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第三十一話 帰還




帝都を出て約一ヶ月。ガルム山脈の地下脈での出来事を経て帰路についたルーゼ先程、帝都の街に戻ってきていたのであった。


しかし、ここまでの道中の移動が思ったようにいかず、時間は深夜2時になってしまっていた。


街はすっかり静まり返っており、こんな時間に客を受け付けている宿は殆どないだろう。


無論、それは飲食店も同じ。計算を誤って食料を全滅させており、どうしても腹が減って仕方がなかったルーゼにとっては苦痛でしかなかった。



その為、ルーゼはある打算の上で東部の住宅街を歩いていた。


静まり返って一種の不気味さすら醸し出している住宅街の路地裏を独り歩いて行く。


ちょくちょく人の気配はするのだが、こんな時間にうろついている輩など十中八九碌な連中ではないだろう。それか、帝都魔術師団や騎士団のような見回りの兵だ。



そうして歩いている内に、ルーゼはある店に辿り着く。


(予想通り、まだやっているようだな。)


そう、ファルベの店である。以前、彼女が言っていた通り、こんな時間まで営業しているようだ。


何だか彼女を利用しているようで申し訳ないが・・・・、背に腹は代えられぬ。


外から聞こえる声は静かであるが、果たして本当にやっているのだろうか。そう思いながらも、ルーゼは店のドアを開ける。


カラン♪カラン♪


店の中にはルーゼが見慣れた綺麗に化粧をしている()()()()()()、ファルベがいた。

そして、今夜はもう一人、先客がいるようだ。


彼女は客の来店に気付き、


「いらっしゃあい・・・って、ルーゼじゃないの! 久しぶりね!いつ帰ってきてたの!?」


店主であるファルベは来店してきた客がルーゼである事に驚き、こちらに向かってきた。


「久しぶりだな、ファルベ。今さっき戻ってきた所だ。今は‥大丈夫かい?」


「そうなの!? こんな時間に・・・。」


「まぁ・・・、思うように帝都に戻ってこれなくてな。」


ルーゼが苦笑交じりにそう言うと、ファルベは心配そうな顔で、


「大変だったわね・・・・。じゃあ、適当な席に座ってて、何か作ってあげるから。お腹すいてるでしょう?」

と、ルーゼにとって有難い提案をしてくれる。


「ああ、助かるが・・・・、大丈夫か?」


と、言って、ルーゼはファルベの後ろ側、店の奥の方を見る。

ルーゼよりも前に来店していた先客は若い金髪の女性だ。身なりを見るにそれなりに立場のある人間なのだろうか。


しかし、そんな事どうでもいい。そう思えるくらいには、彼女は泥酔していた。


「ん?・・・あの子?フフッ、大丈夫よ♪ どうせ酔っ払ってるし、気にするような子でもないから気にせずに隣りに座っちゃって?」


「ああ、それなら・・・。」


「じゃあ、料理作ってくるけど、何がいい?あと、何か飲む?」


「そうだな・・・、ウィスキー頼めるかい?料理は・・・・、スープ系で頼めるかい?」


「ええ、待ってて頂戴♪ 旅行のお話、聞かせてね?」


そう言ってファルベは軽快な足取りで厨房へと向かっていった。


残されたルーゼは、先客の泥酔し、机に突っ伏した女性の隣・・・・は、少しアレだと考えて、様子見に一つ開けた席に座り、横目で彼女の方を見る。


(・・・・何者だ。)


この女は今でこそ悪酔いした文字通りのへべれけだ。

しかし、ルーゼから見える彼女の魔力は極めて洗練された物であり、何もなくとも殺意すら感じる程。これだけでも魔術師としては相当な切れ者であることが判断できる。

その上、肉体は服の上から見ても分かるほど鍛え上げられた物だ。恐らくは・・・・


( 魔剣師か・・・・。)


彼女の背後にある一振りの長剣に目をやる。

元々は唯の剣であっただろう其れは、長い間彼女の魔力を込められたからか、最早魔道具同然の代物と化している。


それらは、彼女が相当の強者であることを証明していた。


( 一応、気を付けておくか・・。)


恐らくではあるが、帝国の騎士団や魔術師、或いは中央学院の騎士団あたりの高官である可能性がある。


酔っているのも演技であるかも知れない。ルーゼは余計な事を口にしないよう警戒することにした。


その時、


「んあ?・・・らいくぁくくぁ?・・めぇずぁらしぃにゃぁ・・・。」


あろうことか、その女が顔を上げて話しかけてきた。

どうも呂律が回ってなく、紅潮した顔を見れば酔っているのは噓ではないだろう。


(・・・・これが演技では無かったら逆に怖いわ。)


「ああ、そうだ・・・。大丈夫かい?」


「んあぁ!らいりょうふらぁ。こぉみぇえても、おしゃけにやちゅえぇえかあな!!」

と、言いながら両者の間の空いた席に移動してきた。


(それは、大丈夫じゃねぇ奴の反応だぞ!?)


