第4話「ゴブリンの群れ」
生成AIをフル活用して作品を作りました。
朝の冷たい空気が頬を撫でていく。フォレストヘイブンの街に、いつものように活気ある一日が始まろうとしていた。しかし、冒険者ギルドの中は、普段とは少し違った緊張感に包まれている。
「本当に、やるのか?」
受付カウンターの近くに設置された丸いテーブルを囲んで、5人の新人冒険者たちが深刻な表情で話し合っていた。中央に座っているのは、茶色の髪をした体格の良い16歳の青年、マーク・ブラウンだ。鍛冶屋の息子として育った彼の腕は、同年代の少年たちよりもひと回り太く、筋肉質だった。しかし、今朝の彼の表情には、いつもの快活さはない。
「マーク、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
彼の隣に座る15歳の少女、リサ・ハントが明るい声で答えた。金色の髪を一つに束ね、背中には愛用の短弓を背負っている。狩人の娘として森で育った彼女の目には、冒険への期待が輝いていた。
「でもさあ、リサ」マークが不安そうに呟く。「ゴブリンの群れだぞ?今まで相手にしてきたスライムやオオカミとは、わけが違う」
テーブルの向かい側に座る17歳の青年、ティム・アーカンが持参した分厚い魔物図鑑のページをめくりながら口を開いた。「理論的に考えれば、ゴブリン一匹の戦闘力は僕たちとさほど変わらない。問題は数だ」
ティムは学者の息子で、実戦経験は少ないものの、魔法理論に関する知識は新人離れしていた。細身の体に魔法使いのローブを纏い、手には新品の魔法杖を握りしめている。
そして、テーブルの片隅で小さくなっているのが、16歳のヒーラー見習い、エミー・グリーンだった。茶色の髪は少し伸びっぱなしで、痩せた体つきからは、最近まで満足に食事を取れていなかったことが窺える。彼女がこのグループに加わったのは、つい一週間前のことだった。
「アルト、君はどう思う?」
その時、テーブルの中心に自然と視線が集まった。アルト・ローゼンバーグ、15歳。平民の農家の息子でありながら、いつの間にかこの新人グループの中心的存在となっていた青年だ。
アルトの茶色の瞳は、仲間一人一人の表情を丁寧に見つめていた。マークの不安、リサの期待、ティムの冷静な分析、そしてエミーの複雑な思い。
一週間前、エミーから聞いた話を思い出す。重病の母親、高額な薬代、家計を支えるために冒険者となった彼女の苦しみ。あの時、自分にできることは限られていた。ほんの少しの精神魔法で彼女の不安を和らげることしか。
でも、みんなで力を合わせれば、もっと大きなことができるはずだ。
「僕は」アルトが静かに口を開いた。「挑戦してみたいと思う」
マークが顔を上げる。「アルト...」
「確かに危険だ。でも、一人じゃ無理でも、みんなでなら、きっとできる」
アルトの声には、不思議な説得力があった。前世の催眠療法士としての経験が、自然と言葉に重みを与えているのかもしれない。
「『ゴブリンの群れ討伐』」ティムが改めて依頼書を読み上げる。「報酬は銀貨3枚。危険度はEランク相当」
銀貨3枚。これまで彼らが受けてきた依頼の報酬は、せいぜい銅貨50枚程度だった。銀貨3枚といえば、銅貨300枚に相当する。
「3倍以上の報酬...」エミーの目が希望に輝く。「それだけあれば、お母さんの薬代に」
その表情を見て、リサが強く頷いた。「私も賛成!毎日同じような依頼ばかりじゃ、いつまでたっても成長できないもの」
ティムも魔法杖を握り直す。「数値的に見れば、僕たちのレベルは3に到達した。次の段階に進むべきタイミングだ」
マークが大きくため息をついた。「みんながそう言うなら...俺も頑張ってみる」
「本当に?」エミーが嬉しそうに微笑む。
「ああ、でも条件がある」マークが真剣な表情で続けた。「準備は完璧にする。少しでも危険だと感じたら、すぐに撤退する」
「当然だよ」アルトが頷く。「安全第一。僕たちの目的は、みんなで成長することなんだから」
その時、受付カウンターから心配そうな声が聞こえてきた。
「皆さん、本当に大丈夫ですか?」
振り返ると、ギルドの受付嬢メイ・ホワイトが不安そうな表情でこちらを見ている。20代前半の彼女は、新人冒険者たちを我が子のように心配してくれる、優しい女性だった。
「ゴブリンの群れは、確かに一匹一匹は弱い魔物です。でも、数が揃うと話は別です。連携攻撃を仕掛けてきますし、何より縄張り意識が強いので、執拗に追ってくることもあります」
メイの説明に、マークの顔が再び青ざめる。
「大丈夫です」アルトが立ち上がって、丁寧にお辞儀をした。「慎重に準備して、安全を最優先で行動します」
「そうですか...」メイが複雑な表情を浮かべる。「でも、皆さんのこの一週間の成長ぶりは目を見張るものがありました。特にアルトさんは、とても15歳とは思えないリーダーシップを発揮されていますし」
「そんな、僕はただ...」
「いえいえ、皆さんがアルトさんを慕っている様子がよく分かります。きっと素晴らしいパーティになりますよ」
メイの言葉に、アルトは少し照れながら頭を下げた。
「ありがとうございます。絶対に、全員で帰ってきます」
こうして、新人冒険者グループの新たな挑戦が決定した。
依頼書に署名を済ませ、明日の朝一番に出発することが決まった。今日の残りの時間は、全て準備に充てることになる。
「よし、それじゃあ作戦会議だ」アルトが仲間たちを見回す。「ギルドの会議室を借りよう」
「え、僕たちが会議室を?」ティムが驚く。
「メイさん、新人でも会議室って使えるんですか?」リサが受付に確認すると、メイが微笑んだ。
「通常は上級冒険者の方々専用ですが、今日は空いているようですし、特別にお貸しします。頑張ってくださいね」
5人は感謝の気持ちを込めてお辞儀をすると、ギルドの奥へと向かった。
