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第三十話 罪と罰と責

 

「お前の言う通り圧倒して見せた。さぁ、話してくれ、私が求める話を。」


 ルーゼはそう言って、心臓を撃ち抜かれ倒れ伏し、動けなくなった魔獣に向けて歩み寄る。


 さしもの魔獣も、心臓ごと身体を貫通されてしまっては再生もままならないようだ。それでも、わずかながらに傷を治そうとしているのは流石の自然再生力と言うべきだろう。


『・・・・・・いいだろう、我の負けだ。』


「そうか、感謝する。」


 ようやく、魔獣も話す気になったようだ。ルーゼは少し安心する。


『・・・・かつて、我らは皆、この山々の地に皆、逃げ延びていた。』


 魔獣は過去について語り始めた。


『我らは皆、龍を恐れていたのだ。為す術も無く、蹂躙されるが故に。』


『だが、龍はやがて滅んだ。我々は皆、恐れるものは無くなったと、また、広がろうとしていた。しかし、我々の前にいたのは、術を持ち力を得た人間であった。』


「・・・。」


 滅竜戦争の終結以降、一時期魔獣による被害が増えたのはルーゼも覚えている。

 だが幸い、あの時代の人間は争いに慣れている上団結力も強く、魔術も得ていた。結局、大した被害を出すことなく鎮静化した事も事実である。


『数の減った我らは結局、また人目のつかぬ深き山々へと押し込められたのだ。』


 魔獣が人間に対して優位を取れる数少ない点は個々の質くらいだ。しかしそれすらも人間が魔術で補ってしまえばどうなるか、あの龍族でさえ滅ぼされてしまったのだ。その結果がどうなるかは明確であろう。

 これらの経緯を考えればこの魔獣が人間を嫌うのも理解出来る。


「続けてくれ。」


『我らは散り散りになり、人々から隠れるようにして暮らしていた。』


 現在においても魔獣が人里に降りてくることは滅多にない。長い時が経っても、本能の中に人間にある恐れがあるのだろうか。


『我も、我に従う者共とこの地下空間を住処にしていた。そうして数十年経った頃だったか。あの男が、この空間に立ち入ってきたのだ。』


「 ! 」


『長きにわたって我らが人里を襲い、多くの人間を食ったことで、ここが暴かれてしまったのだ。奴は討伐に来たと。無論、抗ったが・・・、結果は凄惨なものであった。』


(だろうな。・・・・少なくともロワはあの時代の人間の中でも頭一つ抜けていた。しかし、そのようなことがあったとは。)


 500年前、帝都を去ったルーゼはある目的のために数十年間帝国の外に出ていた。その間に起きたことなのだろう。

 考え事をするルーゼを前に魔獣は話を続ける。


『・・・奴は言った、”人間の脅威となるものは滅せねばならぬ” と。』


「・・・・なら何故、お前は今生きている。」


『・・・二つ、訳を述べた。一つは、罰だと。この狭い地下の空間で生き続け苦しむこと。それが多くの人間を葬った我らへの罰だと。そうして、我らを、この地に封じたのだ。自死も出来ず餓死もしない我は寿命を待つのみであった。』


「・・・・・・罰・・・・か。」


(・・・・そう考えれば、ある意味、お前らしい、な。)

 生前のロワとの会話を思い出したルーゼは、苦笑いしつつも納得をする。


(そうなると幻影魔獣だらけだったのも、他の魔獣が飢えて死んだからか?)


「・・・どうだ、その罰は効いたか?」

(此奴が私を煽り、戦闘を起こした理由は、おそらく・・・・)


『・・・・ああ、もう疲れた。・・・終わらせてくれ。』


「そうか、だがその前にもう一つの理由を教えてくれるか。」


『・・・・奴は、己の同胞以外が来たら、この空間の奥に通せと言っていた。・・・奴の結界があるのだ。恐らくはそこだ。』


「!・・・・ああ、感謝する。安らかに眠れ。」


 ルーゼは魔力を込め構え、


[ 死光閃(リヒト・イラ) ]





