第二十二話 香水
アチーブと再会したその日の7時前、ルーゼはアチーブを連れて東部住宅街へ向かっていた。
『この帝都で出会った友人が開いているお店があってね、少し早いが、その店で夕飯を食べよう。』
ルーゼにそう誘われたアチーブはその店がどんなのなのか気になりながら、そのままルーゼについて行っていた。
目的の店の前に着き、ルーゼがアチーブの方を振り向き、
「着いたぞ、ここだ。」
「・・・思ったよりも小さなお店なんですね。」
「ああ、店主のお姉さんが一人でやっているからな、そういうものさ。さぁ、入ろう。」
と言って入り口の扉を開けて「カランカラン♪」という、鈴の音と共に二人は店内に入る。そして奥からルーゼにとって聞き覚えのある声が聞こえる。
「あらルーゼ、いらっしゃい!また来てくれてありがとう♪ それで、その子が噂のアチーブちゃんね?」
ファルベだ。
「は、はい。そうです。」
「私はファルベ、この店の店主ね、よろしく♪」
彼女は二人をカウンター席に案内し、「ご飯今から用意するわね、待ってて頂戴♪」カウンターの向かい側にある厨房入っていった。
「あの店主の方とお知り合い何ですか?」と、アチーブがルーゼに聞いてきた。
「ああ、以前、偶々彼女の店前で彼女に出会ってね、料理もコーヒーも美味かったし彼女も良い人だから気に入ってね、定期的に足を運んでる。」
「・・・そうですか。ふふっ、楽しんで生活しているようで何よりです。」
(よかった・・・、ルーゼさん、独りじゃないみたいで。)以前、愛する友人と死別して以降、ルーゼが独りで生きてきた、という話を聞いていたアチーブは、彼がまた独りなんじゃないかと心の中で心配していたのだ。
だからこうして、ルーゼが誰か関わっていることに安心感を覚えたのであった。そう考えていると
「お待たせ~~♪これ、前菜として海老とアボカドのサラダね♪」と、明るい声で二人の前にそれを置いた。そして彼女が続けて、
「ルーゼはいつもの葡萄酒でいいかしら?それで、アチーブちゃんの方は飲み物、なにがいいかしら?」と聞いてきた。
「それでしたら、葡萄のジュースを一つ下さい。明日もあるので、お酒は遠慮しておきます。」
「私はいつも通りで大丈夫だ、よろしく。」
「ええ、了解。待っててね♪。」
そう言われて、ルーゼとアチーブは先に提供されたサラダを、それぞれの食器にトングで分ける。それが丁度終わったタイミングでファルベが、
「お待たせ~、ルーゼの葡萄酒と、アチーブちゃんのジュースね。」
と、言ってルーゼとアチーブが注文した飲み物を入れたデカンタと、空のグラスを置く。二人はそれぞれの飲み物を自身のグラスに注ぎ、
「「乾杯♪」」
と、グラスを交わし飲み物に口を付ける。
そうして、ファルベが主菜を調理しているのを待ちながら、二人は改めてそれぞれ色々と語り合っていた。アチーブはファルベが奥に入って行ったのを確認してから、ルーゼに向かって、
「ルーゼさん、一応確認するんですが、あの人って男の人ですよね?凄い綺麗でしたから一瞬気づきませんでしたけど。」
と、聞いてくる。
「ん?ああ、確かにそうだな。まぁ、別に大したことでもあるまい。」
「いや、まぁ、そうなんですけど、お化粧とか綺麗じゃないですか!ちょっと、気になるじゃないですか。」
「そうか?あ、でも、本人は化粧に自身あるみたいだから、聞いてやったら喜ぶかもな。」
「・・・そうしてみましょうか・・。」
そう言ってアチーブは少し考えた後に、
「それでですね、話変わるんですけどね、ルーゼさん。例の魔術について聞きたいことがあるんですけれど・・」
「?何だい?」
アチーブが言う『例の魔術』と言うのは、あの日別れ際にルーゼが彼女に手渡した『ルナポース』の魔導書のことだろう、そう考えてルーゼは彼女の言葉を待つ。