会議室は思っていたよりも立派だった。円形のテーブルが中央に置かれ、壁には地図や魔物の生態図が掲示されている。普段は、金ランクや白金ランクの冒険者たちが重要な作戦を練る場所だ。
「すごいね...」エミーが呟く。
「いつか僕たちも、当たり前のようにここを使えるようになりたいな」マークが憧れの眼差しで部屋を見回す。
「きっとなれるよ」アルトが仲間たちを励ます。「でも、今は目の前の挑戦に集中しよう」
5人がテーブルに着くと、アルトが自然と議事進行を始めた。いつの間にか、彼がリーダー役を担うのが当然のような雰囲気になっていた。
「まず、敵の分析から始めよう。ティム、魔物図鑑の内容を教えて」
「了解」ティムが分厚い本を開く。「ゴブリン...体長100〜120センチ、体重30〜40キロ。武器は粗末な棍棒や投石が中心。個体の戦闘力はそれほど高くないが、群れで行動する習性がある」
ページをめくりながら続ける。
「特筆すべきは、その社会性だ。群れには明確な序列があり、リーダーの指示に従って連携攻撃を仕掛けてくる。また、縄張り意識が非常に強く、侵入者に対しては執拗に攻撃を続ける」
「つまり、一匹ずつ相手にするわけにはいかないってことね」リサが弓の弦の張り具合を確認しながら呟く。
「そういうことだ」アルトが頷く。「だからこそ、僕たちの役割分担が重要になる」
アルトは立ち上がって、壁に掲示された白板の前に立った。
「みんなの得意分野を活かした戦術を考えよう」
まず、マークを見つめる。
「マーク、君は前衛だ。盾と剣を使って、敵の注意を引いてもらう」
「俺が囮ってことか」
「そう。でも、無理は禁物だ。一人で全部の敵を相手にする必要はない。常に退路を確保して、危険を感じたらすぐに下がって」
マークが力強く頷く。「分かった!任せてくれ」
次に、リサに向き直る。
「リサは後方支援。弓の射程を活かして、マークが対処しきれない敵を優先的に狙って」
「了解!でも、矢の数に限りがあるから、外せないわね」
「大丈夫、君の腕なら信頼してる」
ティムには、群れを散らす役割を与えた。
「ティムは範囲攻撃魔法で敵を牽制する。ファイアボルトで足元を狙えば、転倒させたり、隊形を乱したりできるはず」
「理解した。でも、魔力の消費を考えると、3発が限界だ」
「それで十分。3発撃ったら、魔力回復まで後方で待機」
そして、エミーには重要な役割を託した。
「エミーは僕たちの生命線だ。怪我をした仲間の治療をお願いする。それと、戦況の観察も。客観的な視点から、危険を察知したら遠慮なく撤退を提案して」
「はい!頑張ります」エミーの表情に、責任感と共に自信が宿る。
最後に、自分の役割を確認した。
「僕は全体の指揮と、臨機応変な対応。みんなの状況を常に把握して、必要に応じてサポートに回る」
戦術の基本方針が固まったところで、より具体的な作戦を練っていく。
「敵の数は報告によると5〜7匹程度」アルトが依頼書を確認する。「場所は村から北に2キロほどの森の開けた場所」
ティムが地図を広げる。「この辺りだな。木々に囲まれた小さな広場になっている」
「地形的には、僕たちに有利かも」リサが指で場所を示す。「木を背にすれば、後方から襲われる心配はないし、逃げ道も確保できる」
マークが拳を握る。「よし、俺が前に出て敵を引きつける。その隙にみんなが攻撃する」
「でも、マーク一人じゃ危険よ」エミーが心配そうに言う。
「大丈夫だ」アルトが安心させるように微笑む。「マークには無理をさせない。僕も前衛に出て、一緒に敵を引きつける」
「アルトも前に?」ティムが驚く。「君は指揮に専念した方が」
「指揮は後方からでもできる。それより、マーク一人に負担をかけたくない」
アルトの言葉に、マークが感動したような表情を浮かべる。
「ありがとう、アルト。心強いよ」
戦術が固まったところで、次は装備の確認だ。
マークの装備は、鉄製の剣と木製の盾、革製の鎧。父親が鍛冶屋だけあって、新人にしては上質な装備を揃えている。
リサは短弓と矢筒、それに矢が30本。狩人の娘として、弓の扱いには絶対的な自信がある。
ティムの装備は、オークの杖と魔法使いのローブ。杖は学院で支給された物だが、魔力の伝導率は悪くない。
エミーは治癒用のハーブと包帯、それに応急処置用の道具一式を持参している。
そして、アルト自身の装備は...実は、この中では最も貧弱だった。父親から譲り受けた古い剣と、革鎧だけ。でも、真の武器は別にある。前世から受け継いだ精神魔法の知識と技術。これは他の誰にも真似できない、唯一無二の力だった。
「装備の確認はOKだね」アルトが頷く。「でも、回復薬も購入しておこう」
5人はギルドの売店に向かった。
「回復薬を5本お願いします」
「新人の皆さんですね」店員の老人が優しく微笑む。「ゴブリン討伐に挑戦されるとか。頑張ってくださいね」
回復薬は1本銅貨40枚。5本で銅貨200枚は、新人冒険者にとっては大きな出費だった。
「僕が出すよ」アルトが財布を取り出そうとすると、仲間たちが止めた。
「みんなで分担しよう」マークが提案する。
「そうね、チームなんだから」リサも頷く。
結局、5人で均等に負担することになった。一人あたり銅貨40枚。アルトは仲間たちの気持ちが嬉しかった。
購入を済ませると、再び会議室に戻って最終確認を行った。
「作戦は完璧だ」ティムが満足そうに頷く。「理論上は、勝算は十分にある」
「でも、実際の戦闘では予想外のことが起こるかも」エミーが不安そうに呟く。
「大丈夫」アルトが安心させるように言う。「僕たちには一週間、一緒に活動してきた経験がある。お互いのことをよく分かってる」
確かに、この一週間で5人の結束は格段に深まっていた。マークの真面目で責任感の強い性格、リサの明るくて前向きな精神、ティムの慎重で分析的な思考、エミーの優しくて思いやりのある心。そして、アルト自身の人をまとめる力。
