第十四話 うっかり屋さんな行商人
──── 4月18日 昼 ─────
帝都の西側の大通りは、様々な皇帝家直属領だけでなく帝国中の様々な地域から集められた数多の品物が並び、各地から集まった行商人達や旅人、帝都の知に在住する住民たちなどが、大勢集まる商売の場となっており、昼夜問わず賑わいを見せている。
そしてこの日ルーゼは、生活用具やその他、その場で欲しくなったものを買うために歩き回っていた。宿に泊っているため、寝る場所や最低限の物は心配ないが、帝都に滞在して1週間も経てば何かと消費して足りなくなってくる。それに嗜好品だって手に入れたい。
そうして、ルーゼは幾つかの店で品物を購入し、それを鞄で持ち歩き回っていた。
(さて、生活用具とかも揃ったし、ボージアチーズに酒まで手に入った。あとは、そうだな、なんか珍し気なものでもあれば買っていくか・・・。)
そんなことを考えながら辺りにある出店を見回していると、ある一つの露店が目に入った。
(・・・・何をしているんだ?あの人。)
天幕を張り、店前に商品を並べた店の奥で、30歳くらいの女性が慌ただしく動き回っていた。店の前に客が全くいない為忙しいわけではないだろうにだ。( 一体どうしたのだろうか? )気になったルーゼはその店に近づいていった。
「ない! ないわ! どこにいったの!?」
栗色の髪を後ろで一纏めにして全体的に細く、背の高い店の女性は、そう言いながら店中の荷物や商品を漁っている。どうやら、探し物をしていた。そして、女性はルーゼが近づいてきたのに気がついて、気を取り直し接客を始める。
「あら、いらっしゃい。何をお求めですか?」
「・・・いや。何か随分慌ててたのでどうしたんだろうかと思ってね。何か失くし物をした様だが、大丈夫かい?」
ルーゼの言葉に商人の女性は落胆したような表情で
「なんだ、お客さんじゃないのね・・・。ええ、そうよ。大事な商品を失くしちゃったの。多分どっか変なとこに落としたんでしょうね・・。本当に貴重な物だったのに、このままじゃ大損になるわ・・・・。」
「成程・・・。」
そして、店の商品を陳列している台に顔を突っ伏し、大きなため息をつく。そして、疲れた顔でルーゼの方を見てから言う。
「さぁ、何も買わないのなら、帰って頂戴。私も暇じゃないのよ。」
「・・・じゃあ、手伝おうか?」
「え?」
ルーゼの突然の提案に、行商人の女性は思わず間抜けな声を出す。
「君の探し物を手伝う、そう言ったんだ。商品を置いて店を離れたくないだろう?だから、代わりに私が探し物をしよう。と言っても、必ず見つかるとは言えないがね。」
「・・・それは、私にとっては有り難いけど、・・・・貴方に何の利益があるのよ。」
彼女は、台に顎を置いたまま、ルーゼにそう聞いてくる。
「ないね。強いて言うなら、君が言うその、大事な商品ってのが気になるくらいだな。」
「・・・それだけ?じゃあ、・・ああいや、貴方のことを簡単に信用・・・・。はぁ・・・・、まぁ、いいやもう。すみません、では、お願いします、お客様。」
行商人の女性にも色々葛藤はあったが、正直ルーゼに頼る方法以外では見つかる僅かな可能性すらないだろう。藁にも縋る思いでそう判断してルーゼを頼ることにした。
「ああ、分かった。見つかる保証はないが、申し出た以上は最善を尽くそう。それで、失くし物というのは一体どのようなものだい。」
「余り大声で言いたくないわ、耳を貸して頂戴。」
そう言われたルーゼは屈み、彼女に自身の耳を貸す。彼女はそれに顔を寄せて囁く。
(・・・魔導書、よ。詳細は言えないけれど、とにかく古くて、凄いレアなやつよ。)
(・・・そうか、魔導書か!分かった。)
ルーゼが理解したのを確認して行商人の女性は顔を離し、そして店に置いてあったサインが入っている一つの袋を見せる。
「一応、こんな感じの袋に入っているわ。これみたいに、こんなサインが入っているから見ればわかるはず。で、あとはね、多分だけど失くした心当たりのある場所を教えるわ。」
そう言って、帝都の地図を見せて指でその範囲をなぞる。帝都の西側の大通りと、そこから少し外れた所にある宿の周辺だ。
「そうか、わかったよ。ただ、さっきも言ったが必ず見つかるとは限らない、もし見つからなくても恨まないでくれよ?」
「ええ、駄目で元々よ。頼んだわ!!」
そうして、彼女の失くし物探しを開始したルーゼは、彼女が示した範囲の中心に移動する。
(・・・・正直、助かったな。魔導書なら簡単に見つかる。)
魔力から探知すればいいのだ、ルーゼ程の魔術師なら、魔導書達の位置を掴むのは難しいことではない。
ルーゼは目を閉じて、帝都の人間たちが生む喧騒の一切を排除し、帝都中の魔力を感知する為に集中する。人間が持つものより魔導書の中に含まれている魔力はかなり微弱だ。
感じた魔導書と思しき物に更に感知の対象を絞り込む。彼女の情報通りなら、古い魔導書特有の寂れたような魔力を感じるはずだ────────────────「!!??」
ルーゼは感じていた魔力の中に明らかに違和感のある物を掴んだ。一瞬その魔力に戸惑ったが、直ぐに取り直し、それがある方向へ向けて走り出す。
(いや、もしそうだとしてもだ、何処で彼女はそんなものを・・?)
