第三十三話 アイン
─── 7月15日 帝都グレンミューリ 東部・マルテ運河付近 ───
帝都の東部は大半がこの地に住む住人たちの住宅街で形成されており、人々の生の暮らしを見る事ができる。
ルーゼはこの日、その中に通っているマルテ運河を見に来ていた。かつて、自身の指導の下建てた運河がどの様にこの地に残っているのかを改めて観察しにきたのだ。
この運河は都市への生活用水や飲料用水、或いは運搬用の為に帝都北方に広がるガルム山脈近辺にひしめく大運河と、南部に広がり海へと出る大運河に連結させたものである。
衛生面を間違えると疫病などの根源になり兼ねない為、帝国の元キッチリと管理されているようで、清潔に保たれている。
ルーゼはその運河に掛かっている橋の中央で、川の様子を見守っていた。
( 改築はされているようだが、思ったよりは原型が残っている物だな。成程、状態保存や防腐、浄化の魔術とかか、複数にもかけてよって衛生面を保とうとしているわけだな。)
少し調べ物をして分かっていたが、故意によるゴミや排せい物の不法投棄は下手をすれば厳罰となるようだ。きちんと業者や公的な決まりによって、法にのっとった処理しなければならないらしい。
( 私が言うのも烏滸がましいが、私の後の人間たちがしっかりとやっていてくれてよかったよ。 )
そんな事を考えながら、持っていた川の中を泳ぐ魚を見ている。これもまた、この運河が清潔である証拠なのだろう。
(・・・おや。)
ルーゼは少し遠い距離から魔力を感じて、そちらの方を向いた。そうして振り向いた方には黒い髪を長く伸ばした20代前半くらいの女性がこちらに向かって歩いてきていた。
ルーゼが突然振り返った事に驚いたのだろうか一瞬、動きが止まったが、直ぐに歩き出す。
彼女の服装を見るとケレスと似たような格好をしており、その上に黒のローブを纏っている。恐らく彼女もケレスと同じ帝都魔術師団の人間なのだろう。
「すみません、帝都魔術師団に所属している者です。少しお時間よろしいでしょうか。」
と、軽く一例してからそう言った。
「ああ、構わないさ。それで、どういった用件だね?」
「ここ最近、帝都に多くの人間が来訪している上で起こる、治安悪化への対策のための呼びかけ及び軽い取り調べの様な事をさせていただきます。」
「・・そうか、それはご苦労様だね。」
「はい、それで、貴方が先ほどから橋の上に立っていたもので、どうしたのかと思ったので声をかけさせていただきました。ほら、万が一投身自殺であったり、毒物や闇魔術で呪いでも撒かれたりしたら事なので。」
「・・・成程、ただ川の流れや魚の動きを眺めていただけなのだがな。・・・誤解を与えて済まなかった。」
( 確かに、怪しまれても仕方ないか。)
ルーゼがそう考えていると、帝都魔術師団の女性は
「いえ、こちらこそご協力ありがとうございました。」
と、言葉と共に一礼する。彼女のその様子にルーゼは若干戸惑って聞く。
「? もう、いいのかい?」
ルーゼはてっきり長時間かかるものだとばかり思っていたので、意外そうな声をあげた。
「ええ、毒物の類も、闇魔術の類も見えませんでしたし、あまり時間をかけ過ぎてもキリがないですから。」
あっけらかんとした表情で帝都魔術師団の女はそう返す。
「おや、分かるのかい?」
「・・・はい、闇魔術を扱っている身なので、人為的な毒物や闇魔術の判別は得意です。」
「ほう、やるね。」
「・・・ええ、ありがとうございます。」
その声にどうも陰りがあったのが気になったが、
(・・・・。まぁいい、これで終わりなら、それでいいか。私もこの辺で失礼するとしよう。)
ルーゼがそう考えている時であった。
「アインさん。こちらの巡回は終わりました!」
と、誰かを呼ぶ聞き慣れた声が聞こえた。
(・・・ん?もしや。)
その声の主に心当たりのあったルーゼが口を開くよりも前に
「ケレス、今取り込み中です。」
と、ルーゼの目の前にいる女・・・アインは苦い顔をしながらやって来た男、ケレスにそう注意する。
「あ、すみません。てっきりアインさんもルーゼさんと知り合いだったのかと。」
「ルーゼ?・・・この人がですか。」
アインはルーゼの方を振り返りそう呟く。一方ルーゼは相変わらず飄々とした態度で、
「よぉケレス。久しぶりだな。君も住宅街の見回りかい?」
と、ケレスに向かって話しかける。
「はい、アインさんと、その他数名での巡回です。・・・それより、帰って来てたんですね?」
「あぁ、つい先日な。そのうち連絡するつもりだったが、まさかこんな取り調べ中に会うとは。おかしな偶然だな。」
(・・・・この人が、ね。)
ルーゼとアチーブの決闘こそ見ていないが、ケレスから彼の話は聞いている。優れた魔術師であり、魔術を教えて貰っていると。
そんな二人のやり取りを、アインは何とも言えない表情で見ている。その心はどの様になっているのだろうか。
「はは、そうですね、前もそんな事がありましたもんね。不審者まがいのルーゼさんと。」
「なっ、酷いな。確かにあの時はそうだったかもしれんが・・・。」
「はははっ、そうですよ。まさか今日もアインさんに・・・あっ。」
そう言って、アインの方を向いたケレスは一瞬固まる。
「・・・すみません、任務中でしたね。少し喋り過ぎました。」
冷静に考えてみれば任務中の私語だ、ケレスはその事をアインに謝罪する。アインは軽くため息を吐きながら、
「いえ、大丈夫です。・・・まぁ、友人が相手なんですから気持は分かります。とは言え、気をつけてください。」
と、フォローと同時に軽く注意する。おそらく、二人の関係性はアインの方が上司なのだろう。そして、
「それでは我々はこれで失礼します。行きましょう、ケレス。」
と、告げる。ケレスの方は、
「はい、ルーゼさん。またお願いします。」
「ああ、また会おう。」
そうしてルーゼに見送られて、二人は次の巡回区域に移っていくのであった。
(・・・・・あの子は。)
ルーゼはアインという女に大して違和感を覚えていた。