「明日は、きっとうまくいく」アルトが確信を込めて言った。「僕たちなら、絶対にやれる」
その言葉に、仲間たちの表情が明るくなった。
会議室を出ると、もう夕方近くになっていた。ギルドの中は、一日の活動を終えた冒険者たちで賑わっている。
「今日は早めに休んで、明日に備えよう」アルトが提案する。
「そうだね。十分な睡眠は重要だ」ティムが同意する。
「明日の朝、ここに集合ね」リサが確認する。
「ああ、頑張ろうぜ」マークが拳を天に向ける。
「はい、よろしくお願いします」エミーが深くお辞儀をする。
別れ際、アルトはふと考えた。明日の戦闘で、もしかしたら精神魔法を使う場面があるかもしれない。仲間がパニックになったり、冷静さを失ったりした時。
でも、使うとしても最小限に。そして、本当に必要な時だけ。前世の催眠療法士として培った倫理観を、決して忘れてはいけない。
人を救うための力。それが、精神魔法の本当の使い道なのだから。
その夜、アルトは家族に明日の挑戦について話した。
「ゴブリンの群れ?」母親のマリアが心配そうな表情を浮かべる。
「大丈夫だよ、お母さん。仲間がいるから」
「でも、危険なんでしょう?」妹のリィナが不安そうに言う。
「確かに危険だ。でも、僕たちは十分に準備した。それに...」アルトが家族を見回す。「僕には守りたい人たちがいるんだ。家族も、仲間も、村の人たちも」
父親のヨハンが息子の肩に手を置く。「アルト、お前は本当に立派になったな。でも、無理はするなよ」
「うん、分かってる」
その夜、アルトは早めに床についた。明日は大切な日だ。仲間たちと一緒に、新たな段階へと歩みを進める日。
夢の中で、前世の記憶が蘇った。催眠療法士として働いていた頃の患者たち。彼らの苦しみを和らげ、心の平安を取り戻す手助けをしていた日々。
その技術を、この世界でも正しく使いたい。人を幸せにするために。
##
翌朝、フォレストヘイブンの街はまだ薄明かりに包まれていた。東の空が徐々に白み始める中、冒険者ギルドの前に5つの人影が集まってくる。
最初に到着したのはアルトだった。昨夜はよく眠れたとは言えないが、気持ちは充実している。肩にかけた革袋には、冒険に必要な道具一式が入っていた。
「おはよう、アルト」
次に現れたのはマークだった。いつもより早起きしたのか、少し眠そうな表情をしているが、装備は完璧だ。背中には剣と盾、革鎧の上にはマントを羽織っている。
「おはよう、マーク。よく眠れた?」
「まあまあかな。でも、気合いは十分だ」マークが力強く答える。
続いて、リサとティムがほぼ同時に到着した。
「おはよう、みんな!」リサが元気よく挨拶する。「今日はいい天気ね」
確かに、空は快晴だった。風も穏やかで、絶好の冒険日和と言える。
「気象条件は良好だ」ティムが空を見上げながら分析する。「視界も良く、魔法の使用にも支障はない」
最後に到着したのはエミーだった。少し息を切らしている様子から、急いで来たことが分かる。
「すみません、遅くなって」
「大丈夫、まだ予定時刻前だよ」アルトが優しく言う。
エミーの表情を見ると、緊張と共に、決意のようなものが感じられた。きっと、母親のために頑張ろうという気持ちが強いのだろう。
「それじゃあ、出発前に最終確認をしよう」アルトが提案する。
5人は輪になって立った。
「装備確認」アルトが一人ずつチェックしていく。「マーク、剣と盾は?」
「OK」マークが装備を軽く叩く。
「リサ、弓と矢は?」
「30本持参。完璧よ」リサが矢筒を確認する。
「ティム、魔法杖は?」
「問題なし。魔力も十分に回復している」ティムが杖を振ってみせる。
「エミー、治癒用品は?」
「ハーブ、包帯、応急処置用具、全て準備済みです」エミーが袋の中身を確認する。
「僕もOK。それと、回復薬も忘れずに」
全員が小瓶を取り出して確認する。
「よし、装備は完璧だ」アルトが頷く。「次に、作戦の最終確認をしよう」
昨日練った作戦を、もう一度頭の中で整理していく。
「マークが前衛で敵を引きつける。僕もサポートに入る」
「リサは後方から弓で支援。マークと僕が対処しきれない敵を優先的に」
「ティムは範囲攻撃で敵の隊形を乱す。魔力の節約も忘れずに」
「エミーは治療と戦況観察。危険を感じたら遠慮なく撤退を提案して」
「了解!」5人が声を揃える。
準備が完了したところで、ギルドの中に入って出発の手続きを済ませる。
「皆さん、気をつけて行ってくださいね」受付嬢のメイが心配そうに見送ってくれる。
「ありがとうございます。必ず全員で帰ってきます」アルトが約束する。
ギルドを出ると、街はまだ静かだった。商店の多くはまだ開いておらず、通りには早起きの農民や職人たちの姿がちらほらと見える程度だ。
「それじゃあ、目的地に向かおう」
5人は街の北門に向かった。門番の兵士が、まだ眠そうな表情で立哨している。
「冒険者の皆さんですか。お疲れ様です」
「おはようございます。ゴブリン討伐の依頼で出発します」アルトが説明すると、兵士の表情が少し引き締まった。
「ゴブリンですか。気をつけてください。最近、この辺りの魔物の活動が活発になっているという報告もあります」
「ありがとうございます。注意します」
街を出ると、目の前には広大な平原が広がっていた。遠くには森が見え、その向こうには山々が連なっている。朝の空気は冷たくて澄んでいて、深く息を吸うと肺の奥まで清々しさが行き渡った。
「いい景色ね」リサが感嘆の声を上げる。
「こうして仲間と一緒に冒険に出るなんて、夢みたいだ」マークが嬉しそうに言う。
「確かに、一人で活動していた頃とは大違いだ」ティムも同感のようだ。
エミーは黙って歩いているが、その表情には希望が宿っている。今日の依頼が成功すれば、母親の薬代に大きく近づく。そう思うと、足取りも軽やかになる。