そう思いながら、ルーゼは魔力を感じた所の前に辿り着く。どうやら、目の前の建物の中にあるようだ。
(・・・・いや、冗談だろ?そんなことあるか?)
その建物の玄関にあった看板を見て絶句する。
まさかの、宿であったのだ。既に嫌な予感がして苦笑いをしていると、その様子を見ていたのか宿屋の主人と思しき男性が話しかけてきた。
「お客様。いかがなされましたか?」
「あー・・・、今日、ここの宿で栗色の髪を後ろに纏めた、背の高い女性が泊まったはずだが。ここで合っているかい?実は、その女性から忘れ物を取ってこいと頼まれてね。」
主人はしばらく考えてから答える。
「・・・確かにそのような女性が私の宿に泊まりはしましたが・・・・・申し訳ございませんが、本人不在で、というのは流石に出来かねますかね・・・。」
「本当に済まない、急ぎなんだ。どうか、通してくれ。」
「・・・・分かりました。一応、私が立会いのもとで部屋に案内いたします。」
「ああ、感謝するよ。」
そうして、宿の主人の案内のもと、その部屋に入る。ルーゼは部屋の中を見て直ぐに魔導書の位置に気付く
(・・・・大当たりだ!)
彼女が失くしたという魔導書が入っている袋は彼女の宿の部屋の中にあったのだ。思わずルーゼも笑いがこみ上げてくる。
(フフッ、ククク・・・彼女も相当なうっかり屋だが、私も馬鹿だったな。彼女のあの態度でこんなことはない、と、この可能性を完全に脳から排除してしまっていた・・・。)
「・・・お、お客様、大丈夫ですか?」
急に笑い出すルーゼを見て、主人は気味悪がりながらも声をかけてくれる。
「ああ、大丈夫です。見つかりましたので、これにて失礼します。協力してくれたことに、感謝します。」
そうして、宿を後にしたルーゼは来た時とは違ってゆっくりと歩いて彼女の元に戻る。なんだか、急に体の力が抜けてしまった。
(しっかし、全く、とんだお笑いだったな。酒の席での話のネタになりそうだが。)
そう笑いながら、彼女の店に向かう。
彼女は、自身の店にやってきた客の相手を終えて、ため息を吐く、彼は見つけてくれたのだろうか。見つからなくたって仕方がないとは思うが、やっぱり見つかって欲しい。・・・それにもし、見つけたとしてそれを持ち逃げされたらどうしようか、など色々不安を感じていた。
そうして辺りを見渡すと、見覚えのある人影が見える。ルーゼだ。どういう訳か苦笑いをしている。
「やぁ、調子はどうだい?」
と、ルーゼは開口一番聞いてきた。
「・・・お陰で、まあまあってところね。・・・それで、どうだった?やっぱり、見つからなかったかしら?」
「ところがどっこい、なんと見つかったのさ。」
と、言ってルーゼは彼女が探していた魔導書をだす。
「そうよねぇ・・・・、って、ええぇ!?見つかったの!?本当に!?」
「ああ、この通りさ。・・・何処にあったと思うかね?」
「・・・え?分からないわ、何処にあったの?」
彼女は本気で何処にあったか分からないようだ。
「君の宿の部屋。」
「へ?」
「君の、宿の、部屋、だ。つまり、忘れただけだった、ってことさ。」
彼女はそれに絶句し、「あ、あぁ、」と呻きながら口を震わせる。
「ご・・ごめんなさい!!」
と、店の商品台に頭をぶつけん勢いで頭を下げ、謝罪する。
「フッ、ハハッ! まぁ、無くしたわけじゃなくて何よりじゃあないか。そう謝ることでもないさ。」
「本当に、すみません。あぁ、あってよかったぁ・・・。」
と言って、それを大事そうに抱える。本当にあって良かった、とルーゼも思っていた時に、ふと、彼女が思いついたのか聞いてきた。
「そう言えば、どうして私の宿にあるって分かったの?」
「ああ・・、実は、私はこれでもまあまあ腕の利く魔術師でね。集中すれば、ある程度そういうのを感知できるんだ。宿の主人に許可を取ったとは言え、勝手に部屋に入ったのは謝ろう。」
「ふぅん、そんなものなのね。私は魔術のことを殆ど詳しくないけど、中々凄いこと出来るのねぇ。何はともあれ、ありがとう。」
興味がないのか、それ以上は突っ込まれることなかった。すると、彼女は唐突に話を変え、
「そう言えば、この中身は見たの?」
