなく、行き詰っていたのだ。
「・・・ああ、そうだ。君だって、素晴らしい物を持っているじゃないか。それが、君の一番の味方だろう?」
(これはきっと、ケレスが悪いわけでも、彼女が悪いわけでもない。きっと彼女も己の魔術に真摯に向き合ってきたのだろう。)
彼女の心を、ルーゼはそう考えていた。
だからこそ、
「・・・これだけじゃ、駄目なんですよ。」
「・・・・・。」
自らの才に悩まされていた所に、ケレスと言う秀才が現れてしまった。尊敬や羨望、嫉妬などが生んだ、彼女の心に刺さっている棘はそう簡単には抜けないだろう。
「・・・一人だけ立ち往生だなんて、私が許せないんですよ。」
そう言って、自嘲気味に嗤う。それを見たルーゼは思わず笑顔になってしまい
「そうか、なら大丈夫だな。」
と言った。
「・・・は?なんて?」
アインは突然のことに戸惑って聞き返す。
「なら大丈夫だと言ったんだ。諦めてないんだろう?なら大丈夫さ。」
「・・・別に何の根拠にもなってないじゃ無いですか。」
「いいや、案外そうでも無い。経験則だが、最後に一番伸びるのは才能がなくとも折れなかった奴だからな。意外と、そんなもんさ。」
「・・・それも、積み上げてきた過去ですか?」
「ああ、そうだ。だから君は大丈夫さ。」
彼女の言葉にそう答え、ルーゼは更に言葉を続ける。
「・・・一応聞くが、ケレスが嫌いかい?」
ルーゼが唐突に放ったその質問に、アインはどきっとしたようにルーゼを振り向いた。が、身体の力を抜くようにため息を吐いて、
「・・・そうですね、嫌いです。私よりも才能ある癖して、私の気持ちを知らずに素直に慕ってくる所が。」
だが、間髪入れずに彼女は「ですが、」と、付け加える。
「尊敬してますし、好きですよ。魔術に真摯に向き合うところも、私や他の先輩を、素直に尊敬して慕っている所も。」
「ククッ、ハハハッ、そうかそうか!より安心したよ。」
彼女の言葉に、ルーゼは思わず笑ってしまう。アインはそんなルーゼを一瞬不愉快そうな顔をして睨むも、すぐに笑顔になり。
「・・・そうですか、ありがとうございます。」
と、言うのであった。そんな彼女を見てルーゼはある提案をする。
「・・・そうか、ところでだ。私は定期的にケレスに会ってな、偶に魔術を見てるんだが、その際にお前さんも一緒にどうだい?」
それを聞いたアインは少しだけ悩む素振りを見せてから、
「・・・遠慮しておきます。まだ、私の本心が納得しきっていませんので。当分の間は自分の力で歩いていきます。」
と、笑顔で断るのであった。
「そうかい、君がそう思うのであれば、きっとそれが最良なのだろう。だが、もし気が向いたら、何時でも来るがいい。」
「ええ、ありがとうございます。では、私はこれで。」
「ああ、達者でな。」
そうして、アインは去っていった。その笑顔はまだ濁っていたが、先ほどよりかは澄んだものに近くなっていた。
(全く。・・・・・若いってのは羨ましいもんだ。)
若い人間にとってこういう事が極めていい経験になる事だろう。アインにとっても、ケレスにとっても、そして、これから経験するであろうアチーブにも。
「頑張れよ、皆。」
ルーゼは一人、そう呟いていた。