目的地までは徒歩で約1時間の道のりだ。途中、いくつかの農村を通り過ぎていく。
「おはようございます」
畑で作業をしている農民たちが、冒険者たちに手を振ってくれる。中には、心配そうな表情で見つめる人もいる。きっと、ゴブリンの被害について聞いているのだろう。
「僕たちが解決しますからね」アルトが心の中で呟く。
歩きながら、仲間たちとの会話も弾んだ。
「アルト、君はどうして冒険者になったんだ?」マークが尋ねる。
「うーん、困っている人を助けたかったからかな」アルトが答える。「君は?」
「俺は...強くなりたかったから。村一番の戦士になって、みんなに認められたいって思ってた」
「立派な目標ね」リサが微笑む。「私は冒険そのものが好きなの。毎日違う経験ができるから」
「僕は魔法の研究がしたくて」ティムが杖を見つめる。「実戦でしか学べないこともあるからね」
エミーは少し言いにくそうに口を開いた。「私は...家計を助けるため」
「それも立派な理由よ」リサがエミーを励ます。「家族を大切に思う気持ちって、すごく大事だから」
「そうだね」アルトが頷く。「みんな、それぞれの理由があって冒険者になった。でも、今は同じ目標に向かって歩んでる」
その言葉に、5人の結束がより深まったような気がした。
しばらく歩いていると、依頼人の農家が見えてきた。
「あ、あそこですね」エミーが指差す。
昨日、依頼の詳細を聞きに行った時の農家だ。中年の夫婦が住んでいて、ゴブリンの被害に困り果てていた。
農家に近づくと、主人の男性が作業の手を止めて振り返った。
「おお、冒険者の皆さん!」
男性の名前はトム・ファーマー。50代前半の、日焼けした顔が印象的な農民だ。
「おはようございます、トムさん」アルトが挨拶する。
「今日、ゴブリンを退治していただけるんですね。本当にありがとうございます」
トムの妻、アンナも家から出てきた。彼女の表情には、期待と不安が入り混じっている。
「皆さん、まだお若いのに大丈夫でしょうか」アンナが心配そうに言う。
「ご心配をおかけしますが、僕たちは十分に準備してきました」アルトが自信を込めて答える。
「そうか...頼もしいですね」トムが安堵の表情を浮かべる。「実は昨夜も、ゴブリンたちが畑を荒らしていたんです」
「昨夜も?」ティムが眉をひそめる。
「ええ、作物を食い荒らすだけでなく、わざと踏み潰していくんです。まるで嫌がらせのように」
「縄張り意識の表れですね」ティムが分析する。「完全に、この地域を自分たちの領域だと思っている」
「子供たちも怖がって、畑の近くに寄り付きません」アンナが悲しそうに続ける。
「分かりました。必ず解決します」アルトが力強く宣言する。
「ありがとうございます」トム夫妻が深くお辞儀をする。
農家を後にして、いよいよ森に向かう。目的地まではあと少しだ。
森の入り口に差し掛かると、雰囲気が一変した。木々に囲まれて薄暗くなり、鳥のさえずりや虫の音が響いている。
「ここからが本番ね」リサが弓を手に取る。
「気を引き締めていこう」マークが剣の柄に手をかける。
森の中の小道を進んでいくと、だんだんとゴブリンたちの痕跡が見えてきた。木の皮が削られていたり、地面に足跡が残っていたり。
「この辺りが縄張りの境界線のようだ」ティムが足跡を観察する。
「もうすぐ目的地ですね」エミーが地図を確認する。
そして、ついに目的地の開けた場所が見えてきた。
「あそこだ」アルトが指差す。
木々に囲まれた小さな広場。直径50メートルほどの円形の空間で、中央には大きな岩がある。報告の通りの場所だった。
「でも、ゴブリンの姿は見えないね」リサが周囲を見回す。
「隠れているのかもしれない」マークが警戒する。
その時、ティムが足を止めた。
「待て。あの岩の向こうに、何かいる」
5人が身を潜めて観察すると、確かに岩の陰から緑色の小さな影が見え隠れしている。
「ゴブリンだ」アルトが小声で確認する。
「どうする?このまま奇襲をかける?」マークが提案する。
「いや、まず全体の状況を把握しよう」アルトが慎重に判断する。「相手の数と配置を確認してから作戦を立てる」
5人は茂みに隠れて、しばらく観察を続けた。すると、だんだんとゴブリンたちの全容が見えてきた。
「1、2、3...」リサが数を数える。
「7匹いるな」ティムが確認する。
予想していた範囲内だが、実際に目にすると迫力がある。ゴブリンたちは身長100センチほどで、緑色の肌に鋭い耳、そして牙のような歯が特徴的だった。手には木の棒や石を持ち、粗末な腰布だけを身につけている。
「思ったより大きいね」エミーが緊張した声で呟く。
「でも、作戦通りにやれば大丈夫」アルトが安心させる。
ゴブリンたちの配置を確認すると、岩の周りに散らばって何かを探している様子だった。きっと、食べ物を探しているのだろう。
「よし、作戦開始だ」アルトが仲間たちを見回す。「みんな、準備はいい?」
「OK」マークが盾を構える。
「任せて」リサが矢を番える。
「いつでも」ティムが杖を握る。
「頑張ります」エミーが治癒用品を確認する。
「それじゃあ、行くぞ」
アルトの合図で、5人は茂みから飛び出した。
いよいよ、新人冒険者グループ初の本格的な戦闘が始まる。
##
茂みから飛び出した瞬間、森の静寂が破られた。
「ギャアアア!」
ゴブリンたちが一斉に振り返り、侵入者に向かって威嚇の声を上げる。7匹全てが、手にした粗末な武器を振り回しながら、警戒の姿勢を取った。
「来たぞ!」マークが大声で叫びながら、盾を構えて前に出る。
アルトも剣を抜いて、マークの右側に並んだ。初めて見るゴブリンの群れは、想像以上に迫力があった。一匹一匹は確かに小さいが、7匹が揃うと相当な威圧感がある。
「作戦通りにいこう!」アルトが仲間たちに声をかける。