 ────────────────────────────────



 〈500年前〉



「ここにいらしたか、大将軍殿。会場を抜け出して何をしているのでしょうか。」


 深夜、後に帝都グレンミューリとなる街にある大きな館で、何度目か分からない戦勝会が行われていた。


 その会場から外れた冷え込んだバルコニーで、アルデンツィ大公ロワは佇んでいた。


「・・・ふむ、貴殿こそ何用だ。賢者殿。」


「・・・悪かったロワ、謝るからその呼び方をやめてくれ。気持ち悪くなる。それで、何でここにいる。」


 そう言いながら、バルコニーの腰壁の手すりに肘を置き寄りかかる。


「フッ、こちらこそ悪かったゼーレ。そうだな、少し、考え事をしていてな、今、一つ決意した所だったのだ。」


「と、言うと?」

 ルーゼは怪訝な表情でロワのほうを向く。


「これから、帝国の人間として私はどうすべきかとな。・・・多くの人間を犠牲にして得た勝利によって生まれたこの国を、より強固したいのだ。」


「・・・それは、お前がよく言う "罪と罰と責"って奴か。」


 それは、ロワの行動指針となっている信念の一つだ。


 立場や行いを冷静に省みて、それらによって生じる責務や(あがな)いを全うする。ゼーレから見たロワはそんな男であった。


「そうだ、あの戦争で多くの人間が死んだ。必要な尊い犠牲、そんな安い言葉で済ませてはならない程にだ。」


「・・・・。」


「今もなお、戦火に焼かれ家や家族を失い、明日も分からぬ者たちも多くいるだろう。」


「龍族の残党やこの不安定な情勢を狙う不徳の輩もいる。つまり、」


「この戦争はまだ終わっていない。」


「・・・そうだな。」


 ルーゼは少しの間置いてから頷く。

 昨日談笑した相手が翌日には見るも無残な姿になっている、なんてことを何度も見てきた。その中には故郷に家族を置いてきた者や、龍によって散り散りになってしまったものもいる。

 彼らは今、どうしているのだろうか。ふと、考えてしまうことがあった。


「少しでも早く、多く。この大陸の戦争を終わらせるのが、私が行うべき責だ。その為に、」


「?」


「私も彼女の下で直接支えようと思う。」


「!? いいのか、俺としては助かるが、アルデンツィの方は・・・・。」


 この戦争で活躍した英雄達の中でもロワは武力、内政力共に頭一つ抜けている。彼が直接ローズに付き従うとなれば、能力的にも新たな皇帝の権威を示す材料にもなる。願っても無い、絶好の機会であった。


「弟がいる。きちんと話をつける必要はあるが、きっとやってくれる。優秀で、信頼の出来る奴だ。」


「そうか、ありがとう。・・・・イゾルデ-チェやクリオシータスも残ってくれるそうだしどうにかなりそうだな。正直、政治経験等ない俺らに務まるか?ってのは不安だったしな。」


(・・・それに、ローズはもう長くはない。俺も、後15年誤魔化すのが限界だろう。)


「いいのだ、それが、私がすべき責であり・・・」

 そう言ってロワはゼーレに真正面から向き合い、続ける。



「お前たちを英雄にしてしまった私の贖いだ。」



「・・・よせ、俺もローズも、自分の意志で矢面に立ったんだ。例えそれが時代の成り行きだったとしてもだ。」


「・・・ならば猶更だ。若き青年達をそう言ってられない立場にしてしまったのだ。私一人でも、支えることの出来る人間でありたい。」


「・・・・そうか。なら、頼むよ。・・・ありがとう。」


「ああ。、よろしく頼む。」





 ────────────────────────────────



「こうか。」


 魔獣に止めを刺したルーゼはその奥にあった結界を解き、部屋の石戸を開ける。


(あの後、ロワは帝国宰相として、死ぬまでその責務の果たしたのだろうな。・・・・それに比べ私は・・・。)


(最低限の事のみをし、逃げ出すかのように死を偽り帝都を抜け出した。・・・理由と、目的があったとしても、ロワから軽蔑されていてもおかしくはあるまい。)


 そのように考えながら、ルーゼは闇に包まれたその空間を光魔術で照らす。


 その奥にもう一つ小さな結界が張ってあった。


 その中には一振りの剣と、三冊の本が置いてあった。


「・・・?」


 先ずは剣を手に取り、確かめる。豪勢な装飾等は一切付いていない飾り気の無い剣。


(これは・・・。)


 間違いない、ロワが巨斧とは別に常に持っていた剣だ。状態維持の魔術がかけられており、非常にきれいな状態を保っている。しかし、これの為に此処までするとは思えない。


(・・・となると、本命はこちらか。)


 そうしてルーゼは一冊の本を手に取り、開く。


『この本を手にする者が私が望んだ者とは限らない。しかし、その者でも無ければ到底たどり着くことは難しいであろう。その前提で、お前の名を呼ぼう。

 ゼーレ。 』


「・・・・。」

 ページをめくる。


『さて、ゼーレ。此処まで来るのはそれなりに疲れたのではないか?