「あの場でルーゼさん、『私が知る限りで最高の光魔術』って言ってましたよね?それで、中央学院の書庫でそれに関する情報を色々探してみたんですよ。」
「ああ。」と、ルーゼが一言返すと、彼女はそれに構わず話を続ける。
「でも、その魔術に関する情報は一切見つかりませんでした。まぁ、全てを見きれたわけでは無いので、まだ何とも言えませんけれど。」
「そうか、それは残念だったな。そうだ、試しに魔導書に魔力を込めて見たりはしなかったかい?」
ルーゼは率直に思ったことをアチーブに尋ねる。
「勿論、試しました。でも、駄目でしたね、ただ魔力が伝わるだけで、今の私にそれを魔術に昇華するだけの能力はありませんでした。」
「そうか、流石に試したか、まぁそりゃあ、今の君には厳しいだろうな。」
「・・・はい、だから今は調べ事に集中することにしているんです。術式の概要が分からない以上はどうしようもありませんし、解析が先でしょう。」
「成程、そう言う事か。確かにその通りだな。」
と、二人が話していると、
「はぁい、お待たせ!本日のメインの『ローストチキン』ね♪」
といって、ファルベが、本日の主菜を運んできた。一羽丸ごとオーブンでこんがりと焼き、ハーブやスパイスで味付けをした、美味しそうなローストチキンだ。
加熱中の時点で立ち上がっていた鶏やスパイスの香ばしい香りが、ルーゼとアチーブの食欲をそそる。
「わぁ!美味しそう。ファルベさん、ありがとうございます。」
「ええ、ありがとう。熱々の内に是非食べて頂戴♪」
「そうだな、私が切り分けよう。」
と、言ってルーゼは一緒に渡されたナイフでローストチキンを切り分け始め、切り分けたそれを二人の皿に盛り付ける。
「ありがとうございます、では、いただきます。」
そう言って、アチーブはローストチキンを口にする。
口に入れた瞬間に香ばしい鶏の肉汁が口いっぱいに広がり、食べた者の幸福感を満たす。
「ん~~!ファルベさん!美味しいです!」アチーブは満面の笑みを浮かべて、ファルベにそう感想を伝える。ルーゼは味に集中するように目を閉じながら、それを味わい
「ああ、最高の出来だ。」と、幸せそうな笑顔で一言。
「フフッ、ありがとう♪気に入ってもらえたようで何よりだわ♪」と、自身の料理の出来にファルベも安心して、二人にそう言う。
そうして、しばらくそのローストチキンを食べていると、ルーゼがおもむろに、
「アチーブ、正直、今日来てくれて良かったよ。ありがとうな。」
「? 急にどうしましたか?ルーゼさん。」
ルーゼが何の脈絡なくそう告げたことに戸惑いながらアチーブはそう返す。それを見たルーゼは少し申し訳なさそうな表情でアチーブ、を見ながら、
「・・・実はな、この後、しばらくの間帝都を離れる予定があるんだ。だから、今日来てくれた事が本当に都合が良かったんだよ。」
「え、何処にですか?・・・それに、どれくらいですか?」
ルーゼからの突然の告知にアチーブは驚きながらも、そう質問する。
「そうだな・・ガルム山脈の麓辺りにだな、最短で3,4週間、長いと1ヶ月くらいだな。だから、この辺で一度会えないと、君と会う時がどんどん先送りになってしまうとこだったんだ。」
ファルベには既に伝えてある、彼女はルーゼとアチーブのやり取りを調理の後片付けをしながら見守っていた。
「・・・そうでしたか、残念ですね。それで、一体何をしに?」
「帝都の古書店で気になる情報を仕入れてね。その検証にいくんだ、なるべく早めに行った方がいいと思ってね。」
「・・・そうでしたか。じゃあ、また、しばらくは会え無さそうですね。」
その情報とはなんだ、アチーブはそう問いたかったが、こう言う回答をした時のルーゼは大体それを突いても答えないか、適当にはぐらかす。