リサとティムは素早く後方の安全な位置に移動し、エミーはさらに後ろで治癒の準備を整えた。
「ギャギャギャ!」
ゴブリンたちの中で一番大きな個体が、他の仲間に何かを指示している。どうやら、これがリーダー格らしい。ティムの魔物図鑑の通り、明確な社会性を持っているようだ。
「おーい、こっちだ!」マークが盾を叩いて音を立てる。
ゴブリンたちの注意が、一斉にマークに集中した。
「今だ、ティム!」アルトが指示を出す。
「ファイアボルト!」
ティムの放った炎の魔法が、ゴブリンたちの足元で爆発した。狙い通り、直接ダメージを与えるのではなく、足元の地面を焼いて隊形を乱す効果を狙ったのだ。
「ギャアア!」
2匹のゴブリンが転倒し、残りも一瞬ひるんだ。その隙を、リサが見逃さなかった。
「えい!」
短弓から放たれた矢が、一匹のゴブリンの肩に命中する。致命傷ではないが、確実にダメージを与えた。
「よし、いいぞ!」アルトが激励する。
戦闘は順調な滑り出しを見せていた。作戦通り、マークとアルトが前衛で敵を引きつけ、後方から魔法と弓で支援する形が機能している。
ゴブリンたちも反撃に転じた。リーダー格の指示で、3匹がマークに向かって突進してくる。
「来るぞ!」マークが盾を構えて迎え撃つ。
最初のゴブリンの棍棒を盾で受け止める。衝撃は予想より強かったが、何とか耐えることができた。
「僕もサポートする!」アルトが剣を振るって、2匹目のゴブリンの攻撃を牽制する。
一方、残りの4匹のうち2匹は、後方のリサとティムを狙って回り込もうとしていた。
「危ない!」エミーが警告する。
「任せて!」リサが振り返りざまに矢を放つ。
矢は見事に命中し、回り込もうとしたゴブリンの足に刺さった。そのゴブリンはバランスを崩して転倒する。
「ナイス、リサ!」アルトが称賛する。
戦闘は激しさを増していく。ゴブリンたちも必死で、投石や突進攻撃を繰り返してくる。
「うおお!」マークが気合いを入れて、盾で攻撃を受け止め続ける。
しかし、戦闘開始から5分ほど経った時、予想外の事態が発生した。
マークが一匹のゴブリンと剣を交えている最中、別のゴブリンが彼の死角から回り込んできたのだ。そのゴブリンは手に石を持っており、マークの膝を狙って投げつけた。
「マーク、後ろ!」アルトが警告したが、間に合わなかった。
「うわあああ!」
石がマークの右膝に直撃し、彼はバランスを崩してよろめいた。盾を構える姿勢が崩れ、前衛の陣形が一気に乱れる。
「マーク!」エミーが駆け寄ろうとする。
ゴブリンたちは、この機を逃さなかった。リーダー格が甲高い声で指示を出すと、動ける残り6匹が一斉に攻めかかってきた。
「やばい!」ティムが青ざめる。
マークが倒れたことで、前衛の防御が破綻した。ゴブリンたちが一気に距離を詰めてくる。
「どうしよう、どうしよう...」エミーが動揺する。
「マークが倒れたら、僕たちじゃ...」ティムの手が震えている。
リサも次の矢を番えようとするが、恐怖で手が定まらない。「無理だよ、こんなの...」
アルトは仲間たちの動揺を感じ取った。このままでは本当に危険だ。全員がパニックに陥り、統率が取れなくなってしまう。
マークは膝の痛みでまともに立てない。ティムとリサは恐怖で動けない。エミーは混乱している。
(今だけは...)
アルトは深く息を吸い、前世の催眠療法士としての技術を思い出した。患者の不安を和らげ、心の平静を取り戻させる技術。それを、今この瞬間、仲間たちのために使う。
ほんの少しだけ、仲間たちの心に働きかけた。パニックを抑制し、冷静さを取り戻させる微細な精神魔法。本人たちには気づかれない程度の、ごく軽い効果。
「みんな、落ち着いて」
アルトの声には、不思議な安心感があった。その瞬間、仲間たちの心に穏やかな波が広がる。
「僕たちならできる。今まで練習してきた通りにやろう」
仲間たちの目に、再び意志の光が宿った。
「そうだ...まだ終わりじゃない」マークが痛みをこらえて立ち上がる。膝は痛むが、まだ戦える。
「私がしっかりサポートする!」リサが矢を構え直す。恐怖は消え、集中力が戻っていた。
「もう一度、魔法を...」ティムが杖を握りしめる。手の震えは止まり、狙いが定まる。
「治療の準備、できてます!」エミーが安心感を取り戻し、てきぱきと動く。
アルト自身も、仲間を支えられたことで力が湧いてきた。軽い疲労感はあるが、それ以上に満足感があった。これが精神魔法の正しい使い方なんだ。
「よし、反撃開始だ!」
連携が復活した5人は、見事な反撃を見せた。
まず、ティムが2発目のファイアボルトを放つ。今度は敵の真ん中を狙い、3匹のゴブリンを巻き込んだ。
「うまい!」アルトが称賛する。
続いて、リサが連続で矢を放つ。1本目で1匹の腕に命中、2本目で別の1匹の足を射抜いた。
「やったー!」リサが歓声を上げる。
マークも痛みをこらえて剣を振るう。膝は痛むが、上半身は問題ない。一匹のゴブリンを剣で薙ぎ払った。
「俺はまだやれる!」
アルトも積極的に前に出て、剣で敵を牽制する。一対一なら、ゴブリン相手に負ける気はしない。
戦況は一気に有利になった。最初は7匹いたゴブリンも、今や戦闘可能なのは3匹だけ。しかも、そのうち2匹は負傷している。
「最後の仕上げだ!」アルトが声をかける。
ティムが3発目、最後のファイアボルトを放った。狙いは完璧で、残り3匹のうち2匹を同時に倒す。
「ナイス、ティム!」
最後に残った1匹は、リーダー格のゴブリンだった。仲間を全て失った彼は、恐怖で震えながらも最後の抵抗を見せる。
「ギャアアア!」
リーダーが手にした石を、アルトに向かって投げつけた。しかし、アルトは冷静に身をかわす。
「もう終わりだ」