 帝国の人間としての責務を、死の偽装を使い投げ出した者に対しての意趣返しとしては丁度いいものだと思ったが。』


「・・・・チッ、あいつめ。」

 実際、それなりに時間もかかったし慣れぬ環境で疲れているのも事実。とは言え、遺った者たちに後を任せ、去ったのも事実故に文句も言いづらい。


『さて、冗談は置いておいて、本題に移ろう。

 まず、私は長い間、お前本当に人間なのかと疑っていた。あの時代の人間で初めて魔術を使いそれを人間たちに広めたからだ。

 その上、化粧等で誤魔化してはいたが、歳を重ねてもどうも老いているようには見えなかった。

 その力がどこから来たのか、何故老いぬのか。これはある意味その検証である。私の想定通りであれば、お前はやはり、普通の人間では無かったのだろう。

 かと言って、龍や魔獣の類でもないだろう。ならばお前の正体は××なのだろうと考えた。だとすれば色々と合点がいく。

 どうやら、似たような考えを起こした者は他にもいたようだ。イゾルデーチェや、クリオシータスも同じ様な結論に達していた。』


「・・・流石だな、大当たりだよ。」


 誤魔化していたつもりであったがバレていたか。そう思い、そこにいるわけではない同胞らに答える。


『墓の中にお前がいないのも分かっていた。

 だが、私はそれを咎める訳でも、お前を失墜させたいわけでもない。

 我らが真実を知る由も無い上に、今となればもう些末な話であるからだ。

 ただ、私の興味と疑問の問いを確かめたかっただけである。気を悪くしたら済まない。』


「・・・。」


『何があろうと、()()()お前に対する評価は変わらない。


 恩人であり、戦友だ。


 我らを勝利へと導き最愛の人を失って尚、この世界の為に力を尽くそうとしてくれたこと、感謝してもしきれない。臭いようだが言わせてくれ。


 本当に、ありがとう。』


「・・・そうか、良かったよ。私の哀れな勘違いでは無くて。」

 ただの手紙だ。にもかかわらず、得も言われぬ物が、胸に溜まる。


『その剣はお前への贈り物だ。墓に入れられて腐らせるよりは、お前に持っていて欲しい。

 そしてこの本の続きには、お前が死んだ後の帝国の詳細な政策と弟君(シュテルン)の記録や出来事が乗っている。最高官(きみ)への報告だとでも思って、暇な時にでも見てくれ。』


『残りの二冊は、イゾルデーチェとクリオシータスの魔術の研究日誌である。是非とも読んで欲しいそうだ。』


「・・・・フッ、感謝するよ。」


『もう一つ、お前の事だ。帝都を去ったこと等、様々な事に後ろめたさを感じているだろう。』


「・・・・、本当、まともに隠し事も出来やしねぇ。」


『忘れろ、と言っても、無駄だろうな。ならば、我らからの罰を与えよう。

 生きること、我らが創り上げた平和を天寿を全うするその日まで、見届ける事。それをお前への罰としよう。

 あの世があるなら、そこでの面白い話でも期待してようか。』


「フッ、お前、そんな冗談を言うような奴だったか?」

 ()()()はそう言って軽く笑う。そして、呟く。


「・・・・分かってるよ、ずっと、そのつもりさ。ローズにも誓っているんだ。」


『これが本当に最後だ。三人を代表してこの私、ロワ=ド=アルデンツィがゼーレに向けて改めて感謝を述べたい。


 ありがとう。』


「・・・・・ああ、ありがとよ。皆。」


 ()()()は嚙み締めるようにしてそう言い、その部屋を後にする。




 ただの手紙、上っ面を書くことだって容易だ。確証など何もない物。



 しかし、それでも、何と無く、()()()の心につっかえていた罪悪感の様な物がまた一つ抜け落ちていた。



三人からの贈り物。


本編では殆ど出てこないでしょう。ルーゼの思い出の中に、しまわれてしまいます。


第4章は今回で最終回です。

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