「いや、一応見ないようにしていたな。見せてくれるのかい?」
その魔導書の正体を誰よりも分かっていたが、勝手に見るのも失礼なので見ないようにしていたのだ。
そして彼女は袋の封を開け、自慢げにそれを見せてくれる。
(・・・やはりな、いやしかし、まだ残っている物があったとはな・・・・・)
それはルーゼ、いや、大賢者ゼーレが作った魔導書であったのだ。
「これはね?なんとあの、大賢者ゼーレ、が作ったとされている魔導書なのよ! しかも、ド田舎の古い本屋で魔導書についての価値が分からない奴がやっすく売ってたの! こーれは、高く売れるわよぉ!」
(成程、そんな事もあるんだな。)
どうやら彼女は商売道具としか考えていないようだ。
ルーゼは心の中で苦笑するが、同時に謎の安堵を覚えたのだった。戦争に使って武器が、こんな風に扱われるぐらいには平和になったと考えれば、むしろ喜ばしくさえ感じる。
「そうか、そりゃ素晴らしいものだな。因みにいくらだい?」
「だーめよ!!いくら貴方でもこれは”まだ”売れないわ!!来たる500年祭の記念で!超・高・額で売り払うの!!」
「ハハッ!正直で結構なことだ、むしろ清々しいまである。」
ルーゼ自身は一切の嫌みの気持ちなく言ったつもりだが、彼女は正気に戻ったのか急に恥ずかしげに顔を赤らめ、
「ごめんなさい。みっともない所みせちゃって。改めて、本当にありがとうございました。その、これは流石に売れないけど、何かお礼できたら・・そうだ!店のどれか一つ、タダであげるわ!」
「・・・本当にいいのか?」
「あ!待って。やっぱなし!値段によるわ!」
彼女は慌てて訂正する。そりゃそうだろう、タダで持ってかれたら、明らかに損なものもある。
「そうだな、じゃあ、この香水をくれるか?」
といって、一つの香水瓶を指差す。
「・・・そんなものでいいの?確かにいい品物だけど、全然安いし、これ女性用よ?」
「ああ、それで大丈夫だ。丁度、欲しかったんだ。」
「そう、ならいいわ。」
そう言って、彼女はそれの包装を始める。それが終わって
「はい、お待たせいたしましたぁ。これでよろしいですね?」
「あぁ、ありがとう。」
「・・・いえ、こちらこそ、本当にご迷惑をおかけしました。お陰で本っ当に助かりました。」
といって、改めてお礼を言い深々と頭を下げる。
「あぁ、大丈夫さ。無くなってなくて何よりじゃないか。それより、また商品を見に来るよ。」
「はい!またのご贔屓を!あ、そうだ、最後にお名前を教えてもらえますか?」
「・・・ルーゼだ。君は?」
「ニーナ、ニーナです。よろしくお願いしますね。」
「ああ、よろしく。また、頼むよ。」
そう言って、ルーゼはニーナの店を後にする。
(フフッ、しかし、なんど考えてもいい笑い話だ。まぁ、無くなっていなかったのが何よりだが。にしても、気分がいいや。)
人助けは、大好きだ。相手もそうだし、何よりも今日の自分が最高の気分でその日を過ごせる。
あいつが、教えてくれたことだ。
─────────────────ある時代、ある場所で───────────────────
「前から気になっていたんだが、なんでお前は、こうも首を突っ込むのだ。」
「? まぁ、助けたい、そう思ったからかな?」
「理由になってない。」
「人を助けるのにそんな理由が要るか?まぁ、でも強いて言うなら”自己満足”かなぁ。」
「・・・自己満足?」
「ああ、人助けで相手が喜んでるのを見ると、自分たちまで気分が良くなるだろう?それが一番最高じゃないか。それが理由」
「自分の為、だったのか?」
「”ある意味”でね。人助けの理由なんて、そんなものでいいんだ。助けたい、その気持ちに従って行動すればそれが些細な事でもきっと自分の為にもなる。むしろ何もせずに無視してしまう方がその後、後悔することになるぞ?」
「そんなものなのか・・。」
「そうだ、私も、あの日お前を助けれたから、今こうして二人で旅が出来ているんだ。お前と共にあれて、私は幸せだぞ? お前はどうだ?」
「ゼーレ」
「ああ、そうだな。私もだよ」
「ローズ」
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