マークとアルトが左右から挟み撃ちにし、リーダーゴブリンを追い詰めた。最後の一匹となったゴブリンは絶望的な表情を浮かべるが、それでも牙を剥いて最後の抵抗を見せる。
「ギャアアア!」
リーダーゴブリンが最後の力を振り絞って、マークに向かって突進してきた。
「危ない!」アルトが叫ぶ。
しかし、マークは冷静だった。盾で突進を受け止めると、隙だらけになったゴブリンに向かって剣を振り下ろす。
「うおおお!」
鈍い音と共に、マークの剣がリーダーゴブリンを捉えた。ゴブリンは短い悲鳴を上げて地面に倒れ、動かなくなった。
「やったああああ!」
戦場に静寂が戻ると、5人は抱き合って勝利を喜んだ。
「みんな、お疲れ様!」アルトが仲間たちを見回す。
マークは膝を負傷していたが、エミーの治癒魔法で痛みは和らいでいた。他の4人も軽い擦り傷程度で済んでいる。
「僕たち、本当にやったんだね」リサが感動で涙ぐんでいる。
「最初はどうなるかと思ったけど、みんなで力を合わせれば何でもできるんだ」ティムも嬉しそうだ。
「アルト、君がいなかったら、きっと途中で諦めてた。ありがとう」マークが感謝を込めて言う。
「そんなことないよ。みんなのおかげだ」アルトが謙遜する。
エミーが微笑んで言った。「でも、アルトがいると、なんだか安心するの。心が落ち着くというか...」
アルトは少しドキッとした。精神魔法の効果に気づかれたのだろうか。でも、エミーの表情は純粋で疑いがない。
「ありがとう。僕も、みんながいてくれて本当に心強かった」
戦場を後にする前に、倒れたゴブリンたちの状況を確認した。7匹全てが完全に息絶えている。これで、この地域を脅かしていたゴブリンの群れは完全に討伐された。
「これで村の人たちは安心して暮らせるね」エミーが安堵の表情を浮かべる。
「うん、もう二度とゴブリンに悩まされることはない」アルトが頷く。「僕たちの使命は果たせた」
こうして、新人冒険者グループ初の本格的な戦闘は、見事な勝利で幕を閉じた。
##
森を出て農家に戻る道中、5人の足取りは軽やかだった。マークの膝の痛みもエミーの治癒で大分楽になり、全員が充実感に満たされている。
「本当にやったんだね、僕たち」リサが弾んだ声で言う。
「まだ信じられないよ」ティムが首を振る。「あの一瞬はどうなるかと思ったけど」
「でも、みんなで力を合わせれば乗り越えられるってことが分かった」マークが満足そうに答える。
アルトは仲間たちの表情を見て、温かい気持ちになっていた。今回の戦闘で、彼らの絆はより深まったに違いない。
農家が見えてくると、トムが畑仕事の手を止めて振り返った。
「おお、皆さん!お帰りなさい」
5人の無事な姿を見て、トムの顔に安堵の表情が広がる。
「どうでした?ゴブリンは...」
「無事に解決しました」アルトが報告すると、トムの表情が一気に明るくなった。
「本当ですか?!アンナ、アンナ!」
トムが家に向かって大声で呼ぶと、妻のアンナが急いで出てきた。
「どうしたの、そんなに大きな声で...」
「ゴブリンを退治してくださったんだ!」
「まあ!本当ですか?」アンナが驚きの表情を浮かべる。
「はい、もう大丈夫です」エミーが微笑んで答える。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
トム夫妻は何度も頭を下げて感謝の気持ちを表した。
「これで安心して眠れます」アンナが涙ぐんでいる。「子供たちも、もう怖がらずに畑で遊べますね」
その時、家の中から小さな子供たちが顔を出した。トム夫妻の息子と娘、それに近所の子供たちも混じっているようだ。
「お父さん、もうゴブリンはいないの?」
「ああ、この冒険者の皆さんが退治してくださったんだ」
子供たちの目が一斉に5人に向けられた。
「すごーい!」
「お兄ちゃんたち、本当に強いんだね!」
「僕も大きくなったら冒険者になる!」
子供たちの無邪気な言葉に、アルトは深い充実感を覚えた。これこそが冒険者の真の喜びなのかもしれない。
「皆さん、少しお待ちください」アンナが家の中に戻っていく。
しばらくすると、彼女は大きな鍋を抱えて戻ってきた。
「ささやかですが、お礼にお食事をご用意させていただきました」
鍋の中には、温かいシチューが湯気を立てている。野菜がたっぷり入った、家庭的な味わいの料理だ。
「そんな、お気遣いなく...」アルトが恐縮すると、トムが首を振った。
「いえいえ、当然のことです。皆さんのおかげで、この地域に平和が戻ったんですから」
結局、5人は農家の庭でごちそうになることになった。温かいシチューと焼きたてのパン、それに地元で取れた新鮮な野菜や果物。質素だが、心のこもった最高のもてなしだった。
「おいしい!」リサが感動の声を上げる。
「本当に美味しいです」エミーも嬉しそうに食べている。
食事中、トムから地域の話を詳しく聞くことができた。
「実は、ゴブリンの被害はうちだけじゃなかったんです」トムが説明する。「隣の村でも、家畜が襲われたり、作物が荒らされたりしていました」
「そうなんですか」ティムが興味深そうに聞く。
「ええ、でも皆さんのおかげで、この地域全体が安全になりました」アンナが感謝を込めて言う。
食事が終わると、近所の人たちも次々と集まってきた。噂を聞きつけて、お礼を言いに来たのだ。
「ありがとうございました!」
「これで安心して農作業ができます」
「子供たちも喜んでいます」
人々の感謝の言葉に、5人は胸が熱くなった。
特に印象的だったのは、一人の老婆の言葉だった。彼女はアルトの前にゆっくりと歩み寄ると、優しい笑顔を浮かべて言った。
「あなたがリーダーの方ね。仲間思いの良い青年だと聞いています」
「そんな、僕はただ...」
「いえいえ、皆さんがあなたを慕っているのがよく分かります。あの戦いの時も、みんなを支えていたんでしょう?」
アルトは驚いた。まさか、精神魔法のことを...?