「そ・・・そうか、無理はしないで下さいね?」


    コク。・・・ガン!


彼女は頷いて、また机の上に突っ伏した。


(・・・・ま、まぁ。そのまま寝ててくれれば。正直、その方が有難い。・・・我ながら失礼だが。)


ルーゼがそんな彼女を見てそういう風に考えていると。


「はぁい♪ お待たせ♪」


厨房の方からファルベが料理と酒をルーゼの下に持って来てくれた。


「こっちウィスキーで、これ玉葱のズッパね。他に何か食べたいモノとかある?」


「いや、大丈夫だ、ありがとう。ところで・・・・、」


そう言ってルーゼは、自身の隣で泥酔したまま机に突っ伏している女に目をやる。


「あら、ネールの事?この子がどうかしたの?」


「もしやとは思うが・・・・、君が以前言っていた”凄い客”と言うのは・・・。」


「ええ、そうよ♪何てったってこの子、中央学院の騎士団で副団長やってるんですって。」


「おお・・!そうか。いやしかし、まさかそんな高官だったとは。」


ルーゼにとって、一応予想した通りの回答ではあったが、それでも少し驚いてしまう。

それと同時に、ルーゼの警戒心も大きくなる。中央学院の高官となると、アチーブと関わりがあったとしても不思議ではない。その上、ルーゼはアチーブの学級長であるルドルフとも接触しているのだ。

相手が自身の事を知っていても何ら不思議ではない。


無名かつ指折りの実力を持つ魔術師等、彼女・・・ネールの立場からすれば警戒対象でもおかしくはない。


「ええ、最初は普通に酔っ払い客として入ってきたんだけど・・・、後で知ったときはひっくり返っちゃったわ。」


そう言いながらファルベはネールの隣に座り、優しく頭を撫でる。


「泥酔した彼女を接客して泊めてあげたからかな?気に入ってくれちゃって、暇が出来た日にこうして来てくれるんだ。」


「・・・そうなのか。」


「んな?ふぁあ? ろぉしたの?」

彼女に頭を撫でられて目が覚めたのか元から狸寝入りだったのか、ネールがファルベの方に顔を向ける。


「んー?起こしちゃった?もう大分眠そうね。・・・今日は私の家で泊まってってよ。ね?」


「うん、そぉすぅ。」


ネールは眠そうに目をとろんとさせながらファルベにそう言って、また目を閉じてしまった。

それを確認してから彼女は、


「・・・・さぁてっと、ルーゼ、貴方も今日は家で泊まって来なさい?」

と、ルーゼに提案する。


「いや、遠慮しておくよ。流石に悪い。」


「何言ってるの貴方。今から人を泊めてくれる宿なんかないわ。こんな所で野宿とか死にたいの?それとも、それだけで酔っちゃったかしら?」


「あーーー、すまない。そうか・・・、そうだな。私も疲れていたのかもしれん。」

実際はファルベに対して本気で申し訳ないと思っていたので、本気で結界術を使えい安全に夜を越そうとしていたが、冷静に考えてファルベから見れば勝機を疑う行為だろう。


ルーゼ自身もなんやかんやでそんな事すら頭から抜け落ちるぐらいには疲れているのかもしれない。


「全く、もう!しっかりしてよね?・・・・私は、この子を寝室まで運んでくるから。ゆっくり食べてて頂戴。」


そういって彼女はネールを抱えて店の奥にある階段へと消えていった。


一人残されたルーゼはウィスキーに口をつけながらこれからの事について考えていた。


(まさか、こんな所で中央学院の幹部と出会うとは思いもしなかったな。・・・いやしかし・・・。)


帝都の中で人と交流している以上、どこかでこうなるのも当然なのかもしれない。


帝都魔術師団で活動しているケレスを介して魔術師団の団長や宮廷魔術師に。中央学院のアチーブや級長のルドルフからそこの幹部に、こう考えるとどこから自身の話が出てきても不自然ではない。


特にルドルフについてはルーゼへ疑念を向けていたのを、ルーゼ自身も感づいていた。


「どうするべきかなぁ・・・・。」


アチーブと出会ってから良き出会いが続いているが、そのせいで自身の正体に近付ける可能性のある人物が接触してくる可能性があるのだ。

余計な混乱という波を、僅かにでも立たせたくない。


だが、一度出来た人間関係を容易に手放せるほど、ルーゼ自身は強くない。()()()だってどれだけ苦しかったか。今でも覚えている。


( 今だけは、親父とお袋から継いだこの血を呪うよ。 )