(いつか、聞けばいいや。)
そう思い、この場はそう言う事にした。散々隠したがっていた自身の過去も、軽くではあるが話してくれた、問い詰めればいつか話してくれるのは何となく理解していた。
「そうだな、・・・・いや、何だか申し訳無いな。偶にしか会えないし、その上会えても短時間しか魔術を見てやれない。」
「私は別に気にしていませんよ、ちゃんと身になるものでしたし、楽しかったですから。」
ルーゼの事を気遣ってはいるが、それはそれとして、アチーブ自身は本当にそう思ってはいた。
「・・・そうか、なら良かったが、私としてはもう少ししっかり教え込みたいという気持ちがあってなぁ・・・。」
ルーゼがそう零すと、「ねぇ、」
と、それまで二人を見守っていたファルベが、
「横から割り込んでごめんなさいね?一つ気になったのだけれど、ルーゼが中央学院に入る、とかはやっぱりできないのかしら?そうすれば教え込む事も出来そうだけど。それこそ、教師になっちゃう、とか?」
と、ファルベが自身の疑問を口にする。
「まぁ確かに、それが理想ではあるが、流石に難しいんじゃないのか?アチーブ。私はその辺よく分かっていないがどうなんだ?」
ルーゼとしては、自身の正体が暴かれない為にも正直行きたくない、と言うのが本音ではあったが、この場は一応話を合わせることにする。そう言われたアチーブは少し考えてから
「一応、特に前歴が無くても中央学院の教師になっている人もいなくはないですし、絶対に不可能ではないとは思いますけど・・・。まぁ、魔術師としての能力は条件を満たしているとは思いますが。」
と、言って、続けてアチーブはルーゼにある確認をする。
「ルーゼさん、身分や出身を証明できるような正式な何かを持ってたり、発行出来たりとかしますか?」
「・・・持ってないな。後、発行も難しいな。」
今のルーゼはそもそも戸籍すら持っていない、不可能だ。
「そうですか・・・・、だとすると、難しいですね。あ、でも、一応学長に取り合わせてみましょうか?」
「いや、いいさ、何もそこまでしなくても大丈夫だ。気持ちだけ受け取っておくよ。」
と、アチーブの提案をルーゼはやんわりと断るのであった。
「そうですか・・・・、分かりました。」
と、アチーブは少しだけ残念そうな顔をする。それを見たルーゼは申し訳なく感じたのか、
「ただ、私も私で君が魔術師としてどう成長するか、この目で見ておきたい。だから、君が中央学院を卒業するまでは、私もこの帝都に滞在することにするさ。」
と、アチーブに提案するのであった。
「え!?・・・いいんですか?だって、ルーゼさん・・・」
アチーブは驚き、ルーゼに確認する。以前、ルーゼは500年祭が終わる期間まで帝都にいるつもりだと言っていたので、意外なものであった。
「ああ、元々は10月末までのつもりだったが、気が変わったんだ。君の事も気になる・・・」
と言ってから、ファルベの方を向いて
「こいつみたいないい友人もできたしな。臭いセリフだが、そう簡単に縁を切るのも惜しい。」
「フフッ♪嬉しいこと言ってくれるじゃないの。ありがとう。」
と、そう言われたファルベは嬉しそうに笑う。ルーゼは恥ずかしさを誤魔化すようにアチーブの方を向いて、
「まぁ、そういう訳だこれからもよろしくな。」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
その後、三人は食事と一緒に長い時間談笑しあい、気づけばもう11時を回っていた。
「おや、もうこんな時間だ。ファルベ、今日は私達の為にありがとう。」
と、ルーゼはファルベにそうお礼と挨拶をする。それに続いてアチーブも