「これからも、その優しさを大切にしてくださいね」老婆が続ける。「人を思いやる心こそが、真の強さなのですから」
老婆の言葉に、アルトは胸が熱くなった。彼女は精神魔法のことを知っているわけではないだろうが、アルトの本質を見抜いているようだった。
村人たちからは、報酬以外にも様々な贈り物をもらった。
ハーブの詰め合わせ、手編みの小さな袋、子供たちが描いてくれた似顔絵、地元の特産品である蜂蜜...。どれも心のこもった、温かい贈り物だった。
「新人冒険者グループの皆さんの名前、忘れません」
「また何か困ったことがあったら、ぜひお願いします」
「皆さんがいれば安心です」
人々の言葉一つ一つが、5人の心に深く刻まれた。
夕方になって、ようやく村を後にすることになった。
「本当にありがとうございました!」
「気をつけてお帰りください」
村人たちに見送られながら、5人はフォレストヘイブンに向かって歩き始めた。
帰り道、5人は満足感に包まれて歩いていた。
「僕たち、本当にやったんだね」リサが改めて実感を込めて言う。
「最初はどうなるかと思ったけど、みんなで力を合わせれば何でもできるんだ」ティムも嬉しそうだ。
マークが少し照れながら言った。「アルト、君がいなかったら、きっと途中で諦めてた。あの時、なんだか急に勇気が湧いてきたんだ」
「僕もです」エミーが頷く。「パニックになりかけた時、アルトの声を聞いたら、なぜか安心できました」
アルトは内心ドキッとしたが、表面上は平静を保った。
「そんなことないよ。みんなの力があったからこそ、勝てたんだ」
「でも、本当にアルトがいると安心するの」エミーが続ける。「心が落ち着くというか、温かい気持ちになるの」
その言葉に、他の仲間たちも頷いた。
「確かにそうだな」マークが同意する。
「うん、アルトには不思議な安心感があるよね」リサも微笑む。
「カリスマ性があるんだろう」ティムが分析的に言う。
アルトは複雑な気持ちだった。確かに、精神魔法の微細な効果もあるかもしれない。でも、それ以上に、仲間たちとの自然な絆があるのも事実だ。
「ありがとう、みんな。僕も、みんながいてくれて本当に心強い」
夕日が森に沈む中、5人の絆は確実に深まっていた。
街が見えてくる頃には、もう日が暮れていた。街の灯りが温かく迎えてくれる。
「ギルドで報告を済ませよう」アルトが提案する。
「そうですね。メイさんも心配してくださってるでしょうし」エミーが答える。
ギルドに到着すると、まだ多くの冒険者たちが活動していた。彼らは5人の無事な帰還を見て、温かい拍手で迎えてくれた。
「お疲れ様でした!」
「新人グループの大成功、おめでとう!」
「頼もしいじゃないか」
ベテラン冒険者たちからの称賛に、5人は照れながらお辞儀をした。
受付カウンターでは、メイが心配そうに待っていた。
「皆さん、お帰りなさい!無事で良かった」
「ただいま帰りました」アルトが報告する。「依頼は無事に完了しました」
「素晴らしい!詳細を聞かせてください」
5人は交代で、今日の戦闘について報告した。メイは最後まで熱心に聞いてくれた。
「本当によく頑張りましたね。特に、連携の素晴らしさには驚きました」
「ありがとうございます」
「それでは、報酬をお渡しします」
メイが金庫から銀貨3枚を取り出した。新人冒険者にとっては、見たこともない大金だ。
「みんなで分けよう」アルトが提案する。
「これで、お母さんの薬代に少し近づけました」エミーが嬉しそうに銀貨を見つめる。
「良かったね、エミー」リサが微笑む。
報告を終えると、メイが特別な知らせを持ってきた。
「実は、皆さんの今回の活躍により、ギルドランクの昇格審査を受ける資格を得られました」
「昇格審査?」ティムが驚く。
「はい。Fランクから、Eランクへの昇格です。正式には来週審査がありますが、今回の依頼の結果を見る限り、間違いなく合格されるでしょう」
5人は顔を見合わせた。冒険者としての新たな段階への扉が開かれようとしていた。
「すごいじゃないか!」マークが興奮する。
「Eランクかあ...」リサが憧れの表情を浮かべる。
「頑張った甲斐があったね」エミーが安堵の表情を見せる。
ギルドを出ると、もう夜の帳が降りていた。街の灯りが星空と相まって、美しい夜景を作り出している。
「今日は本当にお疲れ様」アルトが仲間たちにお礼をする。
「こちらこそ、ありがとう」マークが応える。
「また明日からも、よろしくお願いします」エミーが微笑む。
「うん、もっと頑張ろうね」リサが元気よく答える。
「次はどんな依頼に挑戦するか、楽しみだ」ティムが期待を込めて言う。
別れ際、アルトは改めて仲間たちの顔を見回した。マークの頼もしさ、リサの明るさ、ティムの知性、エミーの優しさ。それぞれが素晴らしい個性を持っている。
でも、心の奥深くで、もっと深い絆への憧れも感じていた。今の仲間たちは大切だが、いつかは...より特別な関係を築ける仲間と出会えるのだろうか。
そんなことを考えながら、アルトは家路についた。
##
アルトが自宅に帰り着いたのは、夜も更けた頃だった。農家の家は静まり返っているが、母親のマリアがまだ起きて待っていてくれた。
「お帰りなさい、アルト」
「ただいま、お母さん」
「どうだった?危険はなかった?」