500年前に死んだ両親を勝手に呪いながら、ルーゼは悩む。そうしていた時であった。


「ふぅ、戻ったわ。・・・ルーゼ?」

ファルベが戻ってきた。声が聞こえてから気づいたルーゼは、


「ああ、ファルベ。戻ってきたのか。」

と、返す。


「ええ、片付けだってしたいし、まだ貴方の旅行のお話聞いてないしね。」


と、言って厨房の方に入ったファルベは、ガラスのティーポットに何かしらの葉と先ほどから沸かしていたであろう熱湯を入れてこちらに持って来る。


「ハーブティーだけど、飲むかしら?」


「ああ、頂くよ。」


そうして、ファルベが淹れてくれたハーブティーを飲みながら、ルーゼはガルム山脈での出来事を話し出す。

無論、ロワ達と自身が同胞である事は伏せるように。


「・・・とまぁ、ある古書店で滅竜戦争で使われた魔道具が眠っている。という逸話が描かれた本があってな。妙に信憑性があったが故に行ってみたわけだが。・・・まぁ、魔獣共に襲われてえらい目にあった。」


と言った感じに伝えることにした。


( 騙すようで悪いが、そこまで間違っている話でもない。これくらいは良いだろう。 )


「よく生きて帰ってこれたわね・・・。まぁでも、とにかく無事に帰ってきてくれて良かったわ・・。」


「あぁ、全くだ。命あっての物種、と言うからな。もう少し慎重に行動すべきだったよ。」


「そうよ!本当にもう・・・。結局、収穫は無かったの?」

呆れた様な本気で心配するような表情を向けるファルベに対して、当のルーゼは飄々とした表情で話す。


「そうだな、なぁんにも、だ。まぁ、よくある事さ。それもまた旅の醍醐味、ってヤツさ。」


「ふーん、そうなのねぇ。私は、生まれてこの方帝都を出たことが殆どないから分かんないけど・・・・。やっぱり旅って、楽しい?」


ファルベは、頬杖を突きながらこちらを見つめてくる。彼女が事前に男だと知らなければ、到底気付けない様な可愛らしい表情で。


「そうだな・・・・、自分の好きなように、興味のままに何処にでも自由に行けるから楽しいさな。勿論、自己責任を承知の上だが。」


楽しそうに話を聞いてくるファルベに向けて「しかしな、」と付け加え続ける。


「私の場合だが、一人でいるってのは存外寂しい。楽しい事や辛いことを共有する相手がいないと張り合いがなくて存外つまらんかったりする時もある。」


そう言い終わってからルーゼはファルベの方を向く。

その表情は何処かさみしそうで、目の前にいるファルベでは無く、何処か遠くを見ているようであった。


「ルーゼ・・・・。」


「ん?」


「今は、どう?」


「・・・・!」


ルーゼは少し目を見開いて、そして一瞬目を瞑ってから、

「大丈夫さ、この帝都に来てからは、お前みたいなのと出会えたからな。」


そう答える。その言葉に、噓はない。


「・・・・・・ふふっ♪ そう、安心したわ。」


「ああ、ありがとう。」

と、照れ隠しか、小声で呟く。


「ええ♪ どうも、これからもよろしくね?」


「・・・・ああ。」


そう言えば、ファルベは耳がいいのであった。



その晩は、もうしばらく彼女と談笑をしてから、彼女の好意に甘え泊めて貰うのであった。



───── 翌日 早朝 ─────



ルーゼはファルベに昨夜の代金を支払い、店を出る準備をしていた。有難い事に朝食までお世話になってしまった。


「いやぁ、ファル!いつもありがとな!昨日話した賭場はまた今度行こうぜ!」


昨日泥酔していた女・・・ネールも、既に回復したようで、昨夜のへべれけっぷりが噓のようにケラケラと笑いながら、ファルベと話している。


「えぇ、こちらこそありがとね♪ネール♪」


そう言って話していたファルベは、今度はルーゼに向け、


「ルーゼ!昨晩はありがとね♪楽しめたわ♪また遊びに来て頂戴♪」

と、行ってきた。


「じゃあ、世話になったな。ありがとう、また来るよ。」


「ええ、待ってるわ♪」


そうして、ルーゼが出ようとすると。


「あぁ、ファルベ。アタシも行くよ。早く行かねーと、ルークのオッサンに怒られちまう。」

と、ネールも同時に出るようだ。


「そぉ?じゃあ、またね♪二人共。」


「あぁ、またな。」  「おぉ、またなー!」


そうして、二人同時に出るのであった。


(東部の住宅街の適当な所でこの女と別れるように移動しよう。)

と、ルーゼはしていた・・・・・が。



「・・・・いやぁ、しかし驚いたよ。」


「・・・・どうかしたかい?」


ネールが次に放つ言葉はルーゼを驚愕させるのには充分であった。


「・・・まさかファルの店で、アチーブの師であるルーゼに出遭うとはな。」




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