「私からも、今日はありがとうございました。料理もおいしかったし楽しかったです。」
「ええ!こっちも素敵な時間をありがとう。」
と、言ってファルベはルーゼにある物を渡す。今日の代金の請求書だ。それに書かれた値段を見てルーゼは、彼女に対して、
「安くないか?もっと色々食べたはずだが。」
と、聞く。ローストチキン以外にも、ファルベから色んな料理をいただいていた。
「いいのいいの、私が勝手に作ったものばかりだし、私も楽しませて貰ったからそのお礼と思って、ね?」
「・・・ああ、いつもありがとう。帝都に戻ったらまた来るよ。」
「ええ♪待ってるわね?ああ、そうそう、アチーブちゃん、」
と言って、ファルベはアチーブに近寄って、
「これ、参考になるか分からないけど、私なりのやり方ね。」
と言って、小さなメモを手渡す。アチーブは何だろうと思ったが、すぐに心当たりに気付いたか、
「・・・もしかして、あの会話聞いていました?」
と、聞く。
「ええ、私、耳が良いの。ありがとうね♪嬉しかったわ。是非、また来てね?」
ファルベはそう言って、舌を小さく出して自身の頬を撫でる。アチーブは恥ずかしそうに顔を赤らめながらも礼を言う。
「はい、ありがとうございました。ご飯美味しかったです!」
そうして、ファルベに見送られて、二人は店をでた。
丁度うまくアチーブはルーゼと同じ宿に部屋を取れたので、二人は宿に向かって歩いていた。
「ルーゼさん、今日はありがとうございました。」
アチーブがそう言うと、ルーゼはなんて事はないと言った優し気な表情で、
「何、君が満足してくれたようで何よりだよ。所で、明日は級友達と買い出しなんだろ?」
「はい、だからルーゼさんとは、そこで一旦お別れです。」
と、少し残念そうな表情をする。
「そうか、じゃあまた会うのはだいぶ先になるかもな、私も帝都をいったん出るし、君も忙しくなるだろうからな。」
「そうですね、少し残念ですが・・・、今度会える時のために魔術師としてより成長した姿を見せれるように頑張ります!」
と、笑顔でルーゼに向かってそう言う。
「そうだな、期待しているよ。あ、そうだ、」
と言って、ルーゼはおもむろに持っていた鞄の中を探り、お洒落なサインの入った小さな箱を一つ取り出す。
「アチーブ、これを君に贈ろう。私からの感謝の気持ちだと思って受け取ってくれると嬉しい。」
と言って、その箱を手渡した。
「? これって一体なんの・・・」
「オルディンの香水だ。」
そう、行商人ニーナと初めて会った時に彼女からお礼として貰ったものだ。元々そのつもりで貰ったのもあり、予定通り、ルーゼはアチーブに手渡した。
「へーオルディン・・・・!?オルディンって、え・・・!い、いくらしたんですか・・・?」
その香水が名品ブランドのオルディンの香水だと聞いたアチーブはその事に驚愕し、一体いくらしたんだと、恐怖を覚えながら恐る恐るそう尋ねる。
「ああ、いや、わけあって譲り受けたものでな、是非大切な人にでも贈ってくれと言われたんだ。だから、気にすることではない。」
実際はもう少し違うのだが、彼女に気を遣わせるのも悪いと思ったのか、ルーゼはそう伝えた。
「そ、そうですか・・。でも、ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね?」
「ああ、気に入ってくれたのなら何よりだよ。」
そう、やり取りをして、二人は宿に着き、各々の部屋に戻る。その時、アチーブがルーゼに向かって、
「おやすみなさい、ルーゼさん。」
「ああ、おやすみ。明日もあるんだから無駄に夜更かししすぎるなよ?」
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