母親の心配そうな表情を見て、アルトは今日一日の出来事を詳しく話して聞かせた。戦闘の詳細は省いたが、仲間たちと協力して見事に依頼を完了できたことを報告した。
「そう、良かった」マリアが安堵の表情を浮かべる。「仲間がいるって、本当に心強いのね」
「うん、一人じゃ絶対にできなかった」
「でも、あなたがリーダーとして頑張ったからよ。お父さんも妹も、きっと誇らしく思うわ」
母親の言葉に、アルトは温かい気持ちになった。家族の支えがあるからこそ、冒険者として頑張れるのだ。
自室に戻ると、アルトは今日の戦いで得た経験値を確認した。ステータス画面には、レベル4への到達が表示されている。そして、精神魔法のスキルレベルも38に上がっていた。
「順調に成長してるな」
アルトは机に向かい、今日の出来事を振り返った。
戦闘の場面を詳細に思い返してみる。最初はうまくいっていたが、マークが負傷した瞬間、状況が一変した。あの時、仲間たちがパニックに陥っていなければ、もう少し違った展開になっていたかもしれない。
精神魔法を使ったのは、正しい判断だったと思う。仲間を救うため、本当に必要な時だけ、最小限の効果で。前世の催眠療法士として学んだ倫理観に従って行動できた。
でも、反省点もある。
マークの負傷をもっと早く防げたかもしれない。自分がもっと前に出て、彼をサポートしていれば。指揮をしながらも、戦闘により積極的に参加する必要があった。
個人の戦闘技術も、まだまだ向上の余地がある。剣術、魔法、体力...全てにおいて、もっと強くなれるはずだ。
「みんなを守るためには、もっと強くならないと」
今日の戦闘で学んだことは多い。チームワークの重要性、連携の美しさ、そして仲間への責任。
何より、自分の能力の可能性を実感できた。精神魔法を正しく使えば、人を救い、支えることができる。完全な支配や操作ではなく、困っている人の心に寄り添い、勇気や希望を与えること。
「これが、僕の本当の使命なのかもしれない」
窓の外を見つめながら、アルトは将来のことを考えた。
今回の成功で、Eランクへの昇格が見えてきた。より難しい依頼、より大きな責任、より危険な冒険。でも、それだけ多くの人を助けることができる。
現在の仲間たちとの関係も、今日の戦闘でより深まった。マーク、リサ、ティム、エミー...みんな大切な友人だ。
でも、心の奥底で、もっと深い絆への憧れも感じている。
より専門的な技能を持つ仲間。お互いを完全に理解し合える関係。困難な時も、楽しい時も、いつも一緒にいられる家族のような温かさ。
「きっといつか、そんな特別な仲間と出会えるよね」
現在のグループへの愛着を感じながらも、アルトの心は次の段階への期待で満たされていた。
今日の成功は、あくまでスタート地点に過ぎない。これから先、もっと大きな冒険が待っている。より困難な依頼、より強大な敵、より重要な使命。
でも、恐れはない。仲間がいれば、どんな困難も乗り越えられる。今日、それを実証したのだから。
アルトは立ち上がって、窓を開けた。夜風が頬を撫でていく。星空の向こうに、明るい未来への道筋が見えるような気がした。
「明日からも頑張ろう」
精神魔法のレベルアップも、実戦での使用によって達成できた。仲間をサポートし、困難を乗り越える手助けをする。それが、この力の正しい使い道。
前世の催眠療法士として5000人以上の患者を治療した経験。その知識と技術を、この世界で人を救うために活かしていく。
「人を幸せにする力として」
アルトは机の上に置かれた、村の子供たちが描いてくれた似顔絵を手に取った。下手くそだが、心のこもった温かい絵だ。
今日助けた人たちの笑顔。仲間たちとの絆。家族の支え。全てが、アルトの冒険者としての道のりを支えてくれている。
「もっと多くの人を助けたい」
より高い目標への挑戦意欲。より深い仲間との絆への憧れ。より大きな力への探求心。
でも、その根底にあるのは、常に「人を救いたい」という純粋な気持ちだった。
ベッドに横になりながら、アルトは今日の戦闘をもう一度思い返した。
「今日は本当に良い一日だった」
でも、これはまだ始まりに過ぎない。
「みんなとなら、もっと大きなことができる」
現在の仲間たちへの信頼と愛情。でも、同時に、より深い絆への憧れも感じている。
「いつか、もっと特別な関係を築ける仲間と...」
その思いを胸に、アルトは静かに眠りについた。
夢の中で、彼は見知らぬ少女と出会った。金色の髪、青い瞳、貴族らしい気品。でも、その表情には深い悲しみが宿っている。
「助けて...」
少女の声が、夢の中で響いた。
「誰か、助けて...」
アルトは手を伸ばそうとしたが、少女の姿は霧の中に消えていく。
「待って!」
目を覚ますと、朝の光が窓から差し込んでいた。
「夢か...」
でも、なぜかその夢が現実味を帯びて感じられた。きっと、どこかで本当に困っている人がいるのだろう。
アルトは身支度を整えながら考えた。今日もまた、仲間たちと一緒に新しい冒険が始まる。どんな依頼が待っているのか、どんな人たちと出会うのか。
「楽しみだな」
家を出る前に、家族に挨拶をした。
「今日も気をつけてね」母親が心配そうに言う。
「お兄ちゃん、頑張って!」妹のリィナが手を振る。
「ああ、行ってきます」
フォレストヘイブンの街は、今日も活気に満ちている。商人たちが店を開き、職人たちが仕事を始め、冒険者たちが新しい一日に向けて準備を整えている。